| 第1分科 シンポジウム |
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☆理想の分科会議とはどんなものであろうか?僕は「過去を知り、現実を見て、未来を語る」と自分の中で定義している。つまり参加者が共通の認識を礎にお互いの意見に耳を傾けて解決策を模索していくことが大事だと僕は考える。 ☆感情的に議論が平行線をたどる危険性を最も伴っていると個人的に思っていたテーマに対し1分科の極力客観的な立場をとろうとする姿勢は自衛隊・米軍・竹島・北朝鮮のどの話題をとってみても確認できた。ただ客観的視点に価値を置きすぎ、「○○を確認した。」といったような事実確認が中心となってしまった感が残るのが残念である。例えば自衛隊に関する報告書の結びも、「日本側分科員の意見を受け入れながら」で結ばずに、今後の自衛隊はどうあるべきか?という全員一致の見解を明文化できればよりその議論の価値が出るだろう。竹島に関する部分も事実確認の後、何が議論されたかのかが見えない感が残る。こうして1分科に対し若干の不満を感じ、僕は米軍に関して、1分科では日米安全保障条約についてどのような議論がなされたか、という質問をパネリストの立場から行った。報告書によるとアメリカがその影響力であたかも不当に基地を所有しているかのような論調であり、これは認識としては違っているのではないか?という疑問からの質問だった。しかし駐留の正当性を持つこの条約についてほとんど議論がなされていないという事実を事前に知っていた上、この質問を境にシンポジウム自体の収拾がつかなくなって本当に反省している。パネリストとして彼らが議論したことについて追求することが大事だと痛感した。そして各分科が、設定した問題に対してどのような解決策や未来図を描いたかということを報告書でいかにまとめるか、ということの意義をより認識しなくてはならないと、僕は思った。 (江頭厚志) |
| 第2分科 シンポジウム |
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☆今回の交流で我々メンバー内での誤解や偏見は、ほとんど無くなったのではないかと思っている。しかし、日本でも韓国でも、いまだに誤解や偏見が根付いているのも確かではないだろうか。それらは、もちろん歴史関係を通じて出来たのもだろうし、歴史関係をきちんと理解する事で少しづつ変わって行く事だと思う。 ☆それだけに、みんなが勉強する歴史の教科書というのはとても重要な役割を果たすし、それについて話し合うのは重要である。今回2分科のパネリストになって、シンポジウムに参加する事になった。特に、日本側の教科書が良くなって来ている、という結論の1つには結構新鮮な驚きがあった。教科書は、義務教育の時に主に見るだけで、大学生にとっては何年か見ていないようなものであり、変化などは実感できないからである。また、日本では普通に使われている用語も韓国の立場に立ってみると嫌なイメージの言葉があるなど、日本の教育を受けただけでは、分からないような事も知る事が出来た。また用語も専門的ではないのかというような雰囲気もあったのだが、わかりやすく説明されていたような気がする。歴史問題というと、お互いの立場もあり平行線をたどり、悪い雰囲気になりがちだと思う。だが、2分科のシンポジウムはとても良い雰囲気だった。なにか、統一感というものが感じられた。たぶん、日本側・韓国側ともに、悪いところを認め合って、改善という目標を1番重要視していたからではないだろうか。分科会議中の雰囲気もたぶん同じ感じだったのだろうという事がきちんと伝わってきた。あの、2分科の雰囲気がこれからの日韓の歴史問題に携わる人のモデルになっていけば日韓の意識の溝も少しずつ埋まって行くだろう。 (篠原道雄) |
| 第3分科 シンポジウム |
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☆私は早稲田大学の英字新聞を発行するという出版サークルにも所属しており、去年興味のある在日問題について取材し、記事を書いた。その時に感じたことは、在日の方の在り方(在日何世かや父親が日本人で母親が韓国人、またその逆など)が様々であり、それぞれの方が多種多様の意見を持っておられ、一概に在日の方のオピニオンをまとめるのは難しいということだった。このような答えのない問題にかんして、分科会議においてどうような結論が出るのか、非常に興味深かった。 ☆シンポジウム前日、報告書を渡され、我々パネリストは何を質問するか考えた。「アイデンティティの確立」をキーワードに3分科の議論はすすめられたようだ。個人的にはこの報告書は見事と言えるほど、具体的に個々の問題について言及し、明確な結論付けができていたと思う。ただ、そうかといってこの問題が容易に解決できるものではないことは誰もが感じているはずだ。それは、在日の方がいかに自分のアイデンティティを模索し、発見しても、それを受け入れる社会が整っていなければ意味がなくなるからだ。つまり、我々日本社会、または韓国社会全体の問題であることを一人一人が認識するところから、まず始めなければならない。これは、私が先述した、出版サークルでの取材活動において強く感じていたことで、3分科のこのような報告書は納得の連続だった。だから無理に粗探しをするように、質問のための質問はしたくなかったが、パネリストという身分上、あえて「参政権を与えるというのはそもそも在日の方に対して高圧的な態度ではないか」という質問を持ち出した。この私の言語的側面だけを付く表面的で曖昧な質問に対しても毅然と答えた江頭君には頭が上がらない。3分科シンポジウムは全体として分科会議の成果が十分に発揮することができたのではないかとパネリストとして、そして一人の聴衆としてそう思った。 (本岡義孝) |
| 第4分科 シンポジウム |
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☆4分科のテーマは「日本と韓国の新聞ジャーナリズム」であった。 ☆シンポジウムでは、まず分科員からの内容の報告があり、その後にパネリストによる質疑応答があった。 ☆4紙の社説を比較したことに意味があるのかという質問に対しては、朝日は進歩的、読売は保守的、ハンギョレは進歩的、朝鮮日報は保守的として各国を代表する新聞であり、社説を比較することで、大きくは日本人・韓国人の思想が分かる。そのことに意味があると答えた。 ☆政治権力との癒着のところで、日本では記者クラブが問題であるのに、韓国では歴史的背景による、という違いに対して質問が出た。これに関しては、メディアと政治権力の癒着について調べていくうちにこのような違いがあったことが分かっただけであり意味は無いという答えであった。 ☆実名報道論議の部分に多く出てくる「凶悪」の定義については、「正当な理由が無く人が死に至るほどに精神的・身体的に傷を負わせた、あるいは殺した犯罪」と言うことであった。 (阪本法子) |
| 第5分科 シンポジウム |
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☆第5分科は、日韓のジェンダー意識というテーマで、男1・女3の分科員構成で、対するパネリストは、女4と圧倒的に女性の興味関心があることがわかります。 ☆他の分科同様、まず両国分科員より分科会議の要約を聞き、続いてパネリストから質疑応答といった形でシンポジウムは、進みました。 ☆ジェンダーというと女性だけでなく、男性についても論議できる題材です。しかし論文を見ても判るように、ほぼ女性のジェンダーばかり取り上げていることをパネリストから指摘したところ、やはり、ジェンダー=女性問題という意識が根強く、今回は、女性のジェンダーを中心に会議を進めてきたとの答弁を受けました。そうすると、前回の14回大会の第2分科"女性の社会的地位向上と家父長制度"と、同じになりかねない危険性を分科員も把握しており、あくまでジェンダーを問題として分科会議を進めてきたようです。 ☆女性のジェンダーが問題となる時、やはり、男性の問題意識が問われます。今回、特に男子学生のジェンダーへいかに問題意識を持つかという点に、結論のひとつを持ってきたことを評価しつつも、大学生の意識上のジェンダーというものに対して、分科員側とパネリスト側とは意見が食い違い、どのような会議の経緯でそうなったのか、分科員に説明してもらいました。 ☆また、家庭の中での両国のジェンダーに質問が集まり、両国とも、今の家庭事情に何らかの不満なり疑問なりを持っていることが判った。しかし、家庭と社会の壁は高く、どうしても家庭は家庭の問題で社会に出すべきではないといった風潮がみられ、そこから改善すべきという結論に達しました。 ☆日韓共に、儒教の影響を受け同じ様なジェンダー感がある以上、これからもこのようなテーマを取り上げることがあるかと思いますが、ぜひ今度は、男性問題にも注目してはと提案します。 (篠崎恵美) |
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