オリエンテーション
「東京の夏はどうですか?今年の東京は例年になく非常に暑い夏を迎えています。それはどうしてでしょう?今日、ここに熱い想いをもった日韓両国の学生がついに顔を合わせたからです。皆さん、今晩の月を見ましたか?今日の月は三日月です。このことが何を意味しているか分かりますか?これから2週間、私達は生活を共にすることで充実した日々を送ることでしょう。月も私達と共に日に日に満たされていくことを意味するのです。」
初日、自己紹介の場で僕はこう話した。胸いっぱいの期待と不安で臨んだ夏大会。日韓両国の協力があってこそ素晴らしい大会を作ることが出来るだろう。そのためにはお互いがお互いを知る必要があった。その一番最初の機会となったのがこのオリエンテーション。
大会スケジュールの確認や諸注意をする場でもあるが、メインとなるのが自己紹介。今初めて、僕の声が彼らに届く。彼らの声が僕の所に届く。前で話す人の顔を真剣に見つめ、通訳に耳を傾け、再び自己紹介する人の顔を見つめる。これから始まる夏大会への高揚感がいっぱい詰まった空間がそこにはあった。分科ごとに自己紹介をしていったわけだが、僕の所属する3分科の番がくる時にはすでに一つの確信があった。「夏大会が始まった!」
日本側の人数が少ない故に準備に忙殺された大会直前。それでも必死になって乗り越えることが出来たのは夏大会への想いがあったからこそである。まさにこの空間のための努力であった。僕の話しに拍手で応えてくれた韓国側のみんな、本当にありがとう!分科会議や文化交流などの舞台となるこの大セミナー室のこけら落としを最高の雰囲気で締めくくることが出来たと僕は思った。そう、この場で話したことが明日につながるみんなの一歩となったのだ!  (江頭厚志)

キャンプファイアー
さて、キャンプファイアーで何をしますか?と聞かれたら、誰もがフォークダンスと言うのではないだろうか。そう僕等もダンスをする予定だった。一本の電話が来るまでは・・・。「大雨警報が出ている」かなりの痛手だった。もともとダンスと花火をやるつもりだったのだが、急遽ダンスの予定はなくなり花火をやることにした。いざ始めてみると、花火はたくさんあるけれど、ライターが全然ない。そこらへんがわが15回のJKメンバーらしいところで、ちょっと抜けていて笑える所である。中央で以上なまでに燃え盛る火種の近くに行って、火をつけてくる無謀な人もいて、それはそれで楽しかったようだ。かくいう僕も、その一人であるのだが・・・。数名の人が、華々しく打ち上げ花火をやろうとしていたが、あまり上手く火もつかず、みんなそんな事にお構いなしに手持ち花火を楽しんでいた。花火をやっている時には、国籍・言語だけでなく、習慣の違いなんかを感じる事はまったくなかった。そんなこんなで、しばらくみんなで、花火をして楽しんだ。最後に、みんなで1列になって線香花火をやることになったのだが、その線香花火の火が1列になっていた様子はとても綺麗な物であった。キャンプファイアーという事であったのだが、花火ばかりやっていて、みんなほとんど炎は気にしていなかったようである。まあ、雨に降られる事はなく、それはそれで良かったのだが、キャンプファイアーの途中で、炎は下火になっていたし、ちょっと物足りない感じも残ってしまったなあというのが率直な感想である。
結局、この日は花火しかできなかったのだが、線香花火の可愛さ、綺麗さがみんなの心に少しでも残っていてくれれば幸いである・・・。  (篠原道雄)

日本側文化交流
メインのダンスである「Loveマシーン」アンコールの2回目を踊り終えた時の拍手が本当に嬉しかった。このダンスのカウントが過去何度夢に出てきたことか…全てが大きな安堵感に変わった。
日本側文化交流の柱となったのは劇「日本の大学生の一年」。4月の新入生への激しい新歓活動や花見を経ての5月病、梅雨の季節は新茶の季節ということでみんなにお茶を出し、7月のテストを終えて夏休みへ!といった内容の劇である。ポットからお湯が出ないというハプニングもあったが劇は順調に進んでいった。練習時間が足りなくて直前まで不安だったが、みんなの意志疎通がきちんととられていると肌で感じ心強かった。8月からはダンスが加わって進行していく。盆踊り、10月体育祭での応援という設定でのチアリーディング、11月文化の日に再び踊る。KJもみんな音楽に合わせてのってくれたので僕らは笑顔で各役割をこなしていくことができた。クリスマス、除夜の鐘を挟んでのはねつき大会は羽子板が調達できずバトミントン代用だったが恒例の「顔に墨」が好評を博し、いよいよメインイベントへ…2月のバレンタインではJKの女の子がKJの男の子へ、3月のホワイトデーではJKの男の子がKJの女の子へダンスを終えてからお菓子を渡すことになっていた。2月の劇が行われている間、男性陣は裏でスーツに着替えて控えていた。微妙な沈黙がそこにあったのはスーツに忍ばせてあるお菓子3つをそれぞれ誰にあげようか悩んでいたからであろうか?他の人は分からないが僕は悩んでいた(実際に渡す場ではそんな余裕はなかったけど)。最後に再び4月に戻り、ブラックデー(何ももらえなかった人が14日にジャージャー麺を食べる)を演じることでオチを付けて僕らの劇は無事に終わった。
全てのダンス、劇の台本や設定をしてくれたShino、本当にありがとう!覚えたダンスはこれからもずっと忘れない、いや、忘れられないよ!  (江頭厚志)

報告書作成
報告書作成日は、朝からいつもとなにか違う感じがした。やはりみんな色々な話しを聞いていたのだろう、きつい夜だろうと。一応どの分科でも毎回、内容を決めて話しあっていたようだけれど、なんといっても、今までいろいろと話し合ってきても結論付けられていない内容を深く詰めなくてはいけない。やはりどの分科でもなかなか苦労していたようである。しかし、夜の10時を過ぎると、他の分科は次々と終わっていった。確かに、うちの5分科も一応終わっていた。ただあくまで日本側・韓国側それぞれ役割分担して作った文章を繋ぎ合わせただけだった。やはり、同じ内容の事を載せるのに一人の書いた文章では偏ってしまう。細かなニュアンスの違いや、お互いの立場を考慮した表現に変えていきたい、そう思っていた・・・。しかし、KJ側の3人は揃っていなかった、そして僕も3人ときちんと話し合っていくという最後の努力を怠った。問題が起こらないのが変な状況であった。きちんとKJ・JK両方揃っていて、その間に立って意見を伝えて行くのが通訳の仕事である。僕はそういう通訳さんの立場というものをあまりにも考えなさすぎていた。結局、僕が言いたい事を全部話さず、通訳の方に誤解をさせてしまう、という結果になってしまった。今回の失敗は、非常に大きな経験になったし、学んだ事が2つある。1つは、自分の言いたい事を我慢したり、妥協したりしてはいけない。そして、2つ目は、相手の立場というものをより1歩踏み込んで考えなくてはいけないと・・・。順調に終わったのに最後まで見守らざるを得なかった阪本さん、そして誤解を解くために話しあいの場を設けてくれた篠崎さん、そして夜遅かったにもかかわらずその場に集まって下さったみなさん、本当にご迷惑をかけました、そしてどうもありがとうございました。  (篠原道雄)

講演会
講師猪狩章先生は私がこの春まで通っていたジャーナリスト養成の作文教室の先生である。それが縁となって、今回この講演を依頼することになった。お忙しい中、快く引き受けて下さった先生に感謝したい。
先生はソウル特派員として故金日成と会見をし、また金大中大統領とも親交があるという経歴の持ち主で、南北首脳会談が開かれた今、この日韓学生会議は絶好の講演の場になるにちがいないと思った。
会場には一般のお客様もいらして先生の話に耳をかたむけておられた。シンポジウムと講演会を一般公開するのは、やはり我々の活動を外部の方に知って頂く意味でも重要である。
講演はまず先生のソウル特派員時代の話から始まった。今でこそ韓国は言論の自由が保障されているが、朴正煕政権時代、マスコミは政府による弾圧を受け、それは各国特派員にも同様であり、いかに取材活動が大変であったか、いかに命がけの使命であったか、現代の私たちにとっては驚きの連続であった。特に学生運動を取材したとき、権力と学生のどちらにも付くことができず、(それはジャーナリズムの根本であるが)両者の間に割って入り、前からは催涙弾、後ろからは石が飛んでくるなか取材した話をきいて、私はジャーナリズムの使命、責任を改めて痛感した。
「南北新展開と日本」という演題のもと、後半は南北関係の話になった。講演中故金日成と先生が横に並んでいる写真を会場に回したとき、みな興味深くみつめていた。北朝鮮の情報は韓国の方にとってもめずらしいものであるのだなぁと思った。
南北関係は複雑な状況がからみあってすぐには解決しないだろう。またこの問題に関して日本やアメリカがいかに関わっていくかも問題である。しかし、先生の話を聞いているうちに、その解決となるヒントがあったように思えた。質問時間を合わせ2時間という長丁場になったが、みんなが最後まで真剣な顔で聞いていたのはやはり各人が先生の話に意義を見出していたからだろう。  (本岡義孝)

同友会晩餐会
シンポジウムも無事終わり、講演いただいた猪狩先生も交えて会は、始まりました。同友会とは、日韓学生会議のOB・OG会になります。
今回いつもお世話になっているOB・OGの方々を始め、このような機会でないとお会い出来ないOB・OGの方にもおこしいただき、15年という歴史を感じました。
中でも日本側委員長と韓国側組織委員が、14回参加者であることから第14回は、勿論、第12回のOB・OGの方々に多くおこしいただきました。実は、通訳のSohn Je-yongさんが、第12回韓国側正代表だったこともあり、二重にも三重にも懐かしく楽しいひとときとなりました。
お食事は、立食形式でおいしいご飯を、みんな今までの疲れを癒すかのよう、思い思いにいただきました。この直前のプログラムが講演会だったこともあり、猪狩先生のまわりには、質問やお話を聞きたいメンバーで一杯でした。
一通りお腹が満足したところで、写真撮影やビデオ撮影といった思い出作りに。おいしいお食事のせいか、みんなの表情もとても和やかな感じで、予定されていた2時間は、あっという間にすぎてしまいました。
最後に、同友会を代表して第13回委員長の山田大輔氏より、メッセージをいただいて会は終了となりました。
たった2時間という短い時間ではありましたが、温かいOB・に見守られてとても安らぐ楽しいひとときを過ごさせていただいたと思います。
また、会が終わっても別れを惜しんだがために、ひどい豪雨に見回れたのも、いい思い出です。  (篠崎恵美)

文化体験 横浜
「雨が降るとは!太陽の微笑みなくして横浜案内はできない!」僕は観念した。しかし東京駅で僕らは小さな幸運に巡り会えた。横浜への移動に東海道線全車両2階建ての快速アーバンをつかまえることができたのだ。これで気分は小旅行!心地よい揺れに身を任せて到着した桜木町。僕達の昼食は大会始まって以来初めての外食。食事そのものを楽しむ余裕がそこにはあった。ランドマークタワー内の本屋を見て、Queen's Squareで写真を撮り、コスモタウンへ!この時、大きな幸運が僕らに舞い降りた!雨が止み、絶対に乗ろうと企んでいた水中突入型のジェットコースターが運転を再開したのだ!疲れも吹き飛ばす笑いと悲鳴、非日常的なスピードと重力の中で「国境を越えた!」と僕は確信した。と、言いたい所だが実際のところは僕も安全バーの中でグッと力んでいたのが実情である。一緒に楽しむことを感じた瞬間。観覧車も待ち時間無し!最高点で写真を撮り、横浜の街を一覧できる時間を満喫できた。横浜World Portersで買い物を楽しんだ後、僕が横浜で一番好きな公園、「臨港パーク」へ。港町横浜を象徴するこの場所、みんなの目にはどう写ったのだろう?最後は水上バスで横浜駅まで戻り横浜文化体験は無事幕を閉じたわけだが、セジョンの「初めて東京に来た感じがした」という言葉に僕は喜びを隠しきれなかった。みんなに地元を紹介できて本当に嬉しく思った。そしてなによりとても楽しい一日だった!  (江頭厚志)

文化体験 お台場
私の文化体験の思い出は、希望場所アンケート集計の夜から始まった。もともと、僕が連れて行く予定の場所は新宿であった。がっ、なんと驚いた事に一票しか入っていなかったのだ、しかも第3希望。という事で、私の予定はその夜急遽変更となった。『お台場』誰もがうらやむあのデートスポットである。しかも、行きには明治神宮・原宿、帰りは都庁と豪勢なおまけをつけた。しかしまあ、なんといっても僕も『お台場』に乗り込むのは始めてであった。いやはや、誰の文化体験だろうと思いつつも、KJのメンバー3人と通訳のイリョンさんと一緒にに出発した。AQUA CITYでお昼を食べ、海をバックにして写真を取り、メガウェブで、スポーツカーを見て楽しんだ。始めてのお台場は、すべての規模がとても大きく、4人で感心してばかりいた。なんといっても、時間がなくもっとゆっくりまわらせてあげたかったというのが素直な感想である。そして、元々見せたかった都庁からの東京の夜景も、みんなで見る事が出来た。果てしなくネオンサインが広がっている風景をしっかりと目に焼きつけてくれたのではないだろうか?突然の予定変更で、あわただしい移動が多かったのに疲れた顔一つ見せず、楽しんでくれた(はずの)KJの3人と、お台場を案内してくださったイリョンさんにこの場を借りて感謝したいと思います。でも、はっきり言って僕が1番楽しんだと思うんですけどね・・・。  (篠原道雄)

文化体験 浅草・上野
韓国側メンバーキムソンヒさん、キムサンジン君、通訳のソンジェヨンさん、日本側メンバーノンちゃん、そして僕の五人は文化体験として東京は浅草を訪れることとなった。浅草ではまず浅草寺の本堂でお参りをすることになった。賽銭をしてお願いをする。何を願ったかKJメンバー二人に尋ねたら、ソンヒさんは幸せを、そしてサンジン君は恋人ができますようにだった。次に私たちはすぐそばにあるおみくじを引いた。日本側メンバーとジェヨンさんは吉を引き当てまずまずの表情を浮かべた。しかし、韓国側メンバーは二人とも図ったかのごとく凶を引き当て何とも言えない表情をしていた。特にサンジン君は「待ち人来ず」という意味をジェヨンさんに説明してもらったとき、この世の終わりのように深いため息をついた。
昼ご飯は東京名物もんじゃ焼きを食べることになった。関西出身の私は普段からこのもんじゃ焼きに対して味、量の面から否定的であったが、こうしてひとつのものをみんなで一緒に食べることである種の連帯感が生まれることがわかり、そこにこの料理の本当の味があるのだなぁと思った。
大都会のなかで日本の伝統が残る街、浅草、メガロポリス東京のもうひとつの顔を見ることができた。きっと韓国側メンバーも喜んでくれただろう。  (本岡義孝)

文化体験 渋谷・原宿
文化体験は、イベントとしては第14回から、東京大会では初めてのイベントになります(旧、野外研修)。現在の文化を中心に、いくつかのグループに別れて体験していただくというものです。
今回は、国際都市横浜、日本の新スポットお台場、文化と芸術の街上野・浅草、今も昔も変わらぬ老舗の多い銀座、若者の街原宿・渋谷と、文化色豊かな5つのコースを用意しました。
事前に、韓国側にはアンケートをとっていたのですが、横浜の人気が圧倒的に高く、出来るだけ期待に応えられるように振り分けるのが大変でした。
そんな苦労もあってか台風の影響で、あいにくの雨模様となったにも関らず、みんなには楽しんでもらえたようで本当によかったです。
私は、原宿・渋谷コースでした。このコースは、引き続き行われるイベントである家庭訪問の関係上、総勢10名と他のコースに無い大グループとなりましたが、地元にお住まいのOB川上氏も協力して下さり、楽しい半日を過ごしました。
歩きなれている日本人とタクシーを使いなれている韓国人の差など、ひょんな所で生活文化の違いを発見しました。
ちなみに、この日限定の流行語大賞は、「ノム、ピッサヨ(とても高いです)」が、見事授賞しました。やはり、日本の物価は高いのでしょう?!
ぜひ、今後も続けてほしいイベントだと思います。  (篠崎恵美)

家庭訪問@
「Welcom to my home!」横浜文化体験で行動を共にしたジニー、セジョン、サンファン、ハクムーを我が家に招き"家庭訪問"の夜が幕を開けた。この家庭訪問、誰よりも楽しみにしていたのはうちの両親であろう。父親は大学在学中に韓国に旅行したことがあり、たどたどしい英語でその事を話し、みんな真剣に耳を傾けながら食卓を囲んだ。とりあえずその話は23年前のことである、ということは伝わっただろう。久しぶりの家庭の味・雰囲気に僕は安らぎを覚えた。僕が大学で使っている韓国語の教科書や幼少時のアルバムをみんなで見るなどして和やかな感じで時間は流れていった。ちょうどいいタイミングで妹がバイトから帰ってきてたのだが、その妹が微妙に人気を得て、兄としてやきもちをやく構図がそこにあった。面白かったのは妹が16回大会の勧誘を受けてたということ。その頃兄は兄妹参加の可能性について深く洞察していた。でも妹も楽しそうに話しをしていたし、傍らでは我が家のペット、鳥のピーコも構って欲しい一心で愛嬌を振りまいていた。賑やかで楽しい空気に満たされてもっと長くいたかったが時間が来てしまった。車で送ってもらったので昼に見たベイブリッジの上を走ることができたことも嬉しかった。みんな、またいつでも遊びに来てね!お土産も本当にありがとう!そして自分の親にも…ありがとう!  (江頭厚志)

家庭訪問A
「日本の大学生の一人暮しはどんなものか」
日本側メンバーの数が少ないこともあったが、きっと韓国人も大学生の一人暮しに興味があるだろうということで、家庭訪問先に本岡君宅が選ばれた。激しい競争率の中訪問メンバーに選ばれたのは、韓国側委員長のキムソンヒ、日本通のサンジンそしてお手伝い係の私である。
他と違い家に着いたら食事が用意されているということはありえない。私たちの家庭訪問は買い物から始まった。近くのスーパーで手巻き寿司の材料を買った。みんな文化体験で歩き疲れた後だったのでとてもお腹がすいていた。本岡君宅に着くと早速調理開始。といっても手巻きなのでそれほど難しくない。ソンヒ、サンジン、私の3人で酢飯を作り、本岡君は材料を切った。
出来上がると、まず私が食べ方を簡単に披露した後、2人に挑戦してもらった。口に合った様でおいしいと言いながら沢山食べてくれた。
食事の後はあまり時間が無かったのだが、本岡君所有の新撰組の衣装をサンジンが着て記念撮影。本人はすっかり成り切っていた…。
日本の一般家庭を味わってもらうことは出来なかったが、貴重な体験をしてもらえたのではないかと思う。オリセンへ向かう道で、ソンヒが「ありがとう」といってくれたのが嬉しく、今も心に残っている。  (阪本法子)

フィールドトリップ(山)
山側フィールドトリップは東京都と山梨県の境にある檜原村への旅行となった。
一日目――晴れ、照りつける太陽の下、気温は次第に上がり続ける、宿泊所に到着後、私は用事を済ませ、すぐにメンバーが待つ近くの川へむかった。水着も持っておらず、ポケットには貴重品もたくさん入っており、せいぜい足を水につける程度で、あとは釣りでもしようかなと考えていた。川に着くとすでに3、4人が水のなかで遊んでおり、他のメンバーも川辺での一時を過ごしていた。よく見るとそこにいる全員がびしょ濡れではないか。
まさか・・・そう思った次の瞬間、強制的に私の腕から時計が外され、ポケットからは財布が、そして最後にメガネがこの身から離れ、準備完了となってしまった。どうやら川にくる者はまず放り込まれるという手痛い儀式が存在していたようだ。
SPLASH!すっかり水浸しになった私は一張羅のズボンのことも気にせず、魚のごとく川と戯れた。みんなで水をかけあってはしゃいだ時、言葉の壁など関係なく、触れ合い、同じ時間を、楽しみを共有できると感じた。
一日目の夜はみんなでカレーを作ることにした。カレーは日本でも韓国でもポピュラーな料理であるが、面白い違いがあった。それは具の大きさの違いである。一つ一つの具が日本の四分の一程のサイズで切られていた。私は「ここは日本だから日本サイズで作ろう」と主張したが、包丁をもっているのがすべて韓国側メンバーだったので、韓国スタイルに従うことになった。
二日目――雨、山の天気は変わりやすいせいか、予報がはずれた。当初は宿泊所からバスで一時間のところにある都民の森へ行き、三頭山という山に登ることになっていた。しかし、この天候のなかでそれは難しくなり、予定を変更して同施設内にある木工センターで各自がキーホルダーをつくることになった。これが予想以上に評判でみんな真剣な眼差しで電動ノコギリを動かし、思い思いの作品を仕上げていった。世界で唯一のおみやげになったに違いない。
二日目晩御飯はバーベキューだった。なかなか炭に火がつかず、みんなのハングリーとう視線を浴び焦った。宿泊所のおばさんの力を借りてなんとか鉄板の準備はできた。肉以外にもししゃもやイカ、コンニャクなどが用意され、火を通せば何でも食べられるという論理であるものすべてを焼いていった。みんな動けなくなるくらいに食べたが、それでもたくさんの材料が余った。「こんな時チョンダウン君がいてくれれば」と皆が思った。
三日目――晴れ、昨日と交換してほしいくらいのよい天気だった。バスの本数が限られているので午前中の便で帰ることにした。バスと電車を乗り継いで約1時間30分、同じ東京都でもこんな世界があるのかという驚きと、自然の恵みに感謝する2泊3日だった。そしてカレーやバーベキューをみんなで協力して作ったことが何よりの思い出であり、意義があったと思う。本当に美味しかった。あの味は一生忘れないだろう。  (本岡義孝)

フィールドトリップ(海)
一列に並びみんなで一生懸命お金を洗った銭洗弁天。澄み渡った青空の下で見上げた高徳院大仏。若宮大路を歩き、歴史の権威に触れた鶴ヶ岡八幡宮。初日の鎌倉見学はみんなの目にどう写っただろう?照りつける日差しの中、若干距離ある移動を余儀なくされたが、その間かばん持ちをしたり、レトロ調バス「りんどう号」を使ったりすることで古都鎌倉にさらに多くの思い出が生まれた。海側フィールドトリップの根拠地である城ヶ島に着いた頃にはみんな疲れを感じていたが、夕飯を食べ、大トランプ大会をする頃には再び笑顔が戻り初日の夜は更けていった。
2日目、僕らは海へ駆けだした!三浦海岸に国境はなかった。誰か一人をみんなでつかまえては投げる!当然、みんな投げられたわけだが、本当に国境も性別も関係なかった。投げる側もすっかり息が合い、あっという間に時間は過ぎていった。自分が次に投げられる!と思った瞬間、おみくじでいえば「凶」を引いてしまったかのような気分になるのだが、空を飛び海に潜ると爽やかな気分になるのはどうしてだろう?とにかく、海は豪快さと勢いにあふれ、僕らの顔から笑顔が消えることはなかった。とりわけダウンの力には感服。彼がいるからこそ僕らは楽しみ続けることができたといっても過言ではない。一方、力では勝てないが、泳ぐことなら僕の得意分野である。昼食を挟み、満を持して登場した3人乗りボート。オールの代わりに僕が泳いで遊泳区域ぎりぎりまで押していき、そこで一旦別れる。お約束のパターンではあるが沖に置いていかれたみんなのリアクションを楽しむのは僕の特権だった(当然その後、すぐボートまで戻る)。誰もが楽しみにしていた海での一日を堪能でき、心地よい疲れを僕らは感じた。しかし!僕らの感動は海だけに終わらない!この日は城ヶ島花火大会、まさに僕達のためのイベント。一時間に渡って繰り広げられた夜空の大輪に僕らは興奮した。言葉もいらない素敵な夜だった。花火大会後、僕らも花火を楽しんだ。打ち上げ花火から線香花火へ。僕らの経験した夜はまさに大好きな夏の光景だった。この日、僕は思った。鎌倉を案内した時は時間やみんなの表情に気を配りすぎて一緒に楽しむという姿勢を忘れていた。この日、みんなで共に笑い、共に感動し、共に遊んだ。東京大会だからといって日本側だけで作るのではない。日韓学生会議は日韓両国で作るからこそ充実し魅力があるのだ!最も基本、でも大切なことを改めて知った。
3日目、城ヶ島内の公園や灯台を散策し、港近くで新鮮な海の幸を使った料理を食べ最後のイベントを迎えた。船で城ヶ島を一周し油壺まで行こう!寄ってくる鳥にえさを投げ、海の風を体いっぱいに浴びて僕らの海は幕を閉じていった。

砂浜でみんなの見守る中、ダウンが大きなトンネルを掘った。
このトンネルが日韓両国をつなぐトンネルとなるよう折り鶴の御守りに願いを込めて…
(江頭厚志)

フェアウェルパーティー
今大会のフェアウェルパーティーは早稲田大学の前の「高田牧舎」で行われた。
乾杯で始まったパーティー。まずはみんなお腹をすかせていた為、手にお皿とお箸を持って食事にぱくつきながらも、記念撮影を楽しんでいた。
1時間ほどしていよいよパーティーのメインイベント、アンケートの結果発表である。この2週間自分がみんなにどう思われていたのか、それが分かるのでみんなドキドキである。果たして自分が投票した通りの結果になるか?それとも予想外の結果になるか?結果が順に発表されていき、選ばれた人は前に行き感想を述べて記念品を受け取った。もらって嬉しい賞と、素直に喜んでいいのか複雑な賞もあった。私個人から見ると比較的予想通りの結果であったが、みんなはどう思ったであろうか。(ベストスマイルとベストカップル、ありがとう!)
パートナー同士のプレゼント交換、そして通訳さんへの感謝の気持ちをこめたプレゼントを渡し終えると、パーティーのクライマックス、「共同宣言文」だ。今年は日本側正代表の江頭君と韓国側委員長のキムソンヒによって行われた。2人が前夜一生懸命考えた宣言文である。この時はみんな真剣に耳を傾けていた。江頭君もソンヒもしっかりと宣言文を読み上げていたのが印象的だった。宣言が終るとみんなスタンディングオベーション。これからの日韓(韓日)学生会議、ひいては日韓関係がより素晴らしいものになるように願いを込めて力いっぱい拍手した。
みんな笑顔のままフェアウェルパーティーは終了した。  (阪本法子)

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