最終論文第六分科
1 はじめに
日本で、最近ニュースにのぼる「死」は、現実味がなく、命の重みが無いものが多いように思う。たとえば、少年のバタフライナイフによる教師殺人や、無差別殺人など、あまりに軽々しい殺人が近年増加しているのである。快楽殺人、劇場型犯罪、社会挑戦型犯罪、オカルト的犯罪などと最近増加してきている犯罪を類型づけたりもする。このような、あまりに現実感なく人を殺したり、また、あまりに現実感なく自ら命を絶ってしまう傾向が強まってきているこんにちの現状を、「死」の概念の歴史、もしくは時代による変化という観点で説明できるのではないかと思う。それを「死の文化」とよぶこともできると思う。「死」のとららえかたは、人それぞれ違うものだから、日本人の死に対する考え方はこうで、韓国人の死に対する考え方はこうである、とひとくくりにしていう事はできないが、ひとまずこの論文では歴史を追ってみてみようと思う。
2 死刑について
死刑とは、説明するまでもなく、刑罰の一種である。懲役刑、拘留刑、罰金刑、禁固刑などさまざまな刑罰がある中、唯一人間の生命を奪う刑罰である。それゆえに、「極刑」、「最高の刑罰」とも呼ばれている。
死刑制度自体は、世界で現在廃止の気風が強まっており、国連は、いわゆる死刑廃止条約を採択(1989年12月)、10カ国の批准をもって、1991年7月発行した。日本ではまだ死刑制度は廃止されておらず、刑罰の一つとして存在している。
死刑制度については議論がなされているが、今回私たちが「死」について考えるにあたって、死刑はよい材料となるのではないかと思う。以下、日本の死刑に関して時代を追って記す。
(1)死刑の始まり
日本で刑罰制度が確立したのは、奈良時代(710〜793年)であるが、死刑の歴史は古く、はるか卑弥呼の時代(200年前後)にまでさかのぼることができいる。当時の日本について記している中国の書物に、死刑についての記述が見られる。
(2)みせしめとしての死刑
前述したように、奈良時代には、日本の刑罰制度が確立した。唐(当時の中国)から輸入されたもので、最初に刑罰の種類と、罪の性格を記している。刑罰の種類は5つ記してあり、その一つに死刑がある。「絞首刑」と「首斬刑」の二種類があり、「首斬刑」の方が「絞首刑」より重く、最高刑であった。当時の死刑執行は、原則として、ひとびとの多く集まる市で行われ、みせしめのために公開された。男の死刑囚は、牢獄から市まで刑具をつけられ、20名の役人に引きつられていった。
特別身分のもの(皇族、身分の高いもの)は、処刑の前に親族や友人と別れの挨拶を交わし、刑場まで馬に乗ることができた。罪の種類によっては、自宅での自害も見とめられた。この時代から、他人の手にかかって死ぬのは不名誉とされはじめた。切腹の起源はこのあたりにあるのかもしれない。
女性は「首斬刑」のみ公開され、「絞首刑」は人目のつかないところで執行すると定めていた。
(3)死刑なき時代
平安時代(794〜)に入り、藤原氏が栄え、貴族の社会が営まれたこの時代、812年で藤原仲成が処刑されたのを最後に、それ以降347年間にわたって、日本で死刑の執行は行われなかった。こんなにも長い期間死刑停止状態にあったのは、日本の歴史の中で後にも先にもこの時期だけだろう。
(4)武士の時代の残虐なみせしめ刑
死刑の執行のなかった347年間の後、武士が台頭し、武士の時代を迎えて、刑罰は大きく変化した。この時代、死刑はあらゆる種類の犯罪に適用された。
新しい法は、謀反や殺人を企てたものは処刑する、としながら、どのような刑罰を課すのかは規定していない。古くからの慣習に従うとされていたが、それはつまり、権力者の思いのままに処罰できる、ということである。”殺し”を生業とする武士の慣習に従うのだから、この時代の刑罰は死刑が一般的だった。武士の時代にあって、刑罰は武士の道理(主君に忠義、忠誠を尽くすこと)を実現するための”道具”となったのである。
1300年に、武士に対する刑罰に切腹が加えられた。処刑は恥辱であり、自ら命を絶つべきだとする、いわゆる「武士道精神」が芽生えた。また、親兄弟の仇討ちが広く認められた。「お家大事」とする風潮の中で、殺人が合法化されたのだ。
この時代の処刑も、奈良時代と同様、大衆の前で行われた。
戦国時代に入ると、死刑はいっそう残虐性を帯びるとともに、見せしめの要素が強まった。
(5)江戸時代の死刑ーみせしめ刑
江戸時代になると、それまでの武士社会から、社会の枠組みは大きく変化した。しかし、死刑に関しては戦国時代とそれほど大きな変化は見られなかった。キリシタン狩りが盛んだった江戸初期には、これ以上キリスト教が広がるのを防ぐため、踏み絵を実施しいたり、みせしめにするために、牛裂などの残虐刑が盛んに行われた。
江戸後期になると、死刑の形態は首斬りが主になる。死刑執行はやはり大衆の前で行われ、見せしめの要素が強かった。死刑囚は、監獄から刑場まで市中を引き回され、大勢の見ている前で首が切り落とされた。
他に江戸時代の死刑の一つに切腹が加えられた。以前から存在していたが、この時代に切腹は制度化された。切腹は自ら手を下すので、自殺と同一視しがちで、実際に自殺の手段ともなったが、唯一武士階級にのみに許された処刑だった。切腹は名誉ある死刑と考えられていたので、一般庶民が切腹を命じられることはなかった。
(6)隠された死刑
1850年代から70年代かけて、明治維新の時期日本は鎖国が終わり、西欧の文化が日本国内に超スピードで流入してきて人々の生活は変わったし、土地制度や税制など、国内の制度も大変革がなされた。死刑も例外ではなく、その執行が“公開”から“非公開”になるという大きな変化が起こった。
明治時代にはいって、1869年、死刑囚の市中引き回しをやめ、公開処刑から非公開処刑へと切り替わった。国家は死刑囚を密かに処刑するようになった。これによって人々は死刑囚の処刑現場を実際に目にすることはなくなるのである。
3 家族の変化
死刑制度のように、制度面で歴史的に見ると、大きく変化していることがわかるが、制度には規定されない部分でも歴史的に見ると、大きな変化を遂げているということが分かる。
日本だけに限らず、韓国においても同じだと思うが、私たちの世代は、家族(ここでは「家族」を同居している人という意味に限定する)といえば、母親、父親、兄弟姉妹、自分という人が大部分であると思う。今おじいさんおばあさんと一緒に暮らしている人はかなり少なくなってきている。
ではそのおじいさんおばあさん世代が若かったころはどうだったのだろうか。今から50年ほど前の家族といえば、父、母がいて、おばあさん、おじいさん、そして兄弟姉妹の数も多かったため、大家族が多かった。
ここで、何より注目したいのは、現代の家族の中にお年寄りがいる家が少なくなっているということだ。お年寄りがいない家族の増加、つまり核家族の増加が何を意味するかというと、子どもが身近に死を体験することがなくなる、ということである。これは、高齢化とも関連するが、以前の家族構造、寿命だと、子供時代に家族内の人(たいていはおじいさん、おばあさん)の死に遭遇していたはずである。そのことで、子どもは「死」というものを現実のものとしてとらえ、自然のうちに命の重みを感じていたのではないだろうか。
ところが現代では、ただでさえ核家族化が進んでいる上に、医療技術の進歩による高齢化、そしてお年寄り自身の「死は病院で迎えたい。」とか、「家族の世話になりたくない。」という意志も手伝って、死を身近に体験することが少なくなっている。そうなると必然的に「死」、そして「命」の重さがわからず、現実味の無いものとしか考えられずに成長していく人が増えてしまうのである。
もう一つ、核家族化が進むことによって生じることは、遊び相手の欠如である。昔のような大家族であれば、兄弟姉妹もいれば、おじいさんおばさんもいたので、両親が忙しくても遊び相手がいたが、現代では一人でも遊べるテレビゲームなどに走る傾向がある。
4 テレビゲーム・パソコンの発達
まさに高度情報化時代の現代、さまざまな面で非常に便利になったといえる。特に遠距離間の通信手段としてはもっとも速いし、間違いがないので私たちは大いに恩恵を受けている。今やコンピューターがないと人々は生活できないほどまでに、私たちの生活に密接に組み込まれている。
このように便利な反面、大きな問題を引き起こしているとも思われる。
1980年代後半、ちょうど私たちが子どものころだが、ファミコン・ブームが起こった。このブームに乗って、また、少し前にも述べたように、家族の変質とこれが結びついて、多くの子供たちがテレビゲームで遊んだ。それから次々に新しい製品が登場し、こどもたちは飽きたら次へ、と夢中になっていった。
ゲーム上では、ボタン一つでどんな事もできてしまう。どんなことも、というのは、たとえば戦闘ものだったらボタン操作で、殴る、蹴る、銃で撃つ、そして相手を殺すこともできてしまうのだ。そして、身体的な暴力を加えられても、痛みは伝わってこない。それから死んでもまたボタンひとつで生き返ることができてしまう。そのような感覚に小さいころから慣れ親しんでいれば、日とのいのちもゲーム上のものと同じで、重みを感じられない子どもが出てきても不思議ではないと思う。そして、1990年代にはいると、
仮想現実= virtual reality
ということばがでてきたのだが、何が本当の現実か分からなくなってしまうという状態に陥って犯罪を起こしてしまう人間が出てきた。つまり、virtualな虚構と現実がその境界線を失ってしまうという状態のことである。
5 死の「隠蔽化」と「仮想化」への対策
今まで述べてきたように、死刑の公開制から非公開制への変化、核家族化によって「死」というものが隠蔽され、またゲームの発達によって「死」の仮想化が進んだために、日本人の「死」に対する意識の変化が少なからずも起こっていることは事実だと思う。昔に比べて「死」の現実味が薄れ、命の重みがなくなってきている、ということが一般的にいえる。
そのために近年ゲーム感覚の殺人や、意味のない殺人(特に恨みを持っている相手を殺すわけではない通り魔、無差別殺人など)がめだってきている。
こうした減少にどのように対応するか、つまり、このように仮想化された「死」の概念を持っている子供達にどのようにしたら命の重さ、大切さを理解させることができるのか。そのことについて話し合ってみる価値はあると思う。
韓日の「死の文化」比較
〔1〕序論
私達は夏大会の分科会議を通じて、韓日の「死の文化」の比較を行いたいと思う。そのためには、まず死をめぐるさまざまな話題について話し合うことから始めたい。具体的には、自殺・脳死・安楽死・尊厳死・殺人・死刑・葬式・埋葬などを扱いたいと思う。韓国側で扱いたい、「死」に関する別の話題があれば教えて欲しい。
次に、死をめぐるさまざまな話し合いを通じて徐々に明らかになる、韓日の「死の文化」の類似点・相違点について話し合いたい。この場合、韓日の「死の文化」を歴史的に見ていくと、お互いをよりよく理解できると思う。日本の場合、「死」は前近代においては、日常的なものであり共同体(特に家族)に属するものであったが、近代になるにつれて隠蔽されてきた。従って、現在生きている日本人にとって「死」は遠い存在となっている。このような「死」の歴史的側面を理解するならば、「死の文化」についてよりよく知ることが出来ると思う。
最後に、私達は未来に向けての提言を行いたいと思う。具体的には@日本では社会的要因による自殺が増えているので、その社会的要因を減らす方法を一緒に考えていきたいA日本では死についての教育(death
education)が著しく遅れているので、死についての教育をどのように行っていくべきか、一緒に考えていきたい。未来に向けての提言を行うことで、私達の討論も実り多いものとなるだろう。
〔2〕脳死と臓器移植について
(1)なぜ第6分科で、脳死・臓器移植問題を扱うのか?
日本では長い年月をかけた議論の末、一昨年、臓器移植法が成立し、脳死と判断された患者からの臓器移植が可能となった。この法律に基づき、四例の脳死移植が日本国内で行われている(1999年7月8日現在)。日本における「死の文化」について考える場合、脳死と臓器移植の問題は、まさに現在生じている「新しい死のかたち」として大変重要な問題だと言うことが出来るだろう。そこで本分科会議で脳死・臓器移植について考えることにしたい。
(2)脳死・臓器移植について
@脳死の定義
脳死とは何かについていろいろな考え方があるが、現在の日本では法律(臓器移植法上、「脳幹を含む脳全体の機能が不可逆的に停止するに至った状態」を「脳死」としている。
A人の終期についての考え方
人の終期については、日本では大きく分けて次の三つの考え方がある。
・脳死説(脳死をもって人の死とするもの)
・心臓死説(心臓死こそが人の死である)
・脳死選択説(脳死を人の死とするかどうかを本人の選択に委ねる)
新しく出来た臓器移植法は、脳死説と脳死選択説を折衷したものとなっている。
B日本で脳死説が積極的に主張される理由
臓器移植と関係がある。なるべく新鮮な死体から臓器を摘出したい、という要請があ
るので、脳死説が積極的に主張されている。
C臓器移植法について
この法律では、いわゆる脳死状態にあっても、合法的な臓器移植が予定されているもののみ、「人の死」と認められる。つまり、医学的には同じ脳死状態について、生・死、二つの事態が併存することになる。
また、この法律では、臓器の提供のみならず、脳死それ自体についても本人の自己決定を認めている。つまり、自己決定権によって「死」を創設することを認めていると言える。
D脳死・臓器移植問題に見る、日本の「死の文化」
欧米では、脳死・臓器移植問題は決着がついているが、日本では今なお盛んに議論が行われている。これはどうしてだろうか?その理由として@近代において「死」が人々の生活の中から隠蔽されたことにより、「死」そのものをどう扱っていいのか分からなくなっているAもともと日本には、確固とした宗教がないために、「死」に対する考え方が確立されていない の二つが考えられる。
この点について、臓器移植が現実に行われていく中で、新しい「死の文化」が築き上げられていく可能性が十分にある。実際、脳死・臓器移植を認める立場の人が増えているのではないだろうか?従って、脳死・臓器移植は現在進行形としての「死の文化」と言えるだろう。
(3)韓国側へのお願い
韓国では、脳死・臓器移植をどのように扱っているのだろうか?是非知りたい。脳死・臓器移植に関して、韓日の「死の文化」の違いが分かるならば、私達の議論も充実したものになると思う。
〔3〕安楽死・尊厳死
(1)なぜ第6分科で、安楽死・尊厳死を扱うのか?
〔2〕と同様、安楽死・尊厳死についても、日本では今なお議論が盛んに行われている。そして、裁判所の新しい判断が日本だけでなく欧米でも出ている。従って、「新しい死のかたち」のひとつとして、本分科で扱うことにしたい。
(2)安楽死・尊厳死について
@安楽死・尊厳死の定義(日本での一般的理解)
広義の安楽死:死期が迫っていることが明らかな場合に、患者の苦痛を和らげるために、一定の条件の下にその死期を早めること(狭義の安楽死・積極的安楽死、欧米では自然死という)あるいは死期を人工的に延ばすのを
やめること(尊厳死・消極的安楽死)。この場合、患者本人の意思(リビング・ウィル)が最も尊重されることになる。
A裁判所での取り扱い
・ 積極的安楽死→(日本)極めて厳格な要件の下、認められることもあるとするが実際に認めた判決はない。
(欧米)安楽死を法律で定めたところもあるが、近年違憲判決が相次いでいる。
・尊厳死→(日本)最近、認める判決が出ている。
B安楽死・尊厳死に見る、日本の「死の文化」
安楽死・尊厳死については、日本だけでなく欧米諸国でも、現在考え方が大きく変化している。おおよそ、積極的安楽死は認めず、尊厳死は認める方向にあると言えるだろう。近年、尊厳死が認められるようになったのは、「死」についての自己決定権が認められつつあるからとも考えられる。安楽死・尊厳死も脳死と同様、新しい「死の文化」を築いていくことだろう。
(3)韓国側へのお願い
韓国では、安楽死・尊厳死についてどのような判断を下しているのだろうか?「新しい死のかたち」として、安楽死・尊厳死は世界各国で問題となりつつある。この問題を検討することで、韓日両国の「死の文化」について、よりよく知ることができると思う。夏大会までに韓国の状況を調査して、是非私達に教えて欲しい。
〔4〕葬送慣習(葬式・埋葬など)
(1)なぜ第6分科で、葬送慣習を扱うのか?
今日、世界各国には、さまざまな葬送慣習が、過去から現在に至るそれぞれの地域の基層文化として受け継がれてきている。この葬送慣習を、韓日で比較するならば、両国の「死の文化」の類似点・相違点がよくわかるのではないだろうか?そこで、葬式・埋葬のあり方についても扱うことにしたい。
(2)日本の葬送慣習について
日本の葬送慣習の特徴としては、@重層的な信仰と、A遺骨に対する執着心が考えられる。
@の重層的な信仰としては、日本では仏教文化・儒教文化・日本独特の土着文化が渾然一体となって、葬送慣習が作られてきたと言える。具体的には、仏教文化として、輪廻思想・無常観・火葬・仏塔崇拝などがあり、儒教文化として、祖先崇拝・祭壇・位牌・年忌などがある。さらに、日本独特の土着文化として、「けがれ」の嫌悪・遺骨や戒名を重視することなどがある。
(3)現在の日本の葬送文化
現在の日本では、葬送慣習が簡素化していく傾向にある。また、「死後、どうしたいですか?」という問いに対して、「家の墓」ではなく、「夫婦墓に」「個人墓に」「海や山に遺骨を撒いて欲しい」と答える人が増えている。
従って、葬送慣習においても、どのような葬送を行うか自己決定していくべき、と考えていく傾向にあるのではないだろうか?
現在の日本の法律では、遺骨を墓地以外で自由に処分することが許されていない。それゆえ、遺灰を海や山に撒くことは、実際はすることができない。これに対して、法律を改正しようという動きが出ている。
(4)韓国側へのお願い
韓国における葬送慣習には、どのようなものがあるのだろうか?
一般的には、韓国の埋葬は土葬で、日本の埋葬は火葬だと言う。これは、儒教と仏教の違いに由来するものだろう。しかし、日本は(2)で述べたように仏教の影響だけを受けているわけではない。この点、韓国はどうなのだろうか?夏大会で是非教えて欲しい。
〔5〕日本の「死の文化」について ―歴史的側面から―
日本における「死」は、前近代(江戸時代)までは、身近な存在であり、共同体(特に家族)によって処理されてきたと言えるだろう。ところが、近代(明治時代)になると、「死」は社会的にタブー視されていく。清潔さ・健康さ・若々しい肉体が社会の価値とされるにつれ、病いと老いにつながる死は嫌悪されていく。醜く汚い死。ゆえに隠されるべき死。死は日常生活の外へ追いやられ、まるで何事もなかったかに振る舞うこと(社会的服喪の廃棄の傾向)がひろまる。死はかつての公的性格を失い、まず近親者のみの、そしてそれすら退けられた孤独なものとなり、こんにちでは死にゆく者自身の手にすらないことがありうるまでになる(病院での人工的な生の存続)。
こういった状況の中で、現在の日本では、「死」についての自己決定を認めていく方向が感じられる。ひとりひとりの人間がどこまで意識しているのかは分からないが、「死」についての自己決定を認めるということは、社会的にタブー視されてきた「死」を解き放つということにつながるだろう。これからの日本で、「死」についての自己決定が認められることは、ほぼ間違いがない。
この点について、韓国はどうだろうか?韓国における「死」は、どのように変化してきているのだろうか?私達は、歴史を話し合うことを目的にしているわけではないので、詳しく調べる必要はもちろんない。おおよその歴史の流れについて教えて欲しい。
〔6〕未来に向けての提言
未来に向けての提言については、日本側も現在一生懸命議論を重ねているところである。以下、おおよその考えを述べたい。
(1)自殺の社会的要因を減らす方法について
自殺を、年齢によって、青少年・中高年・高齢者に分けて考えたい(その方が、実態がよく分かる)。そして、自殺の社会的要因についてはっきりと明示し、その後で、社会的要因を減らす方法について一緒に考えたい。
(2)死についての教育(death education)について
日本では、死についての教育がほとんど行われていないので、どのようにしていくべきなのか、よく分からないのが実情である。夏大会で韓国側の意見をいろいろと教えて欲しい。
それでは、夏大会で会えるの楽しみにしています。日本側と韓国側で力を合わせて、充実した分科会議を行いましょう。