| 篠崎恵美 個人感想 |
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☆第14回ソウル大会が、私の人生の分岐点だったと、今、再確認します。14回がなければ、15回もありえなかったでしょう。2回の大会を通じて、私は、他には変えがたい多くのものを得ました。それは、言葉に表した途端、嘘めいてしまうような、本当に本当に大切な・・・。 ☆日韓学生会議の思い出は、決して楽しい思い出ばかりではありません。むしろ、告白すると辛いことだらけでした。 ☆私は、今大会で一旦、本会議を卒業となります。これから先、私も含め、みんながどんな道を歩いていくのかわかりませんが、この場を借りて今大会中、ずっと私を支えてた言葉を贈りたいと思います。勿論、元研究幹事、山本真由子にも。(真由子がいなかったら、15回は無かったです。お疲れ様!)
今回はとにかく"ガンバッテ"みよう。
泥田をはうように、泥まみれの顔で笑えるかもしれないから。
P・S 誕生日パーティーありがとう! |
| 阪本法子 個人感想 |
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☆2週間の熱い大会を終えて、思い切って参加して本当に良かったと心から思う。大阪からの参加で月に1度しか定例会に行けないので、コミュニケーションの点で不安があった。しかしそのような事前の不安は全く忘れてしまう夏大会であった。 ☆重要なのはこの大会を通して、私の韓国(人)に対する思いが変わったことである。実は以前は韓国人に対して遠慮の気持ちがあった。歴史を知ったことで私は自ら自分の中に壁を作っていたと思う。しかし、みんなと共に行動し、語り合い、笑うことで、「遠慮なんかいらない。分かり合える」と思えるようになった。もちろん過去のことは忘れてはならない。しかしそれを知った上で、1対1の個人として付き合っていけると思った。そう思えたことが私の大きな収穫である。 ☆そしてこの大会で得た友情をこれからも維持して行きたい。それがこれからの日韓関係に対して私たちができる第1歩だと思うから。 |
| 本岡義孝 個人感想 |
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☆総括会議の時に韓国側メンバーキムハンム君が「今大会で20年間抱いていた日本に対する偏見やイメージが間違いであることが分かった」と述べた時、私は感謝の念で涙が溢れそうになった。 ☆正直言って第15回東京大会を運営していくのには様々な困難があった。わからない事が多すぎて失敗する、そして、いらいらが募り、あせるとまた失敗する、そんなことの繰り返しであった。運営していくのに手いっぱいで十分に語り合うことができなかったかもしれない。ホスト国として至らない点も多くあったと思う。そのような中で彼の言葉は何よりの労いになったし、つらかったけども日韓学生会議に参加してよかったと思える瞬間であった。 大変なこちらの状況を察し、常に気をつかってくれたKJメンバー、例年以上に負担をかけた通訳のみなさん、困ったときにアドバイスを頂いたOB・OGのみなさん、そして年長ながらも不甲斐ない僕を支えてくれたJKメンバー、すべての方々に感謝します。 |
| 篠原道雄 個人感想 |
| ☆『20年間抱き続けてきた偏見や誤解が消えた』夏大会の途中、あるメンバーの一人が言った言葉である。自分はどうだっただろうか?僕は、韓国という国にもともと何の先入観も持っていなかった。それだけに、最初の出会いもごく自然に感じられた。ただいつ頃だっただろうか、やはり言葉の壁は大きく存在し、本当に伝えたい事を伝えられないという大きなもどかしさを感じたのは・・・。辛い事や、悲しい事も話すことが出来なかった。でもだからこそ強く感じた事がある。自分の気持ちを伝えたい、そして相手の事をもっと知りたい、分かりたいと・・。これが本当の意味での『交流』なのだろう。来年参加できるメンバーもいるし、参加できないメンバーもいる。しかしそんな事は関係ないし、焦る必要もない。2週間寝食を共にした我々の想いは、今回限りで消える事はなく必ずや先につながって行くだろう!もう我々に、大会という時間の制限は無いのだから・・・。 |
| 江頭厚志 個人感想 |
| ☆ その時、涙がとめどもなく溢れた。――必死に走り抜けた15日間。常に次の予定や自分の担当イベントの準備や処理をこなしながら駆け抜けた15日間。みんなと共に過ごした15日間――バス手配は僕の担当だった。最終日、成田空港にみんなが無事到着したことで僕は大会期間中の仕事を全うした。でもその瞬間はまた「別れ」を意味していた。その事実に気付いた瞬間、涙で何も見えなくなった。「もう仕事は全部終わったから、みんなともっと話したいよ!」心からそう思った。その気持ちが言葉ではなく涙となって出てきた。止めることが出来なかった。泣き出した僕にみんなが声をかけ、肩をたたいてくれた。学生会議の最大の魅力は同じ想いを持った人間が集うということにあると僕は考える。言葉も国境も越えた。僕はそう信じることが出来る。この気持ちがある限り、第15回日韓学生会議は永遠に僕の中で、いや、僕らの中で生き続けていくだろう。 |
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