目次 序論
本論T サークル 学生運動
本論U カリキュラム 経営面から
結論 |
序論
☆学校は本来一つの小さな社会として、しばしば我々はそれを社会の縮図板という。その中でもそのような小さな社会の縮小版から現場への転換点にあるものを、我々は大学と規定する。つまり大学は社会と学校の中間的立場にあってより広く学習の場を提供する現場体験が可能な教育機関であり、研究機関でもある。大学がそのような位置を占めるならば、大学のあるべき発展と立て直しは切実な問題である。大学の立場が揺れ動いている現実では、さらにそうである。したがって第6分科は大学の現在ある位置を検討し方向性を提示し社会的発展の礎にしたいと考える。そのためもっとも重要なことは、大学を観察するらめのフレームであった。そうであるなら大学に対するアプローチに対して言及がなくてはならない。我々は大学の文化を通じて、大学を見てみた。大学文化は、文化の特徴を前提としながら大学だけの事、大学内に独特に存在する報道様式であり、生活様式全てを代表する。文化とは人間の高等な精神的機能の所産であり、それによって明らかになる「生活様式」として「社会的産物」という事ができ、現存する生活観念と価値を維持する組織された行動体系といえる。このような文化に関する定義から推進してみると、大学は一つの縮小された社会としての教育、研究、奉仕という本質的な機能を行う教育共同体、教育的手段であり、大学自体の独特の文化を形成し、これは大学発展の指標になるはずである。つまり大学文化という大学とともに生まれたその主体が大学生であり、現在まで大学内で発展してきた。
☆次に第6分科が、大学を代表する大学文化に対してアプローチする観点について述べる。我々がまずよく登場する用語について定義をし、大学文化での学生次元でのアプローチ、社会的次元のアプローチという二種類のアプローチを行う。これは大学文化を大学だけの文化で大学と社会に共有される文化として確定させる概念である。大学と社会の密接な関連性について言及し、共通点を導き出し、これを通じて社会を見る目を形成しなければならない。したがって結果的に大学の問題を解決していく知恵として、社会問題を解決していこうとするものである。
本論T
☆大学文化を分析するために、我々第6分科は大学の文化を学生の立場、そして社会の立場に分け話し合った。まず前者のために、学生生活をしながら最も代表的といえるサークルをテーマに会議を行った。サークルの分析はその基準が曖昧であり、ともすると分析が漠然としたものになってしまうかもしれないので、サークルの特性によって6種類に分けて分析した。
☆サークルの分類は、サークル活動自体の特徴を基準にした。サークルの活動特徴によって運動系のサークルである学生会、自己開発のための学術系、趣味系、ボランティア系、宗教系、芸術系以上6つに分けた。そして6つに分けられたサークル間の相対的な増減に関する分析を通じて、大学内の学生運動の特徴を導き出し、問題点を指摘した。その例として学生会系サークルの淘汰、学術系サークルの勢力拡大を挙げることができる。すなわち社会問題の解決よりも、自分自身の未来だけを追求する歪められた価値が問題の核心である。このように自分自身のことだけを考える歪められた個人主義の態度が、大学文化の問題点であるといえる。従って第6分科は個人主義について熱のこもった討論を行った。個人主義について、否定的に認識している韓国側と肯定的に認識している日本側であったため、お互いの文化の違いを考慮して、我々第6分科の個人主義に関する定義をおこなった。これに続き、個人主義を「他人にとらわれない範囲で主体的に活用的に、他人の意見を尊重できること。しかしその後、自らの自由によって判断を個人に任せる高度と思考様式」と定義した。
☆そしてボランティア系、趣味系サークルの変化、宗教系、芸術系のサークルの変化もともに検討してみた。趣味系サークルの楽しみと、ボランティア系の弱体化には歪められた個人主義の傾向がみられる。同時にボランティア系に関する討議もともにおこなわれた。宗教系と芸術系サークルの比較においては、時代別の差異はあまりみられなかったが、芸術系サークルとその時代のメディアによる影響が大きく、宗教系サークルは持続的にある程度の水準を維持しているとした。
☆学生は大学に対し、そして社会に対する学生の主張を明らかにする手段として、学生の立場で大学文化を評価するには適切なテーマである。したがって日韓両国の学生運動を調べ、その時代別の変化について調べることによって、大学文化を繰り替えてみた。まず、学生運動に対する日本と韓国の認識の差異について討議してみたが、学生運動を社会から見る視点と学生が見る視点にとても大きな差があることを認識した。そして時代別に学生運動の変化について話し合った。日本は1960年代の日米安全保障条約に対する反対闘争以外には、それほど大きな学生運動は無かった。したがって、学生運動を通じた大学文化の分析は韓国側を中心にして行われた。
☆韓国の学生運動が過去の民主化闘争に比べて、量的、質的に変わったことは事実である。学生運動はよりよい社会のために行うものである。しかしこれに参加する大学生の数がしだいに減っているという事は、大学生が他人をあまり考えなくなっている傾向をあらわしている。すなわち個人主義は社会で被害を受けている人たちに対して無関心を呼び起こしそれによって学生運動の力が弱体化した。このようにサークルと学生運動に対して、我々は大学生の歪められた個人主義化の傾向を問題にした。個人主義が自己主義へと大きく変わりつつある今日の大学文化の問題点を指摘するのが議論の核心であった。
☆大学は社会に出る前の足場といえる。社会と学校の中間的な位置でより広い学習の場を提供し現実的な社会を実感できる教育機関としての研究機関が大学である。このように社会を縮小したものといえる大学であるので、大学生活においての歪められた個人主義による問題の解決は必要である。
☆個人主義が利己主義に流れていくだけに、危機に向かっていくことは学生生活の人間関係断絶の影響が大きい。したがってお互いを考える事が出来る雰囲気に、対話の窓を準備する事が必要である。このように他人に対する認識を通じて、お互いに対する信頼、そして社会からの信頼を獲得すれば大学生自身が社会的責任を感じ、社会に対してより主体的な行動をすることが出来るであろう。
本論U
☆本論Tにて大学文化を創り出す人、大学生について述べたのでここでは大学文化が生み出される環境、すなわち大学の現状と問題点を踏まえて提言していきたい。
☆大学の性格に合わせて、@社会の要求する環境(大学生を育てる教育機関としての大学)A学生の要求する環境(研究機関としての大学)のどちらにも応えられる環境を目指し、より良い文化発祥および発展の場の提供を求めた。
a) カリキュラムの変化と入試システム
☆より創造性のある大学生活を送る環境には、社会に幅広いニーズに応えた柔軟性・流動性に富んだカリキュラムや、入試システムの整備が必要と感じ、具体的に韓国側は学部生による志望学科選択の不自由を、日本側は入学後選択幅の狭さを例に挙げた。
☆韓国では、政権交代によって入試システムが変わるため、なかなかカリキュラムの大規模な改革はなされていないという。両国ともに学歴重視の社会的風潮があるため激しい大学受験戦争の中、大学以前の教育課程の問題点を認めて相互関係の上でこの点を改革しなければならないとした。
☆その一方日本では、1991年に行われた「大学設置基準の改正」により、各大学・短大で、それぞれの教育方針のもと教育システムの改革やカリキュラム編成が自由に行えるようになった。それに伴い、現在約9割を超える学校でカリキュラム改革が実施されている。中でも「必修・選択の見直し」、「科目区分の見直し」といった先に挙げた例の改善策ともいえる改革も行われている。また、「セメスター制」の採用や「単位交換性」の導入といった留学も視野に入れた教育システムも数多くの学校に取り入れられた。就職状況の厳しさから高い専門知識・創造性・自分で問題を発見し解決できる能力の要求に応えるカリキュラムとして、「幅広い分野の学習からしだいに専門化していく、(くさび形)教育課程の実施」、「コース制の導入」といったものが、多く受け入れられている。
☆このような改革の結果、「勉強しない学生は卒業できない」こととなり、学生の時間の使い方に大きく影響するのは間違いない。こういった環境の変化により新しい大学文化の形成を期待するのは勿論だが、日本の大学は今、変化を遂げている最中であることを考慮しておきたい。
☆さらに大学は、常に社会や学生の求めるものに対して敏感に、カリキュラムやシステムのあり方を考え、実行する態度が必要であると感じた。
b) 経営面から
☆そもそも、大学自体が存在しなければ大学文化は成り立たない。
☆バブル期に多くの大学が創立された日本では、バブル崩壊後、長期的な不況の中で少子化が重なり、特に私立大学の経営は深刻になってきている(選ぶ→選ばれる立場の変化)。また、国立大学においても独立法人化の動きがあり、将来国立大学が合併されるかもしれない。ここでは、主に日本の大学経営の状況から大学文化をみていきたい。
☆日本の文部省が唱える独立法人化は、国立大学の独自性を育成したり、競争による活性化を図るとしている。その反面、現代の産業に極めて需要が高い特定の分野に重点が置かれ、他分野学問の研究に危機をもたらすかもしれない。
☆しかしまた同時に、変革を遂げる大きなチャンスにもなりうると考えた。現在、国立大学は様々な規制で縛られている。本来独自の研究・教育を行うべき私立大学も、政府から補助金を受けることによって法律で様々な規制を受けている。また、韓国では企業からの寄付金が大きな収入となっている。
☆そこで大学の自立度を高めるために、財政を自主的に負担、あるいは国に寄付された金額をまた学校に分配するアメリカ方式などの提案もされた。いずれにせよ、情報公開によって大学経営の透明性を確保することが必要とされる。
☆また社会人入学や留学生枠の拡大など各大学の独自性を生かして、国立大学と私立大学の競争を高めていけば、質の高い教育が低コストで受けられるように変革していくであろう。そして大学が特定の分野にこだわらない質の高い教育を提供した結果、より広い視野を持つ学生が大学文化創造の担い手となっていくという結論に達した。
結論
☆個人主義が日韓両国社会一般の流れであり、大学という環境の中においても個人主義は大学文化を考える際無視することの出来ない主張である事をあえてここで確認しておく。
☆現在、多くの大学生がサークル及び学生運動を大学文化を代表するものとして考えている。人間関係が希薄になりつつある大学生活で、サークル及び学生運動内の人間関係は、社会の縮図ともいえる勉強の場である。その中で生まれた良い人間関係は、利己的になりがちな個人主義の主張をコントロールする役目も果たしている。
☆また日本では大学が経営面で分岐点上にあり、今後の動向が大変注目される。
☆大学文化形成の背景には大学という環境と大学生という人が必ずいて、どちらかが欠けても大学文化は成り立たない。大学生という自由な主張を保証された中で、個人主義の誤りのない主張。現実をうまく、そして十分に反映した対策の準備と実行。現実と理想の乖離による現在のような矛盾と混乱がないように解決案を作り、大学・大学生とともに、社会からの信頼を得られた時、この大学文化が社会全般の文化の源泉となりうるのである。
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