無題
















朝の訪れを知らせる鳥の囀りが響く。
囀りと言えば聞こえがいいが、実際は近所迷惑と言える鶏の泣き声が、高らかに響いていた。
アリアハン郊外にある二階建の一軒家。その家の主人である女性は日が上る前に起きており、朝食を作っていた。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、ややたれ目がちの目、そして、女性特有の丸みを帯びたからだは見る者全てを魅了する……と言えば過剰だが、一人の息子を産んだとは思えないほどの体型を維持しており、商店街の人気者の女性である。
女性には食べ盛りの息子がおり、作った人間が気持ちがいい程に良く食べる。
さらに息子の友達が三人ほど泊まっているので、普段の倍は作らなければならないが、どこか嬉しそうな顔をしている。
朝食を作り終えると、女性は二階の息子の部屋に向かう。

「アル、朝ですよ起きなさい?」

優しい声で、女性は息子に声をかけると、微かに返事をする声がして苦笑いを浮かべると、下に下りていった。
朝食を並べて、息子とその友達がガヤガヤと騒がしく下りてくる。

「うぁ……頭痛ぇー」

「みんな、昨日はよく飲んだからねーそんな中でアルっちは何ともない顔してるよねー!」

「エリーも頭痛いクセに自分も何ともないって顔しない方がいいよ?」

「アイテテテ…エリーもカイもちったぁ黙れよ……あーミリアさん、すいませんけど水をくれませんか?」

「もぅ、お酒を飲むのもいいけど、ちゃんと部屋はみんなで片付けてね?」

「わぁってるよ、そううるさく言うなよ」

「うるさく言わないとわからないでしょ、あなたは」

ミリアと呼ばれた女性は小さくため息を吐き、息子のアルフレッドを見る。
切れ長の鋭い目付きで、黒曜石のように黒い目。父親と同じ髪の質なのか、髪はツンと逆立っている。
顔立ちは母親の顔立ちを受け継いでいる様で、端正な顔立ちだ。
ミリアは井戸水を汲み、置いてある瓶から水を汲んグラスに入れて、アルフレッドの友人達の前に置いた。
アルフレッドはすでに湯気を起てている朝食を食べており、瞬く間におかずが消えていく。それに対抗するように、水を飲み終えたカイと呼ばれた少年も朝食を食べはじめた。

「アルっちもカイちんも、よく朝からそんなに食べれるわね。リューもそう思わない?」

エリーと呼ばれた少女は呟き、隣に座るリューと呼んだ少年をみる。
リューもアルフレッドとカイに負けないぐらいに食べていた。
はぁ、とため息を吐いてミリアが出したグレープフルーツを絞ったジュースを飲んだ。

「エリーちゃんもちゃんと食べないとダメよ?」

「いや、あたしは昔っからこうなんでいいですよー」

「そう?でも、あまり無理はしちゃダメよ?」

ミリアが苦笑をうかべると、エリーと呼ばれた少女は苦笑で答える。




リューザス=ウェイン=ヒルベルツ

エリーナ=ヴィルト=シルヴァント

カイ=イグニアス=アスラルーン

アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム




の四名は、アリアハンでは有名な落ちこぼれだ。
いや、落ちこぼれどころか周囲からは、厄介者扱いをされている。
名家に産まれながら、才能に恵まれず両親や兄弟、果ては親戚からも厄介者扱いをされており、そのせいか毎日のように喧嘩をして、アリアハンの商店の主人達に多大な迷惑を掛けている。
些細な喧嘩ならば仕方ないが、治安が悪い地区のならず者達と対立しており、その結果がアルフレッド達が一人で買い物をしているところを狙った奇襲だ。
後ろから後頭部を殴られ商品に頭から突っ込み、反撃として商品を掴み殴りかかる。結果として、相手を全員叩きのめすのだが、喧嘩によって台無しになった商品を買い取らなければならない。

また、アルフレッドの家は、過去に何人もの王宮守護騎士筆頭を輩出した名家で、アルフレッドの父親であるオルテガは質実剛健、文武両道、と言う豪傑だった。
ただ、現在は王宮の貴族達の手により、旧家としての名残があるだけで昔ほどの力はない。
オルテガは騎士団長クラスの実力者でありながら、小隊長の座にしか就けなかった。
その要因としては、ヴィルヘイム家を敵視…と言うよりも、輝かしいまでの栄光への嫉みなのだが…している貴族達による迫害がその要因といわれている。
だが、世代的に言えば、十数代前の話なのでアルフレッドには関係のない話でもある。
そして、オルテガは十年近く前に魔王バラモスの討伐に赴き、ネクロコンドの火山に落ち、死んだという話だ。

話が逸れたが、オルテガの功績と食い潰されなかった旧家の財、王宮からの至急により、ミリアが働きに出ながらアルフレッドを育てる事が出来たのだが、喧嘩によって台無しになった商品を買い取らなければならなくなり、その事が家計を圧迫する要因でもある。
毎日とは行かないが、一月の中で両手で数えきれないほどの回数の喧嘩が行なわれている。
そして、喧嘩が終わると頭を下げて回ったのが、アルフレッドの母親であるミリアだった。
息子のアルフレッドだけではなく、リューザス達の喧嘩にも頭を下げていた。
こういった理由から、アルフレッドもリューザス達も、ミリアは頭が上がらない存在なのだ。

ここで、アルフレッド以外の生い立ちを語ろう。
リューザスは、代々と王宮に使える騎士の家系に産まれ、剣士としての高い才能をもっている。
おそらく現ヒルベルツ家において、右に出るものは居ないほどの天才剣士と言われる程である。
そんな彼が、なぜ厄介者扱いをされているかは、彼の生い立ちにある。
父親の愛人が産んだ子供故に、疎まれているのだ。幼い頃…まだ七才位の頃に父親ではなく、祖父母に聞かされ、父親に確かめたところ認められた。
いかに天才剣士であっても、排他的な貴族の家に愛人の産んだ子供が認められるわけはなく、成長するうちに周囲から……特に兄達からリューザスの才能に対する嫉妬からくる八つ当りが激しくなっていた。それは今でも続いている事でもある。

カイは世界でも数名しかいない悟りを開いた者……賢者と呼ばれる者が祖となっている家系に産まれたが、魔法を使うどころか剣術を始めとした武術もまるでダメという有様で、上の姉兄達は若輩ながら王宮に使える魔法使いとして有名な存在だ。
偉大すぎる家系に産まれ、優秀すぎる家族に囲まれて育ち、才能がない。
最も基本的な魔法であるメラすらも使えず、両親や姉兄にも呆れられている。
カイに才能があるとすれば、並はずれた直感に物を言わせた賭事と、料理ぐらいだろう。
四人の中で一番温厚で、参謀にあたる彼は、キレたアルフレッドを止めることのできる数少ない人間でもある。

エリーは今では落ちぶれた旧家の娘だが、かつてはエジンベアの貴族だった。
エリーナが産まれる数年前に、エジンベアで起こった革命によりシルヴァント家は濡れ衣を着せられ、エジンベアを追放された。
エジンベアからポルトガ、ポルトガからロマリアへと転々とし、誘いの洞窟からアリアハンに入り、移住したのだ。
エリーナ自身は別に問題があるわけではない。問題があるとすれば、過去の栄光にしがみ付き、他の家を見下している両親にある。そのおかげで、幼い頃は友達が居なかった。
エジンベアと言う国はある意味で封鎖的な国だ。他国の人間を平気で田舎者と口にし、蔑む事を平気で行なっていて、エリーナの両親はその典型といえる人間だった。
田舎者は野蛮だ、と常々言っているため、幼い頃のエリーナは両親の言葉を信じていた。今のように家を出る様になったのは、リューザスの家との交流が生まれたからだ。
それ以来、エリーナはシルヴァント家にとっての厄介者となった。
簡単に言えば、親の言うことを聞かない娘はいらないと言う事だ。
エリーナは現在、アリアハン中央区街…世間的には貴族街と呼ばれる地区にある家を出て、道具屋に居候しながら商売を学んでいる。

それぞれが、それぞれの悩みを抱えているから、彼らは一緒にいるのだ。
ただの傷の舐めあい、と言えばそれまでだが、彼らにとっては居心地のいい空間なのだ。
ミリアは、息子を含めて全員を自分の子供の様に可愛がっており、特にエリーナが一番世話になっている。

「そういや、来週だっけ?アルっちの誕生日って」

朝食を食べ終えて、食後の一服の紅茶を飲みながら、唐突にエリーナが口を開いた。
アルフレッドはしばらく無言の後、口を開き答える。

「俺の誕生日は来週じゃなくて再来週だ」

「あや?アタシの記憶違いかぁ〜いや、間違えるなんて親方にどやされちゃうなー」

「大丈夫だよ。あの人は商売で失敗しないと怒らないから」

カイは苦笑しながら、エリーナの呟きに答える。昔から商店には顔を出しているから、大抵の店の主人とは顔馴染みなのだ。
朝食を食べ終えると、アルフレッドの部屋中に転がる酒瓶を片付けはじめた。
部屋の酒瓶を片付け終え、外にでたのは正午前だった。四人はいつも通り、アルフレッドが住む家の前にある大通りの向かいの酒場へと足を運んでいた。
また、エリーナは店を手伝わなければいけないため、居候先の道具屋に戻っていった。
アルフレッド達はルイーダの酒場と呼ばれている酒場に入り、適当な場所に座り飲み物を頼んだ。
このルイーダの酒場は、戦士や武闘家を始めとした人間が集う酒場だ。

バラモスの出現から、既に十年近くが経過しており、旅をする人間にとって極めて危険な世界である。
風の噂によれば、バラモスによって滅ぼされた村もあるらしい。
また、商人のキャラバン隊もモンスターに襲われ、助かったのは数人という話もあり、外の世界を旅するには数人で組んで旅をするのがスタンダートで、凄腕の戦士でも一人旅は危険なのだ。
最もバランスが良いのは、戦士、魔法使い、僧侶と言うメンバーだ。このメンバーに勇者と呼ばれる存在が入れば、更にパーティーは強くなるだろう。
しかし、勇者は武が長けているだけでは無理なのだ。武と知に優れて、初めて勇者と呼ばれるのである。
アルフレッドの父親のオルテガは、まさしく勇者と呼ぶに相応しい武と知を併せ持ち、人柄もよくアリアハンの人々に恐れられ、敬われ、慕われた。
その彼でさえバラモスの居城に辿り着く事が叶わず、ネクロコンドの火山に落ちて命を落とした。

皮肉にも、勇者と呼ばれたオルテガの死によって一人で旅する事の危険性を世に知らしめたのである。
話は戻り、ルイーダの酒場には数多くの凄腕の戦士や武闘家を始めとして、あらゆる分野のエキスパートが揃ってる。
今は人がちらほらと居るだけだが、夜になると美味い酒と旨い料理に誘われ、活気づく。

「そういえばさ、アルが何年か前に言ってたこと…本当なの?」

思い出したようにカイが呟いた。アルフレッドは無言で、カイの言葉に答える気配はない。
カイの隣に座るリューザスは、腕を組みながらアルフレッドとカイを交互に見る。
カイがアルフレッドをじっと見つめ、答えを待っている。
ただ無言のまま、アルフレッドはカイを見ている。
何も話そうとしないアルフレッドをみて、苦笑してしまう。
リューザスは知っていた。
五年近く前に、アルフレッドは成人を迎える日にバラモスを倒しに行く、と言っていた言葉が本気だということに。

「ハ〜イ、お待ち遠さま。なにを話してるのか、お姉さん気になっちゃうわー♪」

「別に大した事じゃねぇから、ルイーダさんは気にしなくていいっすよ」

「あらら、ヒドイ言い草ねぇ…昔はルイーダお姉ちゃんって、甘えてきたのに」

「いつの話をしてんだよ、いつの?!」

「十年前よ。あの時のアルくんは可愛かったわねぇ…それが今じゃ、こんな無愛想に成長しちゃって」

ルイーダは大げさにため息を吐いて、アルフレッド達が座るテーブルに腰を下ろし、テーブルに置いた木製のジョッキにエール酒がなみなみと注がれた カイとリューザスはアルフレッドとルイーダの二人を見比べ、少しだがため息を吐いた。
ルイーダと言えば、アリアハンでは有名な存在だ。
酒場を経営し、その傍らで凄腕から駆け出しの戦士や魔法使いといった人間を登録している傭兵ギルドの責任者としての一面をもっているため、酒場で騒動を起こせば厳しいし仕事が連日連夜の様に組まれてしまうため、酒場で騒動は滅多に起きない位だ。

「仕事はどうした、仕事は」

「グビグビ……ぷっはぁーーッ!! いやいや、仕事の合間に飲むお酒は格別ねぇ♪」

「人の話を聞け馬鹿女」

「いーのいーの。お客はアルくん達だけだし、昼間はこんなものよ」

アルフレッドに答えると、ルイーダが再びジョッキを煽った。
大ジョッキにたっぷりと注がれたエールを飲み干すと、隣に座るアルの皿に手を伸ばして若鶏の唐揚げを一つ摘み、口に放り込んだ。
噛むと肉汁があふれ出て、口いっぱいに肉の旨味が広がり、はふはふと口に冷たい空気を取り込みながら唐揚げを食べている。

「ん〜〜美味美味」

「あはは……相変わらずですね、ルイーダさん」

「確かにな。昔から変わらないな」

「あのねぇ、人間がそう簡単に変わるわけないでしょ?」

「ルイーダさんのすぐ隣に、変わった人間がいるが?」

「あー確かにそうだったわね。けど、アルくんの場合は捻くれただけで、根本は変わってないんだから大して変わってないわ」

けらけらと笑いながらリューザスに答えると、ルイーダはバイトの女性に新しいエール酒を入れて持ってくるように指示を出し、カイの皿のサラダを摘んで口に放り込む。
呆れ返った視線が三つあるが、ルイーダは意に介さず黙々と食べている。
リューザスは視線を動かし、食べることに集中しているルイーダを観察し始めた。

年令は二十代前半の容姿で金色の長い髪の先端を結っている。
目は少したれ目がちだが、彼女の性格を如実に表しているように思え、蒼い瞳は宝石のサファイアを彷彿させるぼどの美しい瞳だ。
化粧をしていないためか、肌にはハリもあり瑞々しい肌をしている。
顔から下へと視線を移すと、服を持ち上げる膨らみがある。幼なじみのエリーナは同世代では大きいほうだが、ルイーダの胸ははるかに上回っていた。

歩く度には揺れないが、周囲の人間…特に男はそう思うのではないか、と言う位に大きい。
テーブルが邪魔で下は見えないが、腰も細く、足もスラリとした脚線美がある。
服は黒を基調としており、胸元が大きく開いて、自慢の胸が激しく自己主張をしていた。
酒場にはうってつけの色気で、夜毎に盛況になるのも頷ける話だ。

ルイーダはアルフレッドを理解している数少ない人間の一人である。アルフレッドが一日をこの酒場で過ごすのも、珍しくはない。
ルイーダはアルフレッド達にとって、姉のような存在であり母ミリアとはまた違った意味で、アルフレッドを支えていた。
だから、アルフレッドにとってこの酒場は居心地の良い場所なのだ。

「あ、僕も一旦家に帰るよ。父さんの魔法の講義があるから」

「カイくんもいつもいつも大変ね。アルくんとリューザくんはなにか習いごとはないの?」

「俺はないですよ。たぶん、アルもないですね」

「あはは、それじゃまたね」

カイは苦笑しながら席を立つと、酒場を出ていった。その場には奇妙な沈黙が訪れた。
少しして、アルフレッドは紅茶を飲みながら、小さく呟いた。

「カイは薄々感付いてるな…俺とお前が旅に出ることに」

「そういえば、アイツの感は鋭かったからな。気付いていてもおかしくはないさ」

「旅に出るんだ、あなた達…バラモスを倒して仇をとるためなの?」

「…バラモスを倒すためたが、それが正解じゃない。俺が俺であることを証明するためだ。生きてるか死んでるかわからない奴のためじゃねぇ、自分のためだ」

アルフレッドが小さく答える。その言葉から、アルフレッドが一度も見たことも話したこともない父親を……オルテガを憎んでいるのは、彼の言葉から伝わる確かな事だった。
アリアハンの英雄は、今も尚、アリアハンの国の人間にとって英雄だった。
そして、その事はアルフレッドにとって、苦痛と思えることだった。
憎悪。実の親に対する感情にしては、物騒な感情だった。
アルフレッドは立ち上がり、5Gをおくと店を出ていった。

「ツンツンしちゃって、可愛げがなくなっちゃったわね。けど、アルくんって変わってないわね」

苦笑しながら呟き、ルイーダはアルフレッドとカイが残していった唐揚げとサラダで、遅い朝食を採ることにした。
アルフレッドは街を歩きながら、再来週に迫った誕生日のことを考える。
アリアハンでは、十六を迎えると成人したとみなされ、様々な選択肢が生まれてくる。

たとえば、女性ならば城に奉公に出て王宮内で働きながら、正式な場に出たときの作法を身につけたり、教養を学んだりとする事ができるし、武術に秀でているならば姫付きの護衛に抜擢されるかもしれない。
男子ならば職に就かず、世界を旅して見識を広めてから城に使えるか、旅先で君主足り得る者を見付けてその人物に仕える、という選択肢がある。
様々な選択肢の中で、アルフレッドは最も過酷な選択をしていた。

世界を畏怖させる魔王バラモスの討伐。
それが、アルフレッドとリューザスが選んだ選択だった。誰も成し得なかったことを選びながら、彼は臆していなかった。
アリアハンの勇者と謳われたオルテガですら成し得なかった事に挑み、バラモスを討つ。
それが、アルフレッドが父を超える証なのだ。

リューザスはそれを知っているから、止めずにいた。逆に、リューザスは賛同していた。
彼の境遇は理解しているつもりだが、彼の本心はわからないのだが。
偉大すぎる父を持ち、常に父と比較される。
何もできなければオルテガの息子なのにと、何かを成し得ればオルテガの息子だから当然だと、いわれ続けたのだから捻くれるのも当然といえば当然だろう。

二人は何をするわけでもなく、街の外れにある門の前までやってきていた。何故かはわからないが、自然と足が向いていたのだ。
二週間後、アルフレッド達はこの門を通って旅に出る。アリアハン周辺にはスライムやカラス等のモンスターがいるが、いずれもアルフレッドとリューザスの敵ではない。
アルフレッドにしろリューザスにしろ、名家の出身である。
さらにアルフレッドの父親は、アリアハンの勇者と称されるオルテガなのだ、その息子に才が受け継がれていないワケがない。
リューザスは剣の腕はアルフレッドを上回るため、多くを語る必要はないだろう。
外に出る事もなく、二人は座り込み、門にもたれかかりながら、空を眺めていた。





















昔。冬を迎える日の夜、アリアハンの教会の前に、一人の赤子が捨てられていた。その赤子は教会に引き取られ、孤児院で育つ。
髪の色は淡い水色で、それと相反するうっすらと赤みを帯びた黒の瞳は、どこか幻想的な空気を纏っていた。
教会の孤児院で育った少女は優しい性格で、とても理知的であった。
幼い頃から読書を好み、子供には難しいとされる本も読み、理解していて神童と言われる位の才能を持っていた。

その才覚ゆえに、引き取りたいという名家の貴族が増えたが、少女は首を縦に振る事はなかった。
その少女は夢見としての才能もあったのか、アリアハンの前国王の崩御を予知し様々な災厄も予知し、アリアハンの国の人間で知らないものは居なかった。
その力のあまり、同世代の子供と遊ぶ事がなかったのだ。
だが、一つの切っ掛けがあり、その少女は迫害を受け始める。

その切っ掛けは、彼女が見た夢であった。
その夢は、世界が闇に覆われる、と言うものだった。
少女が予見した夢は、未だ現実になってはいない。予知は本物かもしれないが確証はない。

オルテガの未来も、闇に閉ざされた世界で命を落とすと、予見した。
それはある意味で現実となった。オルテガは、ネクロコンドの火山に落ちて遺品も確認されていない。
凶事を予見し、すべからく的中させたため、次第に少女は災いを呼ぶと噂され始めた。
しかし、大人達の世界に、子供たちは関係なかった。幼き日のアルフレッドが少女を連れだし、連れ回した。

アリアハン近辺の草原を駆け回り、遊んだ。
最初は笑顔を見せるどころか、警戒して近づこうともしなかったが、何日も通い少女の名を呼んだ。
それからだった。

少女……フィアナ=フォルト=メルティウスが、そこいらに居る子供の様に無邪気な笑顔を見せ始めたのは。
アルフレッドとフィアナ、リューザスとエリーナが加わり、カイが加わって子どもが好きなイタズラを何度もした。
フィアナは孤児院に戻ると、育ての親の神父に一日の全てを楽しそうに話す、そんな毎日を過ごしていた。
時が経ち、六歳を迎えたフィアナは教会の総本山のあるロマリアへと僧侶としての修業を積むために、神父が喚んだ教皇庁の特使に連れられ、アリアハンを旅立った。

それから十年の歳月が流れ、一隻の帆船がアリアハン近郊の港に着いた。
アリアハンは現在、他国との貿易を行なってはおらず、普通ならば船が入ることの無い港なのだが、帆船が一隻だけ止まっており帆には教皇庁が崇める神のシンボルがあった。

船から港へと桟橋がかけられ、法衣を纏った少女が港へと渡ると、桟橋すぐに上げられて、船は早々とアリアハンの大陸を去っていった。
少女は港を見渡し、懐かしそうに辺りを見渡すと、かすかに笑顔を見せた。
淡い水色の髪が潮風になびく。大人と少女の境の少女はなびく髪を手で押さえると、故国へと向けて歩きだした。
半刻ほど歩き、アリアハンの城が遠くに見えはじめ、街をぐるりと囲う城壁が目につく。門があり、その門の前に武装した城の兵士がたたずんでいる。 女はゆっくりと門に近づいていき、兵士に話し掛けた。

「こんにちは。見張り番、ご苦労さまです」

話し掛けられ、片方の兵士は少し怪訝な顔をするが、少女が纏っている法衣を見て敬礼を行なった。
敬礼を見て、少女は苦笑してしまう。
教会は教皇庁を頂点に、世界中に存在する。
神の奇蹟を行使し、呪いや毒の治療を行い、治療代として少額のお布施を受け取ることで教会を運営しているのだ。

少女の纏う法衣は、教会に属する者が纏うのだが、神父やシスターが着るものとは違い、ある程度の戦闘訓練を積んだ者が纏う事ができる法衣である。
体系で言えば、教皇を頂点として大司祭長が神父やシスターを纏めているのが表側で、その裏側には代行者と呼ばれる戦闘技術を持つ者達を束ねる役職があるのだが、その役職は表には出てこない役職でもある。
悪魔祓いとしての側面を持った組織のため、教皇のみが知る組織である。
話が大幅にずれたが、魔王バラモスと言う存在が世に知られるようになって十年以上の時が流れているため、バラモスのの配下が城下に入ることを警戒しているのである。
少女は兵士に話し掛ける。

「あの、城下に入れてもらえませんか?」

少女の言葉に、兵士達は怪訝な顔をする。
現在のアリアハンは鎖国状態にあり、そういった状態のアリアハンに旅人が訪れることはまず無いといっていい。
法衣を纏った少女は見られていると感じるが、気にせずに道具袋を手探りで漁り、法皇庁から発行された書状を取り出して兵士に見せる。

「この度、法皇庁からアリアハンの教会に配属されることとなった、フィアナ=フォルト=メルティウスと申します。教会から数日前に、お城の方へ連絡がいっていたはずですが…」

「法皇庁から…ですか?少々お待ちください」

少女の持つ書状をみて、見張り番が詰めている小さな小屋へと、目配せをする。中に居る兵士が、部屋にある重要連絡事項を調べ始めた。
時間にして五分程度して、詰め所から兵士が出てきてフィアナと名乗った少女に対して話し掛けた。

「申し訳ありません、連絡が滞っている様なので確認のために、今から城へと向かってもらってもよろしいでしょうか?」

「はい、わかりました」

「馬を用意させますので少々お待ちください」

兵士に言われた通り、待つ事にした。近くにある木の下に荷物を置き、座ると小さく息を吐いた。
ロマリアからアリアハンまで一週間と三日の船旅を終え、港から約一時間程歩いたため疲れが押し寄せてきたのだろう。
フィアナは暖かい陽気に誘われて、だんだんと眠気が強くなる。
手で口を隠し、あくびを一つして馬の準備を待つ。
暇つぶしに読む本は、全て船旅で読んでしまったため、読む本が無い。
どうしよう、と考えたところで幼なじみの四人を思い出した。

(もうすぐ、アルに逢えるなぁ…格好よくなってるかな?)

幼なじみの少年の事を思い出し、微かに笑みを浮かべる。
昔、幼なじみの少年に連れ出され、城の近くの草原で遊んだ記憶があった。
幼い頃の記憶なので少しあやふやな部分もあるが、鮮明に覚えても居る部分もある。
アルフレッドと言う名で、幼なじみの間ではアルと呼ばれていた。

無論、フィアナもそう呼んでいたのだが、法皇庁の総本山である大聖堂へと修業に行かなければならず、随分とゴネてしまった気がする。
たんに馴れ親しんだ街と幼なじみ達と離れたくなかっただけで、とりわけアルフレッドとは離れたくなかった。
なぜ、と聞かれれば、幼いながらにわかっていたのだろう。アルフレッドが好きだということに。
もっとも、当時の好きというのは幼い頃ならば、誰もが抱いた好きという感情である。
フィアナが昔のことを思い出していると、馬の準備ができたらしく、兵士がフィアナに話し掛けた。

「お待たせいたしました。馬の準備ができましたが、お一人で大丈夫ですか?」

急に話し掛けられ、驚きながら顔を上げ、兵士の問い掛けに答える。

「あ、は、はい。大丈夫です、ありがとうございます」

あわてて立ち上がり、頭を下げながら礼を言う。
兵士の後をついていき、馬の所へと案内された。一匹の馬が、フィアナの視界に入った。
黒い色で毛並みで、少し興奮している気がする。
フィアナは手を伸ばし、首をやさしく撫でる。
数度、首を撫でると落ち着いたのか、鼻息がわずかだが落ち着いてきた。
馬に荷物を載せ、馬にまたがると手綱を握って兵士に礼を言うと、馬を走らせようとして兵士が話し掛けた。

「申し訳ありません、大通りは人が多いので裏の道を通って城へ向かってください」

「わかりました。ありがとうございます」

兵士の言葉に笑みを浮かべ、感謝の言葉を言うと馬を走らせた。
兵士達は、少女の笑みに顔を赤らめていた。
馬を走らせ、兵士が使う裏道を使って城へと向かっていた。教会に仕えるつもりだ…とは断言できないが、ある程度は城に仕える事になるだろう。
兵士が言っていた裏道は緊急時の早馬が走る道で、アリアハンの勇者と名高いオルテガの訃報の知らせも、この道を通り深夜の王宮に伝えられた。

フィアナはオルテガの顔をおぼろげだが覚えていた。アルフレッドとはやはりどことなく似ており、良く頭を撫でてもらうと喜んでいたのを思い出した。
色々な思い出が脳裏を過るが、今は王宮に向かうことに専念する。
手綱を軽くしならせ、鞭のように馬の首辺りを叩くと、馬の走る速度があがった。
林道と呼ぶには少し道が荒く、人が歩くには向いていない道だ。

馬を走らせていくと、城が見えてきて城門が見えた。正門よりも劣るが、やはり城を守るための門である事を認識させるほど、重厚な門だった。
門の前には兵士がおり、馬に乗った少女をみて怪訝な顔をする。
見たことの無い少女は、法衣に身を包み馬に乗っていて、怪しいといえば怪しいが少女の出した書状をみてフィアナを王の元へと連れていった。
十分程度の謁見の後、馬を兵士に任せ、荷物を担ぎ直して町へと向かった。

街から城に続く道を歩く。十年近く前と、あまり変わっていない気がした。
街に出ると、昼下がりの街は人で溢れかえっていた。活気があり、立ち並ぶ商店には人が居り、昼かもしくは夜の食事の買い物をしている。
教会に向かって歩きだすと、子供たちが走っていった。
それを見送り、また歩きだす。

(どの国でも子供は元気だぁ…昔は私もああいう風に走り回ってたっけ)

フィアナは過去のことを思い出し、微笑する。
その笑みに、すれ違う男たちがはその笑みに見惚れ、振り返る。
商店街を抜けた先にある路地を直進し、しばらく歩くと見慣れた教会が見えてきた。
記憶にあるよりも古く、小さく見える。

(小さいんじゃなくて、私が大きくなったんだから小さく感じるのも当たり前だよね)

苦笑して、教会の扉を開けて中に入ろうとして、扉を打ち破って大柄の男が吹っ飛んできて、それを避けるとまた飛んできた。
ずいぶんとガラの悪い男で、いかにもな人相と格好で細身の筋肉質だ。
恐らく何らかの武術を修めているのか、明らかに一般人とは違う筋肉のつき方だった。フィアナがその男の傍に座り込むと、教会から一人の男が出てきた。

年令は20代の前半位か、珍しい銀色の美しい髪をもった男だ。
エメラルドを思わす碧い瞳がフィアナを捕らえ、無言のまま立ち去っていった。
美しい男だったが、どこか危険なオーラを放っていた。
フィアナは深呼吸をして、気持ちを落ち着けて教会に入っていった。

幼い頃に馴れ親しんだ教会は、寂れていた。
神父が一人いるだけでシスターも居ない。孤児院としての設備は何一つなくなっており、朽ち果てるのを待つ様な惨状だった。
もっとも、先程の男たちの乱闘が原因なのだろうが。

「あ…れ?場所を間違えたのかな?」

回れ右をして、入り口から外を見る。
やさしい風が吹いて、木々の梢の音が聞こえてくる
間違えてはいない。教会に続く道は、あの頃と全くといって良いほど変わっていない。
街道へと続く道から教会へと振り返り、ぼろぼろになった教会をみてなにかいい知れない不安がよぎり、フィアナは小さくため息を吐いた。
考えるのを後回しにし、再び教会のなかに入っていく。現実を受け入れ、教会に飾られている十字架へと近づいていき、それに触れる。
覚えている。

この十字架は、記憶にあるものと同じだった。傷があちこちにあり、同じ孤児院で育った兄姉と遊んでいる時に傷つけたりしたのを思い出し、苦笑する。
モノに刻まれた傷は、消えないものだ。柱には幼い頃に身長を測った柱の傷や、遊んでいて傷つけた壁の傷も、残っていた。
ため息を吐くが、気を取り直して神父に話し掛けた。

「あの、神父さま」

「はい、なんでしょう」

四十代前半か、もしくは三十代後半位の男性で、朗らかな笑みを浮かべてフィアナを見ている。
黒い神父服に、銀のロザリオを首に下げて聖書を手にしている。スタンダートな神父のイメージで、フィアナはばれない様に少し安堵の息を吐く。

「は、初めまして。法王庁から派遣された聖法士のフィアナ=フォルト=メルティウスと申します」

「ははは、そんなにかしこまらなくても良いよ、礼儀正しい子だね、君は」

「え、あの、就任の確認というか、そういったモノは……」

「いらないよ、そんなものは。それに、君が戻ってきてくれたからね」

「え?」

「おや、私の顔を忘れたのかい?悲しいなぁ……ま、十年も経っているんだから当たり前かもしれないけどね」

「あ、も、もしかして、メル神父さま、ですか?」

「あたり。久しぶりだね、フィアナ」

「お、お久しぶりです、神父さま」

「ははは、そう畏まらなくても良いよ、私と君の関係は親子みたいなものだからね」

メルと呼ばれた神父は、フィアナに笑みを浮かべて話を聞いていた。
フィアナの記憶にあるメルは、髪が黒く随分と目付きが悪かった気がしたが、随分と柔和な笑みを浮かべている。
彼…メルクリウス=ガーランドは孤児院を経営し、数多くの孤児を引き取って育てていた。
フィアナもその一人であり、多くの姉弟が同じ孤児院で暮らしていた。
その孤児院が今では見る影もなく、教会内も随分とボロボロになっている。

「君が、法皇庁へ修業に行っている間に色々あってね、孤児院の経営が無理になって泣く泣く孤児院を閉鎖、子ども達はでていった子達が面倒を見ると言ってね、引き取っていったよ」

「そうですか……」

「それはともかく。お帰り、フィアナ」

メルは懐かしさを感じながら、娘の一人の帰宅を歓迎した。
日が暮れて、夜になる。教会に十数人の人間が集まり、細やかな宴を行なっていた。
今、この場に集まった者達はかつてこの教会で育った孤児達であり、血は繋がらないが、フィアナにとって大切な家族である。

「フィアナ、久しぶりー!!もぅ、元気だった?!」

「え?もしかして、ルシーダ?」

「そうよー! もう、相変わらず抜群に美人ねぇ〜ロマリアでナンパされまくったでしょ?」

「そんな事はない、って言いきれないかなぁ…」

ルシーダの問い掛けに、苦笑しながら答える。
さらに話し掛けられ、その日の夜はひっそりとしていた筈の教会に、笑い声が響き渡っていた。
懐かしい顔触れで、中には見たことがない顔があったが、メルが引き取り、孤児院を出ていった者達が引き取った子供たちだった。
中には結婚して家庭をもち、子供がいる者もおり、フィアナは少し驚いた。

ロマリアでは成人は十八で、法王庁の直轄地であるロマリアは戒律が色々と厳しく、ロマリアに移ってからはしばらくの間不便だったのを覚えている。
やはり、国が違えば当然ながら風習が違うのだと、今更ながら実感した。
フィアナの帰宅パーティーは、その日の深夜までに及び懐かしい顔触れとと、杯を交わして飲み明かしたのだった。

次第に寝息が増えていき、フィアナを除く全員が眠りに就いていた。
酒瓶がそこらじゅうに転がっている教会を見渡し、帰ってきたんだとようやく実感した。
ステンドグラスに描かれている女性を見て、あることを思い出した。

まだアリアハンに居た頃、幼なじみのアルフレッドが作った木製のロザリオである。
常に身につけていて、辛い時や悲しい時にそれを見れば、頑張れた。何度も挫けそうにもなったが、このロザリオがあったから頑張れた。
ペンダントの様に常に首に下げているロザリオをだして見る。
十年前のアルフレッドが作った為か、少し形が歪だがそれでも彼女にとっては、とても大切な物だ。

酔いを覚ますために、教会を出る。
夜の空気は冷たく、肌寒さを感じる。吐いた息は白く染まり、霧散して消えていく。空には満点の星と真円を描き、輝く月があった。
そういえば、と幼い頃の数少ない記憶を思い起こす。出発の前夜、アルフレッド達幼なじみとアルフレッドの母親のミリアに連れられ、近くの小高い丘で月を見ながら夕食を食べた事を思い出した。
もう会えないかもしれないから、という理由だった。教会のシスターとしても、聖法士としても修業し、帰ってきた。正直に言えば、アリアハン以外が任地になるかもしれなかったのだが、運良くアリアハンが任地となり、こうして帰ってくる事ができた。

自然と笑みを浮かべており、嬉しさを隠せきれなかった。
フィアナはロザリオを手放し、近くにある木の下に座り込み、幹にもたれ掛かった。
思い出すのは過去のことだ。辛い記憶もあれば、幸いな記憶もある。幼なじみと遊んだ記憶も、未だに色褪せずに覚えている。
寒空の下はやはり寒く、かすかに身体を震わせると同時ぐらいか、何か大きな布を頭からかぶせられた。
顔を出して、誰か確認するとメルが立っていた。
笑みを浮かべており、その笑みはイタズラを思い浮かんだような顔だった。

「神父さま…?」

「うーん、なんかこう、お父さんって呼んでほしいね?」

「な、何で疑問系なんですか?」

「うわ、俺の要望をスルーしていらない所にツッコミ入れたし!」

「それで、どうかしたんですか?」

「悉く無視するね君は…まぁ、眠れなくて起きてみればフィアナの姿がなくて、探してみればここに居たから冷えるだろうと、毛布を持ってきただけさ。後は、寝酒をかねて月見酒、ってね」

ウィンクをして、小さな酒瓶とグラスを見せた。
フィアナは苦笑し、隣に腰を下ろしたメルを見る。
暗がりだが、黒い髪の所々に白髪が見えている。
十年という歳月を感じさせるには、それだけで十分だと言えた。
酒を飲みながら、メルは月を見ている。その横顔はかつてと同じだった。

「ん、どうした、俺の顔についてるか?」

「いえ、ただ……やっぱり老けたなぁ、って思って」

「うるさいよ。明日、正式な受理を行なうから早く寝ろ」

「はい、わかりました。メルクリウスさんも、あまり呑み過ぎないでくださいね?」

「ん、わかってるさ」

月を見つめたまま、メルは答える。フィアナは教会の中に入り、与えられた部屋に向かう。

「明日、アルに会いにいこうかな?」

小さく呟き、与えられた部屋に入っていった。














▽▲▽▲▽▲▽▲▽













朝。太陽が昇るよりも早く、アルフレッドは目を覚ました。
寝起きは悪いほうだが、今日は寝起きは良いと思える位だった。
あくびをして、ベッドから下りて一階に下りていく途中、近所の鶏が鳴いている声が聞こえてきた。
珍しい事もあるもんだ、そう思いながら一階に下りるが、静寂だけがある。
やる事がない。昔は生真面目で、早朝に起きてはランニングをして、素振りをして、リューザス達と剣を交えお互いを研いていた。
切磋琢磨しあえる友人がいる、それが当時のアルフレッドにとって、当たり前の事だった。
何時からだろうか、このような怠惰な生活を送り始めたのは。
いつからだろうか、自分を研く事が恐くなったのは。
そう考えると同時に、思い出したくない過去が蘇ってきた。

赤い鮮血。

恐怖に彩られた顔。

畏怖され、ただ恐怖を向ける視線。

血に濡れた剣。

血を流して倒れたまま動かない誰か。

そして、心に突き刺さる言葉と言う名の刄。







――この人殺し!







何が勇者の息子だ!







――■■■■を返してよッ!







お前が死ねば良かったんだ!







――オルテガさんの名を汚しやがって!!







オルテガさんも浮かばれないわね人殺し!







――お前が……お前が死ねば良かったんだ!!







近づかないで人殺し!







――人殺しがオルテガさんの息子なんて、オルテガさんも浮かばれないわね







オルテガさんの名を汚しやがって人殺し!







――なにが勇者だ人殺しが勇者なワケねぇだろ!







返して人殺し!














人殺し!!














ハンマーで頭を殴られたような衝撃と、鈍痛が胸の内側から発生する。
胸を押さえ込み、痛みに耐える。
過呼吸になり、意識が朦朧として床に倒れた。涙とよだれを垂らしながら生きる為にあがく。
まだ早朝な事もあってか、母親は寝ている。祖父は起きているだろうが、期待はできない。

「ハァッ…ハァッ…ハァッ!!」

苦しい。
呼吸が正常に行なわれず、胸を締め付ける様な痛みが押し寄せる。耐えれる痛みだが、呼吸が苦しい今では無理だ。
叫ぼうとしても声がでない。出るのはヒューヒューと音がする息だけだ。
もうダメか、と思う。まだやりたい事がある。

(遺体だろうがなんだろうが、あの野郎を殴らねぇ事には死んでも死にきれねぇ!)

と心の中で叫ぶ。直後、身体を起こされて何かを口に当てられた。
その状態のまま数分が経過して、朦朧とした意識が鮮明になっていく。
抱き起こしている人物の顔を視認する。間違いなく自分を産んだ母親だ。
安堵の顔を見せて、母ミリアは安堵の息を吐いた。

「良かった…大丈夫?」

ミリアの問い掛けに頷くことで答える。
そのまま、座り込んだミリアの足に頭を乗せられ、母親の顔を見上げる。
最近気付いたのだが、手は荒れており顔も少しだがシワが目立つようになってきた。自分がもうすぐ十六になる。
ミリアは十七の頃にアルフレッドを産み、今まで育ててきた。自分が知らない苦労をしてきたのだろう。
特に、父親のオルテガが旅立ってからは女手一つで手のかかる息子を育ててきたのだ、心労や疲労で倒れてもおかしくはない。
それでも疲労を隠していた。

「どうしたの、私の顔に何か付いてる?」

「いや、なんでもない」

「そう、立てる?」

「あぁ」

身体を起こし、立ち上がる。まだ痛みがあるが、アルフレッドは深呼吸をして落ち着ける。
ミリアは台所に立ち、水を汲んでグラスに入れてアルフレッドに渡した。水を飲み干し、ようやく痛みが治まってきた。

「ちょっくら散歩してくるわ」

ミリアの応えを聞かず、アルフレッドは家を出た。郊外にある家なので、周囲には人の気配はなかった。
太陽が昇る前なので当然といえば当然か。大通りに出て歩いていく。商店街を通り抜け、教会へ続く道を歩いていく。
早朝にも関わらず、教会の神父が立っており、アルフレッドに気付いて声をかけてきた。

「お、珍しいなお前がこんな早起きするなんて。今日は雨が降るかな?」

「かもな」

「んで、どうした?まさか、あの時の事を思い出したのか?」

「……あぁ、それで死にかけた」

「生きてるじゃねぇか。ま、あの時の事は事故だ。違うか、小僧?」

「そうだな。確かに事故だが、俺が殺したと言うことに違いはない、違うか?」

「お、こいつは一本とられたな」

「なんだ、妙に嬉しそうだな。なんかあったのか?」

「あったから嬉しいんだろ。今日昼頃にまた来い、そん時に性根を叩き直してやる」

神父というよりも、悪ガキがそのまま大人になったと言うべきだろうか、イタズラ好きと言ってもいい神父は、背中を向けながらヒラヒラと手を振りながら歩き、教会の中に入っていった。
アルフレッドは小さくため息を吐くと、きびすを返して歩きだした。

暫らくあてもなくぶらぶらと歩き、時間を潰す。
眠さは不思議となく、逆に普段の寝起きの悪さが嘘のように思える。
どれだけ歩いただろうか、次第に人の気配がし始め、朝が訪れたと、ようやく実感する。
商店街に足を向けると、朝市が始まったらしく獲れたての魚や野菜が並んでいる。
朝市の品を見ながら、ぶらぶらと歩き、時折目に止まった物を買ってそれを食べながら歩く。

気付けば城に続く道まできており、城をぐるりと囲む池の畔に腰をかけて空を見上げた。
晴れた空は青く澄み渡っている。ただ、胸にくすぶるしこりが気分を台無しにしていた。息を吐き気分を落ち着ける。
履いている靴を脱ぎ捨て、池に足を突っ込んだ。
ひんやりとした水が気持ちよく、そのまま仰向けになり果てしなく広く青い空を見つめていた。

朝の鳥の囀りとともに、彼女……フィアナは目を覚ました。
大きく伸びをしてからベッドから下り、カーテンをあけて空を見た。
雲は少なく、今日は昨日より暑くなりそうな予感がした。
部屋を出て、教会の聖堂に向けて歩いていく途中に、酒瓶がそこら中に転がっているのが目に入り、昨夜の宴会の凄まじさを物語っており、聖堂に出ると昨日の顔触れが聖堂の床をベッド代わりにして眠っていた。
フィアナは苦笑して、酒瓶を拾い上げていく。大量の酒瓶は一人で拾うには無理がある量で、近くで寝ていたルシーダを起こし、手伝わせる。

「うぁー頭痛いー!」

「昨日飲みすぎただけでしょ?」

「フィアナも同じ位飲んでたでしょー!なんで平気な顔して……アタタッ」

苦笑して、片付けるのを手伝わせる前にグラスに水を注いでルシーダに渡すと、一気に水を煽り飲み干した。
ルシーダ以外にも数人起こし、掃除を手伝わせること三十分弱。教会内の酒瓶はすべて消えて、いつもの教会の姿になった。
朝食を人数分作り、テーブルの上に並べるが人数が多いため、立食形式をとった朝食が始まった。

「ふわぁ〜〜」

頭を掻きながら、眠そうな顔をしたメルクリウスが姿を見せた。
やる気の無さそうな顔で、眠気眼を擦りながら食堂を見渡すと口を開いた。

「なんだ、朝っぱらからバイキング? それ全部食えるのか?」

「二十人以上いるんですから、大丈夫ですよ」

「そうだそうだーアタシ達の食欲を甘く見んなよー!?」

「あまくみんなよー」

ルシーダの言葉を真似する子供が数人。
母親に怒られてすねたりしていたが、朝食は食べ進められていき、六枚程の大皿に乗っていた食事がすべて消えて、後片付けを始めた。

「あーそうだ。フィアナ、昼間は教会にいろよ、客人が来るからな」

「え、あ…はい」

返事を聞くと、メルクリウスは城に行ってくる、と言い残して教会を出ていった。
仕事に行かなければならない面々は仕事に向い、子ども達を外で遊ばしておき、フィアナとルシーダを含めた面々で教会を掃除する。
部屋の隅々まで掃除し、使われていない部屋の掃除をし、掃除を終えたのは小腹が空き始めた頃で、丁度昼頃だった。
子ども達を教会の食堂に呼び、昼食を食べ始める頃にメルクリウスが帰ってきた。

「おかえりー」

「お父さんは今日も稼いで帰ってきたよー!」

「はいはい、くだらない冗談言ってないで早く手を洗って、席に着いてねー」

「うわーッ!ルシーダにもシカトされたよッ!ひどくない?!」

「あの、それより、みんな揃っているんですから、早くお昼ご飯を食べませんか?」

「おっ、それは良い!早く昼飯を食べよう!」

フィアナの言葉にメルクリウスは反応して席に着いた。
全員が席につき、台所から昼食の乗った大皿を四枚と、各々の取り皿とグラスに水の入ったとってが着いたガラス製の水差しに、主食であるパンの入ったバスケットを中央に置き、席に着いた。

「さて、それではいつものをやりますか」

メルクリウスの言葉を合図に、全員が手を合わせる。

「それでは、私たちが生きるために犠牲となったすべての生命に感謝を致しましょう、それでは」

「いただきます」

フィアナが小さく呟き、それを合図にメルクリウスの持ったナイフとフォークが動く。
正確に香草と豚肉の蒸し焼きを狙っており、ルシーダもそれを狙って動いていた。
キィンと、ナイフとフォークがぶつかった音がした。
元孤児院の子供たちは苦笑しながら、昼食を食べていく。
騒々しいが、これはこの教会にとって…いや、孤児院にとっては当たり前の光景なのだ。
フィアナは行儀が悪いなぁ、と思いながらご馳走争奪戦を眺め、昼食を食べていた。

アリアハンの城下町は喧騒で包まれていた。
その中を一人の少年が歩いている。アルフレッドだ。
彼は教会へ向けて歩を進めており、どこかパッとしない顔だった。

商店街を抜けて、教会へ続く並木道を歩いていく。
最近、どこか落ち着かない日が多い。
誕生日が近いからなのか、それとも別の理由なのかはわからないが、気分が上がらないのは確かだった。
並木道を抜けると、教会の白い家屋が見えた。

かわらないな、そう思いながら教会の入り口の扉に手を掛けた。
ギィ、とわずかに軋んだ音を響かせて、ドアを開けて中に入っていった。
中に入ると同時、ガンッ、と顔面に大皿がぶつかり、香草の香りが一瞬だけ鼻腔をくすぐり、消えていく。
沈黙が訪れ、アルフレッドに視線が集中する。
逆立った黒髪は目印とも言えるような髪型で、第一印象としてはかなりのインパクトがあった。
沈黙を打ち破るように、メルが呟く。

「な、ナイスキャッチ?」

「死ねッ!クソ神父!」

叫びながら、手にしていた皿をメルに投げ付けた。
メルクリウスはそれを回避し、呆れたように肩をすくめながら、口を開いた。

「おいおい、この程度で怒るなよ。ケツの穴が小さいぞ?」

「ハッ…ハハハッ!ブッ殺す!」

「もぅ……メルクリウス神父!ふざけすぎです!」

殴りかかっていくアルフレッドを見て、聖法士の法衣を着た少女が神父を諫める。大きな声なので、教会内にその声が響いていた。
しかし、そんな事でアルフレッドもメルクリウスは止まらない。
アルフレッドが握り込んだ拳をふるった。メルクリウスはその鉄拳を簡単に避け、手を鳴らす。

「ほらほら、鬼さんこちらー!」

「テメェ、今日という今日はマジでブッ殺す!」

「お、やってみろ小僧。ま、無理だろうけどなー」

メルクリウスは更に挑発し、アルフレッドの激昂を誘う。
が、二人の間にフィアナが割って入り、手にしている木製のお玉で二人の頭を全力で殴った。
スコンッ!
と、軽快な音が鳴った。二人は同時に頭を抑えてのたうち回り始めた。
よっぽど痛かったのか、叫び声はない。
よほど痛かったのか、殴られた時に呻いた以外に、声を発していない。

「まったく、神父としての自覚はあるんですか?!」

「そんなのはない」

「この野郎にそんなのあるわけねぇだろ」

「しかしまぁ…なんだ。暫らく見ない内に狂暴になったなぁ…お父さんの教育方針、間違ったかなぁ?」

「生憎、六年しか育てられてませんので。それで、貴方は?」

メルクリウスに殴りかかっていたアルフレッドに顔を向けて、マジマジと見ながらアルフレッドに問い掛けた。
アルフレッドは黙り込み、何も答えようとしない。
メルクリウスはにやにやと含み笑いを浮かべており、アルフレッドの怒りは更に増幅されていく。
二人の間に、再び険悪な空気が流れ始めた。

だが、フィアナの鉄拳が落ちた。
フィアナの鉄拳をくらい、二人は黙り込む。
メルクリウスは苦笑し、口を開いた。

「今朝、言っただろ?そのアホガキが客人だ」

「客人…ですか」

メルクリウスの言葉を聞いて、アルフレッドに視線を向けた。
仏頂面をした黒髪の少年で、鋭い目付きをしていて周囲を萎縮させる様な空気をまとっている。
彼の碧い瞳には、どこか悲しみにも似た感情が宿っている。

「どうしたー顔が赤いぞ、フィアナちゃん?」

「フィアナ……?そうか、おっさんが嬉しがってた理由はこれか」

「そうそう、美人になっただろ?」

「……そうだな」

「お、なに?照れてんのか、それとも改めて惚れなオゴッ?!」

メルクリウスが全てを良い終えるよりも前に、アルフレッドのアッパーが顎をとらえた。
強制的に口を閉じられ、メルクリウスは涙目になりながら、アルフレッドを睨み付けた。
一触即発の空気が三度生まれ、今度は鉄鍋で頭の天辺を殴られた。全力で。
三度悶絶し、フィアナは鉄鍋を持ったまま腰に手を当てて、ニッコリと笑みを浮かべた。

「メ・ル・ク・リ・ウ・ス・神・父?」

目が笑ってない笑みを見てメルクリウスは黙り込むことにした。
フィアナは小さくため息を吐き、アルフレッドを見る。

「それで、あなたは…?私を知ってるみたいでしたが」

「あぁ、よく知ってるさ。お前も、俺の事はよく知っている。フィナ…いや、フィアナ=フォルト=メルティウス」

小さく呟いた言葉は聞き取りずらかったが、確かに聞こえた。
フィナ、と。
その名で呼ぶのは、数人しか居ない。親しい仲だった幼なじみと、ロマリアで知り合った親友だけだ。
フィアナは気付いたかのようにハッとして、口を開いた。

「もしかして、アル…アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイムですか?」

「ああ。よくわかったな」

「わかりますよ、そんなトンガリ頭はアルフレッドしか居ませんから」

「……俺の目印は頭なのか?」

アルフレッドは少しどころか、かなり呆れた顔で呟いた。
フィアナは少し焦りながら、アルフレッドの言葉に対する返答を考える。
かなり頭の中がグチャグチャになっており、良い具合にテンパっているようだ。
メルクリウスはその光景を見ながら声を押し殺して笑っていた。

「ちょっと、いいかしら?」

テンパっているフィアナをよそに、二人の間にルシーダが割って入った。
心なしか、機嫌が悪い様に思える。表情もどこか嫌そうな顔をしていた。
アルフレッドの纏っていた空気が一変し、冷たさを感じさせるものに変化する。
ルシーダを見上げる形になっており、鋭く強い眼光がルシーダを射ぬいた。

周囲にいる人間……子ども達をのぞく大人が、嫌悪ともとれる顔と目を向けていた。
彼らを取り巻く空気の変化を、フィアナは疑問に思う。
視線をメルクリウスに向けると、真剣な顔をしてアルフレッド達を観察しており、その顔は普段の生活では見せない顔だった。

「なんだ、何か用か?」

「それはこっちの台詞。何であんたがここにきてるのよ。まさか、いまさら懺悔しにきたとか言わないわよね?」

「んなわけねぇだろ、ボケ。終わった事をぐだぐだ言いやがって」

「…あんたにとってはもう終わった事でしょうけどね、あんたのせいで……フレイアが!」

フレイアという言葉を聞いた瞬間、アルフレッドの身体が強ばった。
左胸の服を掴みながら、俯いて黙り込んだ。

「そこまでだ、ルシーダ。ちぃっとばかし言いすぎだぞ。それに、こいつを呼んだのは俺だ」

「なんでこんな奴を呼んだんですか!?」

「黙れ」

表情が消え、メルクリウスの低い声が響いた。
重い声で呟いたそれは、その場にいる全員に重圧をかける。声を発しただけで、威圧感を感じさせる声だった。
ルシーダはそれでも、声を発した。

「でも……でもッ!こいつが、フレイアを殺したって事実は変わらないんだからッ!!」

「ルシーダ…それ、どう言うことなの?」

フィアナの呟き。呆然とした顔で、アルフレッドを見た。
彼の顔を見て、感じたのは恐い、という事だった。
人形の様に虚ろな瞳で、ありとあらゆる感情が消え失せた顔を、始めて見た。
アルフレッドは何も言わずに立ち上がり、背を向けて歩きだした。
ルシーダが追い打ちの様に言葉と言うナイフを使い、アルフレッドのトラウマを抉る。
傷口にナイフを突き刺し、そのまま抉りまわす様にして傷口を広げる一言を放つ。

「あの時に、あんたが死ねばよかったんだ」

その言葉にアルフレッドの心臓が軋んだ。
だが、平然を装い歩き続けると教会を出ていった。
静寂が訪れると、その静寂を打ち破る様に乾いた音が響いた。
その音の原因はメルクリウスだった。
そちらに振り替えると、頬を抑えて茫然と、メルクリウスを見つめているルシーダの姿があった。

「フィアナ、君に教会就任後初のお使いを頼む。アルフレッドのところに行ってやってくれ」

「は、はい!」

返事をすると、フィアナは走ってアルフレッドの跡を追っていった。彼女の背中を見送った後、メルクリウスは振り返り、ルシーダを見た。
ワケがわからない、という顔をしており、メルクリウスはため息を吐いた。

アルフレッドはと言うと教会を出ると、心臓の軋みをねじ伏せて走り続けた。
気付けば、アリアハンの郊外にある城下を一望できる山の中腹まできていた。
子どもの頃に、幼なじみの五人で秘密基地を作った場所だ。
あ、と思った直後に心臓が再び軋み始めた。
左胸を抑え、服を鷲掴みにする。

今朝の痛みとは比べものにならないような痛みだ。
ズキズキズキズキと、痛みは引く気配を見せない。座り込み、木の幹にもたれ掛かると首を少しあげて、空を見つめる。
この症状が出始めてから、空を眺める事が多くなった気がする。
気を抜けば意識が遠退きそうになる。けれど、歯を食い縛り意識を繋ぎ止める。
疼きにも似たなにかが、身体の内側で暴れている。

「ごめんな…フレイア」

小さく呟き、アルフレッドは涙を零した。悲しみが涙となり、溢れ出る。
未だに払拭できない過去を抱え、トラウマも抱えていた。
強くなっても、意味はないかと思えてしまう。痛みが治まりかけ、アルフレッドは髪を掻き上げ、ため息を吐いた。
そのため息と同じ位に、水色の髪が見えた。

「やっぱり、ここに居たんだ…」

「フィナ……どうした?」

「どうしたもこうしたも無いです。心配だから、追い掛けてきたんですけど」

「……そうか」

「あの、私が居ない間に何があったんですか?」

「フィナには関係ない事さ…すまないな」

「そうですか…でも、なにがあったか知りませんけど、私は貴方を信じていますから」

「……ありがとう」

「やっぱり、あんまり変わってないね」

「そうか?フィナは結構変わったぞ」

「え?そうですか?」

「あぁ、たぶんリューザスやカイも、変わったって言うんじゃないか?」

「そっかぁ…」

満足そうな、不満そうな。どっちつかずの表情で呟き、苦笑する。
アルフレッドの顔を改めて見る。
端正な顔立ちをしていて、同世代の男子よりも体格も良い。たぶん、恋人の一人や二人はいるだろう、そう考えるとなんだか嫌な気分になる。
女ならば、彼の顔立ちに気を引かれるのは当たり前だ、と思うことにした。

「ん?どうした、俺の顔になにかついてるか?」

「んーなんでもない」

どこか嬉しそうな顔で答えると、アルフレッドの隣に腰を下ろした。
この景色、覚えている。
子供の頃、アルフレッドの母親のミリアに付き添ってもらい、ここまで遊びにきた記憶がある。
フィアナだけでなく、他の幼なじみもこの場所を知っている。
懐かしい顔触れで、花見酒というのも悪くはない、と思いながら城下を眺めていると、城から炎が立ち上った。

「え…火事?」

「違う……これは、敵襲だ!!」

その言葉と同時に、アルフレッドが走りだした。
瞬く間に山を駆け下りていき、フィアナはその後を慌てて追い掛けた。
足の速さにはやはりアルフレッドに分があり、あっという間に引き離されていく。
フィアナはいったん立ち止まり、長い法衣の裾を腰辺りまで捲り上げると裾を縛り、また走りだした。
下着はギリギリ見えるか見えない程度の長さで、前に茂みが見えるとそれを飛び越え、また走る。
すでにアルフレッドの姿は見えないが、城に向かった事は明白なので、ショートカットの為に木々の生い茂る林のなかに飛び込み、大地を蹴った。














▽▲▽▲▽▲▽▲▽













その日も、平和な一日になる筈だった。
しかし、平和とはいつか破られるものでもある。
アリアハンは他国に比べて革命や内乱といった戦争が少なく、平和な国だ。
しかし。その反面、圧倒的とも言える兵力を有しており、更にはアリアハンは周囲を海に囲まれた島ながら大きく、肥沃な大地だった。

そのため、食物の凶作も十年に一度あるか無いか位で、税金も低く所得も多い。
また、畑や田をもつ農民や海で漁をする漁師、森で野生の動物を狩る猟師はその他の職業と違い、ある程度の優遇政策を取られており、他の人間に食料を提供しているため、一般の人間よりも幾つかの税金を控除されている。
そんなアリアハンは、平和すぎる国だった。

にも関わらず、オルテガという勇猛にして知識に溢れた人物を幾人も排出したのか。
それは、アリアハン独自の文化とも言えるものでもある。
基本的に、アリアハンの人間は平和を好む人種であり、恥をかく事が最大の屈辱と考えているのだ。
つまり、他者の視線を常に意識しており、自分が恥をかくことを由としないため、己を心身共に鍛えるのである。それが、数多くの勇者を輩出した理由である。

そんな文武両道を確立した……と言えば少々語弊があるかもしれないが、有事の際にはかなりの手練が対応する。
しかし、今回は違った。過去に何度か侵略を受けた時とは違い、たった一人の人間がアリアハンに姿を見せ、瞬く間に門番を斬り伏せた。
顔全体を覆うフルフェイスの兜にプレートアーマーは、闇を彷彿させる漆黒の色をしており、手にしている剣も禍々しいオーラを放っている。
その実力は圧倒的といえた。現王宮守護騎士アルカイン=リアーク=ヒルベルツを以てしてもその人間の侵略を止められ無かった。
卓越した剣技と、五工程の詠唱を必要とする強力な魔法を、僅か二工程で放つ程の魔法の知識をもった人間の手により、為す術もなく倒された。

そして、現在。一人の少年が侵略者の相手をしていた。
鍛えられた痩躯に、藍色の瞳と銀の髪をもった少年である。
その背後には、どこか気弱そうな少年が城の人間の避難誘導を行なっていた。

「リュー!避難誘導は終わったよ!!」

「くっ! なら、お前もとっとと逃げろ!」

「逃がすと…思いますか?今日、この日を以てアリアハンは亡国となる」

「ハッ!一人で何ができる、と言いてぇがアンタは並みじゃねぇ…アンタ、いったい何者だ?」

「…キミに答える義務はない、と言いたいがこれから死に逝く者にそれでは失礼ですね、私の名はヴィシュヌ=アルスター。魔王バラモス様が配下の将軍です」

「バラモスの配下…だと?!いよいよもって本格的に攻めてきたのかよ!」

(おかしい……バラモスは狡猾で戦略的だ。噂だとサマンオサの国王が豹変したのも、バラモスの手によるものだって聞いた…なら、なんでアリアハンは内部から崩すんじゃなくて、真っ正面から潰す必要があるんだ?それに、将軍クラスの魔物が出張らずとも、強力な魔物の大群を向かわせれば済むはずなのに……)

「気になりますか? なぜアリアハンを真正面から潰すか、が」

漆黒の鎧を纏ったヴィシュヌの声は、男のモノではなく女性特有の柔らかい声だった。
以外と言える声質に、リューザス戸惑いを覚える。

「……うん。正直に言えばアリアハンは他国と比べれば小国もいい所だからね。特産品も大した物もないし、戦略的に見ても重要な国じゃない。その場合は、外からよりも内側に入り込み、内部から瓦解させる方が効率的だからね」

「フフフッ……聡明ですね、カイ=イグニアス=アスラルーン。そして、齢十六にして素晴らしい剣技です次期ヒルベルツ家当主・リューザス=ウェイン=ヒルベルツ」

「テメェ、何で俺達の事を知ってる?!」

「知りたければ、私を倒す事です」

漆黒の出立ちのヴィシュヌは剣を構えながら、言い放った。
豪華とも取れる装飾が施された柄に、魔術的な処理を施された漆黒の刀身を向けられ、リューザスは寒気を覚えた。

勝てない。

リューザスもカイも、純粋にヴィシュヌとの力量の差を感じていた。
ヴィシュヌが先に動いた。重厚な鎧を纏っているとは思えないほどの速さで間合いを一瞬にして詰め、剣を振り下ろした。
対するリューザスは焦りを覚えながらも、冷静に攻撃に対処する。振り下ろしの斬撃を受けとめず、受け流すとヴィシュヌの懐に入り込み肩からぶつかり、体当たりをかました。

が、ヴィシュヌは微動だにせず平然と立っていた。
すぐにバックステップで間合いを空け、構え直す。
やはり、実力の差ははっきりとしていた。蟻が巨像に挑む様な、そんな状況だった。
リューザスは剣を持つ手が痺れており、相手の強力な斬撃に今更ながら恐怖を感じていた。

もし、受け流すのではなく、受け止めていれば剣を圧し折られて、今頃死んでいただろう。
恐怖に心を縛られないために、大きく息を吸う。
それと同時にカイが動いた。両手に二本のナイフを持ち、突っ込んだ。
持ち前の直感で隙を見つけ、ナイフで鎧の隙間を狙う刺突を繰り出す。

煩わしい。

小さな呟きが聞こえ、背筋が冷たくなった。
振り下ろしの斬撃が放たれ、カイはサイドステップで回避する。
しかし、斬撃は途中で軌道を変えた。カイは直感だけでそれを回避する。
ヴィシュヌの放つ剣の軌道が変化し、回避したはずのカイを捕らえていた。
焦りを覚えながらも、カイはナイフを交差させて斬撃を受け止めようとする。
防御を見て反応し、ヴィシュヌは剣の軌道を変えて襲い掛かってきた。

「うぁッ!」

袈裟切りの途中で、首を狙った横薙ぎの剣に変化し、両手のナイフで受け止めながら、剣が振るわれた方向へと跳んだ。
キィン、と澄んだ音をたてて、カイの持つナイフが折れた。
一瞬。僅かに意識が逸れた瞬間に、ヴィシュヌの凶刃によってカイは倒れた。

袈裟斬りに斬られ、即死と言える様な傷で血が流れ出ていた。カイの身体がピクピクと痙攣している。
直ぐに後方に控えていた回復魔法を使える宮廷魔術師……カイの姉であるリオ=アルビオレ=アスラルーンが、カイに回復魔法を施し始めた。
更に、もう一人の魔法使いの男……カイの姉弟である長兄のコウ=ディオルト=アスラルーンであり、彼も宮廷魔術士である。コウが、攻撃魔法の詠唱に入った。

「来たれ、煉獄の業火!その業火を以て、わが敵を焼き尽くせ……メラミ!」

「集え、氷皇の息吹……ヒャダイン」

火炎系魔法と氷雪系魔法が衝突する。
それは一方的と言えた。
氷雪の嵐が、人の身体ほどある炎をかき消した。

魔法は、使用する術士の魔力によって変化する。
魔力が高ければ高いほど魔法攻撃の威力が上がり、強力でより上位の魔法を覚える事ができ、回復魔法にも同じ事が言える。
また、魔法には戦いを補助するための魔法もあり、それを含めた全ての魔法に言える事でもある。
だが、魔法使いが使う魔法は攻撃系統が主であり、僧侶の使う回復魔法とは魔法を成立させる術式が違う上に、真逆とも言える性質故にその両方をマスターする事は極めて難しく、不可能と言えるだろう。

炎をかき消し、コウとリオ、カイに襲い掛かった。
コウは、次の魔法を放つ為の詠唱に入るが、遅い。身の危険を感じ、リオはカイを守るために、カイに覆いかぶさった。
次の瞬間、真横からの閃熱が、氷雪の嵐を消し去った。リオは訪れない痛みに対して疑問に思い、恐る恐る顔を上げた。

「よぉ、大丈夫か?」

「め、メルクリウス神父…?」

「ったく、無茶しやがって…アレに勝てると思う時点で、おまえらは選択を間違ってんだよ」

タバコをくわえ、指先に小さな炎を発生させてタバコに火を点ける。
魔法使いには初歩的なメラの魔法だが、一工程で発生させているのを見ると、魔法使いでも破格の実力だ。
ヴィシュヌはメルクリウスを観察する。
神父と呼ばれていたが、赤い外套を纏い腰に二振りの剣を携えており、戦士としての資質も高いと、ヴィシュヌは結論をだした。

「メルクリウス…あぁ、あなたでしたか。アリアハン随一の勇者と称されるオルテガと双璧をなした天才魔法使い……メルクリウス=ガーランド。悟りを開いた賢者と称される者と同じく、真逆の魔法を極めた男」

「天才? 違うね、俺は魔法を覚えたんじゃない…物心がついた頃には、全てを知ってた…それだけだ」

そう答え、煙を吐き出した。
ヴィシュヌは警戒を顕にしながら、メルクリウスを見る。
先程よりも濃密と言える殺気を滲みだしており、メルクリウスに叩きつける。
その殺気を受けて平然と受け流しながら、メルクリウスは二本の剣を抜いた。

「双剣の魔法使い…アリアハン随一の魔法使いにして、オルテガに次ぐ実力者。貴方には敬意を表します、そして我が剣によって眠りにつきなさい……永遠に!」

ヴィシュヌは漆黒の剣の切っ先をメルクリウスに向け、言い放つ。
不適な笑みを見せ、くわえていたタバコを摘むと息を吐いた。
白い紫煙吐き、ヴィシュヌをにらみつける。
バラモスの配下と言っていた。内部からの瓦解ではなく外部からの戦滅を選んだらしいが、どこか腑に落ちない。
パズルのピースが一欠片足りない様な感覚をメルクリウスは覚えており、双剣を抜き放つ前にある仮説が頭をよぎった。
ある意味、その仮説は的を得ていると言えた。

「さて、一つの仮説が浮かんだんだが…聞くか?」

「仮説、ですか。良いでしょう、その仮説を貴方の冥土の土産にしましょうか」

「ハッ、冗談は顔だけにしてくれよ? まぁいい、お前……いや、バラモスの狙いはヴィルヘイム家の血の根絶だ。オルテガの旦那も、どう言うわけか回復と攻撃の魔法を使えた。更に、バラモスの居城まであと一歩といえるネグロコンドの火山まで辿り着くに至った。オルテガの旦那はその時にはすでに、バラモス軍だけではなく魔王バラモスにとっても驚異となっていた……ネグロコンドの火山でオルテガの旦那と戦ったのはお前で、その身でオルテガの旦那の実力を知り、驚異と感じてオルテガの旦那の血縁を殺していった……血縁者や祖を同じとする者達を殺し、オルテガの旦那の故郷アリアハンに来た。そして、ヴィルヘイムの血筋を断つ。以上が俺の仮説だ」

「……随分と具体的と言える仮説ですね」

メルクリウスの仮説を聞いて一拍の間をおいて、ヴィシュヌは答えた。
それだけで十分だった。
ヴィシュヌの放った言葉のほんの僅かな間が、自分が立てた仮説が正しいと確信するのには十分過ぎた。
メルクリウスはため息を吐くと、ヴィシュヌに殺気を叩きつける。
普段温厚で、笑みを絶やさないメルクリウスが笑みを消しており、それが彼が本気である事を示していた。

「貴方の仮説に対し、一つの答えを返しましょう。素晴らしい、と」

「やっぱり、か」

「それが分かった所でなんになります?貴方達が死ぬことも、アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイムが死ぬことも、アリアハンが亡国になることも……全てが事実となる」

漆黒の剣が太陽の光を吸収し、邪悪なオーラを放つ。
メルクリウスが握る白の双剣が、太陽の光を反射して神々しいオーラを纏うのが見えた。
リオは息を呑んだ。リオだけではない。その場にいた全員が息を呑んだ。

アリアハンの国王直轄の騎士団がある。
その騎士団は王族を守護するための騎士団であり、騎士を志す人間に全てにとって憧れであり、選ばれた者のみがその外套を纏う事が許される。 メルクリウスは魔法使いであり騎士であった。
それ故に、騎士を除隊後も騎士団にはある程度の発言力をもっており、騎士団の番外数として数えられている。

その実力はアリアハン随一とうたわれたオルテガと双璧をなし、魔法に関しては間違いなくアリアハン随一だ。
対するヴィシュヌはバラモスの配下の一人。
しかも、将軍の地位にある程の実力者だ。
両者の実力差はわからないが、カイやリューザスの二人よりも抜きんでたレベルの戦いになるのは予測できよう。
二人が構えを取った。

ヴィシュヌは両手で剣を握り、顔の近くに柄がくるように構えた。
対し、メルクリウスは両腕の力を抜いてたたずんでいるだけなのだが、隙を見つける事ができない。
極限まで張り詰めた緊張感が周囲を包み込み、城のエントランスにから対峙する二人だけしか見えなくなった。
肌がピリピリと痛い。

リューザスは息を呑んだ。格が違いすぎる、現王宮守護騎士の座についている兄とは雲泥の差だった。
無論、天才と言われているリューザスは愚か、歴代のヒルベルツ家当主さえも、あの二人の領域に及んでいるか疑わしい。
漆黒の甲冑が音をたて、深紅の外套が翻り、二人の戦いが始まった。

白の双剣と黒の大剣が空を斬る。
烈拍の気合いと共に剣が振るわれ、白と黒の剣がぶつかり火花を散らした。











アリアハンの町は混乱に陥っていた。
たった一人の敵の襲撃により、王宮守護騎士団が半壊状態になり、敵は城へと攻め入った。
混乱の隙をついた略奪は起こってはいないが、それでも恐慌状態の町が混乱しているのは確かだった。
そんな街の外れにある門を通り抜ける人影があった。その人影は、酒場へと通じる十字路を右へと曲がり、その先にある家の中に入っていった。

階段を駆け上がり、屋根裏の倉庫に入ると倉庫の中を漁りだした。
時間にして数分にも満たない時間で目的の物…オルテガの為に作られ、オルテガしか使えない剣をその人物は手に取った。
鞘から剣を僅かに抜いた。

剣に錆はなく、まさに名剣に相応しい美しい刀身だ。柄も自分の為にあしらえたかの様に、よく手に馴染んでいる。
剣を収めて剣を担ぐと、屋根裏から飛び降りて階段を駆け下りていく。
下に下りて玄関に走ると玄関の前に、女性が立っていた。黒い髪に青い瞳の女性が少年を見つめていた。

「アルフレッド…」

「母さん……すまねぇ、行かないといけないんだ。これは、俺の故郷を……帰ってくる場所を守るための戦いなんだ」

「そういうところはあの人にそっくりね……私の大切なアルフレッド」

ミリアは、涙を浮かべながらアルフレッドを抱き締めた。
本音を言えば、アルフレッドを行かせたくない。しかし、彼は行くと決めていたのだ。
誰もが不可能だと言い、バラモスを倒す事を夢想だという。

バラモスの居城に辿り着く迄に、幾多の困難と試練が待ち構えている。
行かせたくない。
死なせたくない。
けれど、誰かが旅立ち、バラモスを倒さなければ平和が訪れる事はない。
彼は正しく勇者だと言えるだろう。

「行きなさい。私の可愛いアルフレッド……これもバラモスを倒すための試練。この試練を乗り越え、バラモスを倒し、世界に平和を」

ミリアはアルフレッドの額に口付けをする。
それは彼女なりの励ましであり、祝福でもあった。
アルフレッドは頷くと、背を向けて走りだした。
激戦が繰り広げられている城へと。

アルフレッドが生まれてから十六年。色々と苦労をした記憶がある。
オルテガの悲報を聞き、その場で泣き崩れる事はなかったが、幼いアルフレッドを寝かせ付けた後、ミリアは泣いた。
声を押し殺す事無く、泣き続けた。
アルフレッドが旅にでれば、夫だけではなく息子も失うかもしれない。

本当は、アルフレッドの旅立ちを認めたくなかった。死なせたくない、一人にしないてほしい。
それでも、ミリアは悲しみに耐えてアルフレッドを送り出すつもりだ。
次第に小さくなっていくアルフレッドの背中を見つめていると、視界が歪んでいく。
ポロポロと涙が溢れ、止めでなく流れていた。

空を仰ぎ見る。
晴れ渡る蒼い空が広がっている。
涙は止まらず、こぼれ落ちていく。混乱状態に陥っているアリアハンの街は戦いの火中にある証だ。
ミリアは手を合わせ祈った。息子の命の無事を。
オルテガの時も、アルフレッドの時も自分は祈る事しかできない。

しかし、それでもいい。
旅立ちの日が近づいている。旅立てばこの広い家に義父と二人だけになる。
息子の幼なじみ達が集まることもなくなるだろう。
淋しくなる。静かになる。

(願わくば、あの子をお守りください)

自分には祈る事しかできない。
数多の苦難を乗り越え、魔王バラモスを討つことを祈るしかできない。
一週間後に控えた息子の誕生日が来れば、息子はバラモスを倒すために旅立つ。
祈ることは気休めにしかすぎない。けれど、ミリアには祈る事しかできないから、祈り続けるのだった。











剣が閃く。
白と黒の剣がぶつかり、火花を散らすと再び剣が振るわれる。
赤い外套を纏ったメルクリウスと、漆黒の甲冑に身を包んだヴィシュヌの戦いは、防戦の一方だった。
振り下ろしの斬撃から、水平の斬撃に変化させ首を狙う。
メルクリウスはその攻撃に対し、右の剣で防ぎながら力の流れを逸らして左の剣で攻撃を行なうが、右の腕で防ぎ更に一歩、前へと踏み込み魔法を行使した。

「爆ぜろ、衡撃の爆襲、イオラ」

「舞え、風精。風の刄を以て、斬り裂け!バギマ!」

二工程の詠唱に対し、三工程の詠唱で対抗する。
爆発が起こり、一拍の間をおいて小さな竜巻が発生し、爆風を相殺した。
魔法の技術もさる事ながら剣技もほぼ互角と言える状況。拮抗した力ゆえに、二人は動かない。

否。動いていた。

相手の身体の動きを見て剣を振るタイミングを外し、己に有利になるように動き続けているのだ。
動作の起こりをあえて消さず、二人にとっては動作の起こりさえも相手に付け入る隙を見つける為のフェイントにすぎなかった。
リューザスは剣を握りながら、二人の戦いを見ている事しかできなかった。

格が違うどころか、次元がまるで違う。動作の起こりがフェイントになるなど、考えられなかった。
カイの傷がふさがり、リオに支えられて立ち上がり、二人の戦いを目のあたりにする。
カイはただ二人の戦いに魅入り、言葉を発することができなかった。

「カイ、大丈夫なのか?」

いつのまにか傍にきていたコウが話し掛けると、その言葉を合図に二人が動いた。
カイは頷くだけで答え、視線はメルクリウスとヴィシュヌの戦いを魅入っていた。
身体の使い方。体捌きに足捌き。アルフレッドとリューザスの修練を見ているからわかるが、メルクリウスの身体の動きは直感ではなく、相手の動きを見てから動いていた。

それと同時に、あの動きならば自分にとっても戦うための術になるのではないか、そう思い見ていた。
一挙一動を逃さない様に、己の脳裏に網膜に赤い外套を纏ったメルクリウスの姿を、戦いを焼き付ける。 カイの身体が、ピクピクと動く。
身体を支えていたリオが疑問に思いながら、カイを見た。
笑みを絶やさない顔から笑みが消えており、真剣な顔で戦いを見つめ、メルクリウスの動きをトレースする様に身体が動いていた。

(カイ……あなたも、やっぱり男の子なんだね)

カイの横顔を見ながら、リオは心の中で呟いた。
カイは末っ子に生まれているため、性格的にのんびりとしており、争いを好まない穏やかな性格をしている。あのアルフレッドも、カイには弱いらしい。 いつも守っていたのに、いつのまにか強くなっていたカイに対して、リオは複雑な感情を抱いていた。
一際大きな剣戟音が響き、二人は再び間合いをあけていた。
メルクリウスは息が荒れていて肩で息をしており、対するヴィシュヌは息を乱している気配はない。

「随分と息をきらしていますね、無理をしているのではないですか?」

「スゥ―――フゥ。いらねぇ心配ありがとよ

呼吸を整え、メルクリウスが言い放つが、余裕のない顔をしていた。
傷もあり、赤い外套も斬り裂かれて血を流している。メルクリウスは老いというものを感じていた。
いくら修練を怠っていないとは言え、身体は限界に近い。
二十数合の斬り結びだけで、身体が悲鳴を上げているのだ。

「俺はな、オルテガの旦那を兄貴の様に慕っていた……今でもそれは変わらねぇ。あの日…そう、オルテガの旦那の悲報が届いた日に、俺は心底後悔した。もしも、俺が共に旅をしていればよ、オルテガの旦那が死ぬ事はなかったんじゃないか、今頃平和になっていてアルフレッドが笑っていられたんじゃないか、って何度も考えた。けどな、それはもしもの話でしかないもんだ。今この時もオルテガの旦那の息子が苦しんでいる、俺は国王陛下を守るための騎士を除隊した。。チンケな教会の実家で、僧侶の真似事をして生活をしてた。そんで、アルフレッドが生まれた日と同じ日に家の前に娘の一人が捨てられていた娘と、アルフレッドのお陰でオルテガの旦那が死んでから色褪せていた世界に色が戻ってきた」

「何が言いたいんです?敵を前にして長々と何を話すつもりなのですか?」

「まぁ、最後まで話を聞けよ?後悔が押し寄せて、酒浸りの毎日でよ……恋人に愛想をつかれて逃げられちまった。けどなそんな俺を立ち直らせてくれたのが、アルフレッドであり、血はつながらないが大切な家族達なんだよ。アルフレッドは今、苦しんでる。俺はあいつと子供たちに感謝している、かつて忘れかけた思いを呼び起こしてくれた事をな。だからだ、だからあいつを殺させはしねぇ……それが、今の俺の戦う理由だ!」

メルクリウスが剣の切っ先を向けて叫んだ。
ヴィシュヌは無言で剣を構え直した。
息を吐き、ただ目の前の敵を屠ふる為に、全神経を集中する。
そして、二人が動いた。











黒い髪の少年が混乱冷めやらぬ街を走っていた。背に剣を担ぎ、城へと走っている。
服は一般的な服を着ており、靴は履き古した革のブーツを履いており、腕にひリストバンドを付けている。
鋭く尖った……とは言いすぎだが、寝癖を思わせる逆立った髪の毛は彼をよく知る者にとっては目印といえるものだ。
息を切らして走る。

黒髪の少年……アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイムは、ただ城を目指して走っていた。
時折、負傷した兵士や傭兵ギルドの剣士達が倒れており、男女にかかわらず僧侶の修業を積んだ者が回復魔法を唱えている。
敵の数は分からないが、それ相応の実力を持った者だと推測する。少数精鋭の部隊だろうと予測して、アルフレッドは走りだそうとした瞬間。爆発にも似た音が轟き、足を止めた。
一抹の不安が胸を過り、アルフレッドは再び走りだした。

城に辿り着くと、城の外壁は所々破壊されて崩れており、戦いの痕跡が見てとれる。城のエントランスに入ると、赤い色が目に入った。
それは、鮮血の赤だった。倒れているのは五人。
宮廷魔術師であり、カイの姉のリオと兄のコウの姿がめに入り、その隣には目を覆う手の隙間から赤い血を流しているカイが倒れていた。
次に、利き腕である右腕を失ったリューザスが倒れているのが目に入り、息も絶え絶えな姿だった。
最後に真正面にある階段の前に、漆黒の甲冑を纏った人物とそのすぐ傍らに、ボロボロになった深紅の外套を纏った男が血塗れで倒れていて、手首にナイフが突き刺さっており、磔にされたように動かない。

その姿を見た瞬間、頭に血が上り、視界が歪む。怒りがアルフレッドの身体を支配し、頭の中が真っ白になる。
気付けば漆黒の甲冑に身を包んだ者へと、殴りかかっていた。
血がでるほど固く握り込んだ拳を放つ。
漆黒の甲冑を纏った人物は、片手でそれを受けとめた。
受け止めた拳を握り締めると、ミシミシと軋む音が骨を伝って聞こえてくる。アルフレッドの顔に苦悶の表情が浮かび、身体を捻った状態で蹴を放った。

手を離し、蹴りが防がれるとすぐに間合いを離して背に担いだ剣を抜いた。
彼の顔には憎しみが映されていた。その憤怒の表情は火を司る火神イグニスを彷彿とさせる顔だ。
剣を抜いた事で、ヴィシュヌは彼の闘争心に答えるかの様に剣を抜き放った。
アルフレッドの持つ剣は両手剣のツヴァイハンダーで、対するヴィシュヌは僅かに反りを持った片手剣…ファルシオンと呼ばれる武器に類似する点が見て取れる。

アルフレッドは両腕に力を込め、肩に担ぐ様にして構えをとった。
その構えは不動の構えであり、肉を切らせて骨を断つ、というスタンスに近い構えだ。
ヴィシュヌが動いた。
魔法を使う為の詠唱に入った。

「放て、塵芥の閃熱…ベギラマ」

閃光と膨大な熱がアルフレッドに襲い掛かる。
しかし、アルフレッドは逆に前へと走っていた。
前へ前へと走る。
着ている服が燃え、肌を焼く。それでも、アルフレッドは走る。
時間にして数秒の閃熱を越え、ヴィシュヌに迫る。

一際強く踏み込んで両手剣を振るった。
予測済みだったのか、ヴィシュヌは剣でそれを受けて受け流す。刄の上を走り、火花を散らす。
カウンターで拳をアルフレッドに叩き込む。
意識が途切れかけるが、無理矢理繋ぎ止めた。

奥歯がぐらついており、口の中に指を突っ込んでその奥歯を無理矢理引き抜き、吐き捨てた。
アルフレッドはヴィシュヌに勝てない事はわかっている。対峙した時にはわかっていた、勝てない事も逃げられない事も。
ならばと、アルフレッドはツヴァイハンダーを握り、再び前へと走った。
ヴィシュヌは剣を振り下ろす。直線の斬撃で、その軌道はアルフレッドを両断する軌道だ。
その軌道を見切り、アルフレッドは左の前へと踏み込み、身体を回転させて遠心力を加えた胴を薙ぐ斬撃を放った。
アルフレッドの予測通り、放たれた斬撃はギリギリで髪を掠め、回避した。

左足を軸として右足で地面を強く蹴り、回転を加速。コマ送りの様に何もかもがスローに映り、アルフレッドの斬撃とヴィシュヌの斬撃がぶつかった。
剣が軋み、悲鳴を上げる。遠心力を加えて全力で放った斬撃は、ヴィシュヌの持つ剣に罅を入れるだけで終わった。
手が痺れ、アルフレッドは剣を零しそうになるがなんとか握ったままでいる事ができた。
しかし、剣に罅を入れたことによりアルフレッドに、僅かな隙が生まれた。
当然、ヴィシュヌはそれを見落とす筈が無く、剣ではなく魔法の詠唱に入った。

「降臨ろ、灼熱を纏いし炎帝。炎帝が振るいし白焔の剣を以て、灰塵と還れ……メラゾーマ!」

メラ系最上位に位置するメラゾーマを、僅か四工程の詠唱による発動。
魔法使いならば驚愕どころの話ではなく、不可能といえるものだ。
下位魔法や中位魔法ならば簡易詠唱と、魔術触媒を利用すれば三工程の詠唱で発動が可能になるが、その段階になれば世界でも十指に入るほどの実力者といえる。

メルクリウスに関しては、生まれながらにして魔法の系統樹、根源に触れるすべを持って生まれた故に、長年の修業により悟りを開いた賢者と同じように、ありとあらゆる魔法を使う事ができるのだ。
また、有史以来、全てを識る者と称される賢者となったのは、ほんの一握りの人数でしかない。
賢者になった者はすべからく、魔法の系統樹、根源に触れる術をもって生まれた者達だった。

それ故、生まれた時点で賢者になれる者、なれない者が決まっているのだ。
先天的な才能を要するために、賢者となる道は極めて狭く細い道なのである。
しかし、世界にただ一人だけだが先天的な才能を持たぬ者が、魔法の系統樹に触れて全てを識る者の称号を得た者がいた。
その人物こそが、アスラルーン家の始祖であるアルティオ=ヴェイン=アスラルーンである。
その方法は記載されていないが、悟りの書と呼ばれる書物が必要と記載されている。

巨大な火玉をほぼ一瞬で生み出した事に、アルフレッドは一瞬だが身が硬直した。
それにより、アルフレッドに灼熱の火玉が迫る。避けられない間合いと、大きさだ。
前に巨大な火玉が放つ熱が迫り、判断をしなければならない。
アルフレッドがとった行動は、跳ぶ事だった。

真横に飛び退き、アルフレッドは着地するとメラゾーマの先を見た。
そこには倒れているリューザスがいた。リューザスを見て、直ぐ様そちらへと走りだした。
間に合う筈がないのは分かっているのに、全力で走っていた。
脳裏に過去の映像がフラッシュバックして、心臓が軋んだ。痛みが訪れて呼吸が出来なくなるが、立ち止まるワケにはいかない。
剣を握り締めて、剣を振るった。追い付かないが、それでも剣を振るうしかなかった。

届かない。リューザスの顔がハッキリと見えた。恐怖に顔が歪んでおり、訪れる死に抗う為に動こうとするが、足が折れているのかそれとも別の要因だろうか、立とうとしても立てずにいた。
メラゾーマが爆ぜた。炎が荒れ狂い、壁を床を焦がしていく。
荒れ狂う炎を眼前に、アルフレッドは己の無力さを感じていた。
荒れ狂う炎が納まり、そこには一人の少女が立っていた。
水色の髪とうっすらと紅みを帯びた瞳。そして法衣を纏い、手には鉄の槍を持っている。
凛とした顔で、少女は漆黒の甲冑を纏ったヴィシュヌを鋭い眼光で睨んでいた。














▽▲▽▲▽▲▽▲▽













茂みの中を走る人影があった。
アリアハンから少し離れた場所にある山から、ここまで全力で走ってきた。
人影は淡い水色の長い髪と、女性特有の丸みを帯びた体をしている。
整った顔立ちで特に目を惹かれるのが、わずかに紅い瞳だ。

少女……フィアナは、アリアハンを目指して走っていた。つい先ほど、近くにある山の中腹辺りから、アリアハンの城から爆発と黒煙が立ち上ったのが見え、一緒にいた少年アルフレッドは敵襲だと言っていた。
半信半疑だが可能性は高い。だが、アリアハンは辺境の土地もよい所で大陸と数えられて入るが、所詮は周囲を海に囲まれた島国であるため、戦略的に見ても重要な場所ではない。

なのに何故、敵の襲撃があるのかが謎であった。
茂みを抜けると、開けた道に出る。アリアハンに続く街道でこの道を行けば、直ぐにアリアハンに辿り着く。
フィアナは息を乱して肩で息をしているが、直ぐに走りだした。

十年近くの修業によって、体力には自信がある。
魔物と戦うための武術も身につけ、後方支援だったが魔物との戦いにも何度か参加したこともある。
しかし、聖法士は僧侶の延長線にある上位職と言えるが、その存在はまったく知られていない。何故か。

法皇庁は戦うための組織ではない。
神の教えを説き、神の奇跡を行使して赴任した先々の街や村で解毒や解呪の奇跡を行ない、その報酬として小額の寄付を得て存続している組織なのだ。
もっとも、表向きは、の話なのだが。
裏では魔物の討伐を行なう組織があり、法皇・ヨハネを頂点として数々の魔獣を倒してきた。
魔王バラモスの配下だった魔物も、数匹は撃破したという業績もあるが、基本的には魔物の討伐は裏の顔であり、知られる事のない事でもある。

街道を走っていき、アリアハンの街に辿り着いた。
街は混乱しているが、略奪などの行為は起きておらず、街にあまり被害はなかった。
フィアナの頭に、何故、と言う疑問が思い浮かぶ。
アリアハンを攻め落とすならば、大軍をを持ってすれば簡単な話だ。なのに、それをせずに直接王宮に攻め込んだ。
その事実により、考えられる事は絞られる。アリアハンを襲撃したものは、王と入れ替わる事を目的としている、と推測できる。

そういった話は法皇庁で修業をしていた頃に、いくつか耳にした。
サマンオサの国王が一変し、賢王と言われた王が一夜にして残虐な暴君に変わってしまったのだ。
サマンオサに何度か遠征したが、何れも遠征した聖法士はそのまま帰る事はなかった。
ただ一人帰還した人物が居たのだが、その人物はサマンオサの状況を伝えた後、すぐに息を引き取った。
その知らせを聞き、法皇ヨハネの命により一度サマンオサへの遠征を中断する事となった。

もしそうなれば、サマンオサと同じようになってしまう。自分の故郷がメチャクチャにされる、そう思うと胸が締め付けられる。
フィアナは強く大地を蹴り、先程よりも早く走りだした。
城へと迎う途中に傷ついた兵士が目に入る。全て一刀の下に斬り捨てられていて、かすかに息をしていて一命をとりとめていた。

城はすぐそこだが、傷ついた人間を放って置けず、しゃがみこんで回復魔法を施した。
初歩的な回復魔法のホイミだが、中位魔法のベホイミ並の高い回復力を与えていた。
傷ついた兵士が城への道中に倒れている。並の魔物ではないが、どこか腑に落ちない点が多く、フィアナは言い知れない不安を覚えていた。
爆発の様な音が聞こえ、思わずその音の方へと振り向いていた。
更に嫌な予感が大きくなる中で、一瞬だが映像が見えた。紅い外套を纏った男が倒れていて、血を流して倒れていた。

知っている顔だった。
一瞬だが、それはすでに起こった出来事だと確信し、城へと視線を向けると見覚えのある後ろ姿が見えた。その背中には鞘に収めた両手剣を背負い、真っすぐと城を見つめている。
言い知れない不安が増し、ただその背中を見つめる事しかできず、黒髪の少年…アルフレッドらしき少年は再び走りだした。
フィアナは一度周囲を見渡し、他にも回復魔法を使っている人がいるのを確認し、現在回復魔法を施している兵士の容体を確認した後に、フィアナは城へと向かって走りだした。

途中で落ちていた鉄の槍を拾い上げ、城を目指して走った。
城へと掛かる橋を渡り、城のエントランスに辿り着くとほぼ同時に、激しい魔力のうねりを感じて全力で走りだした。
目標は右腕を失っている銀髪の少年だ。巨大な炎の塊か生まれ、飛んだ。
直線上にいた黒髪の少年…アルフレッドは横に跳んで回避するが、その延長線上に倒れている銀髪の少年へと、死の象徴が迫る。
フィアナがその間に割って入り、手にした槍を投げた。

鉄の槍が炎の塊にぶつかった次の瞬間、炎が爆ぜた。城のエントランスを荒れ狂い、壁を焦がしていく中で槍が一瞬で融解して地面に落ちる。
荒れ狂う炎を前にしても、臆す事無く漆黒の甲冑を纏った敵を見据える眼光は鋭く、数多の死線を越えた者が持つ凄味を持っていた。
もう一つ槍を持っていたのか、槍を取り出すとそれを床に付きたて、荒れ狂う炎の中でただ漆黒の甲冑を纏った敵を見据えていた。
炎が消えていき、アルフレッドと漆黒の敵と紅い外套を纏い血を流して倒れている男が、視界に入る。
怒りがゆっくりと全身に浸透していく。直ぐ様襲い掛かりたかったが、敵の実力は未知数。故に全力をもって身体を自制させた。
足元に倒れていた銀髪の少年がフィアナを見上げ、小さく呟いた。

「フィアナ……なのか?」

「お久しぶりです、リューザス」

「あぁ、久しぶりだな…だけど、再開の余韻に浸ってる暇はねぇ」

「わかっています。アル!」

茫然としていたアルフレッドの顔に、生気が甦る。
返事はない。けれど、フィアナは言葉を続けた。

「私が全力でバックアップします、だから……全力でいっちゃって下さい!」

フィアナの言葉に我に返り、手にしていた剣を握り直す。立ち上がり、漆黒の敵に向き直る。

「絶望的戦力差を前に、まだ足掻きますか…愚かとしか言い様がありませんね。アナタ達ごときに負ける私ではありません、死して後悔なさい。私に剣を向けた事を!」

「愚か、ね。大歓迎だね、クソヤロウ!勇ましき者、勇気ある者、とか書いて勇者らしいがな俺は愚者で良い。大それた目的があるわけじゃねぇ、一発でも良いから親父を殴るために旅にでる、そんな奴を勇者と呼べねぇだろ?」

アルフレッドは言い放つと、剣を構え直した。本領発揮、と言うわけではないが、全力で戦うという意志の表れだ。
フィアナも槍を構えた。

「良いでしょう。ヴィシュヌがお相手をしましょう、勇気ある愚者アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム」

対峙する三人。ピリピリとした緊張感が辺りを支配する。
先に動いたのはフィアナとアルフレッドだった。
槍を構えたまま疾駆し、ヴィシュヌへと突きを放った。空を貫く槍だ。ヴィシュヌはその刺突を払い、前へと進む。
バックステップで間合いを空けると、横薙ぎの斬撃が放たれた。
両手剣を握り締め、胴を薙いだ。咄嗟に剣でそれを防ぐと槍の刺突が襲い掛かってくる。
しかし、驚異はまるで感じない。
児戯に等しい稚拙で荒々しい剣技だが、このままアルフレッドを放置しておけばいずれは驚異になると確信した。
ヴィシュヌは剣を構えながら、詠唱を開始した。

「我、誘うは万物凍てつく氷獄の嵐、死を誘う吹雪を以て纏え氷帝の凍衣!」

ヴィシュヌの詠唱を聞いて、フィアナは即座に詠唱に入った。

「神よ、我に祝福を与え賜え……我が望みは魔を阻む光。然らば、我は風熱焔雪を阻む光殼の衣を纏う事を欲す。神の名の許に集い、纏え光殼の衣。邪なる力より我が身を護り賜え」

フィアナが高速詠唱を開始して、時間の短縮をはかる。
対するヴィシュヌの詠唱が終わり、魔法が発動した。

「マヒャド!」

「フバーハ!」

間一髪でフィアナの詠唱が完成し、光に包まれた。彼女が唱えた魔法は氷や炎に対する盾である。
盾といっても無効化するのではなく、身体に受けるダメージの軽減という効果があるだけだが、相手の魔法の詠唱の速さからしてその魔法の威力は相対的に高いと思われる。
結果から言えば、多少也ともその威力を軽減したとはいえ、その威力は極めて高く、フバーハを唱えなければ命はなかっただろう。

周囲の壁や床に氷の矢が突き刺さり、戦闘不能となっていた面々には運良く当たらなかったと言える。
リューザス、カイ、リオ、コウの四人は、倒れているメルクリウスを中心にして集まっており、その視線はこちらへと向けられていた。
奇異というよりも、驚きの視線だった。けれど、今はそれを無視してヴィシュヌをみる。
すでにアルフレッドが斬り掛かっており、剣戟の音を奏でていた。

アルフレッドの横薙ぎの斬撃と、ヴィシュヌの振り下ろしの斬撃が、再びぶつかり合った。
金属音を発し、火花を散らして剣戟は続く。
一拍の間を置いて二つの剣閃がぶつかり、再び剣閃が放たれる。
ヴィシュヌが手加減をしているのか、それともアルフレッドの実力なのかはわからないが、拮抗した剣戟は止まる事無く続いていく。アルフレッドは足を巧く使い、避けるべき一撃は避けて受けるべき一撃は受け止めるのではなく、受け流していた。

ヴィシュヌは本気を出していないが、それでもかなりの使い手であることは良くわかる。
アルフレッドは短い間に、ある程度であるがヴィシュヌの剣に対応していた。恐ろしいまでの剣の才能だ。
天賦の才というべきか、それとも数々の王宮守護騎士を輩出した血の為せる業だだからか、はたまた元近衛騎士であり、オルテガと双璧をなしたアリアハンの実力者…メルクリウスに師事を仰いだからかはわからないが、アルフレッドの実力はアリアハンの騎士の中でも上位に入るだろう。
止む事の無い剣戟。
拮抗する戦いは、荒々しいアルフレッドの剣と、研ぎ澄まされたヴィシュヌの剣がぶつかりあう。

「アル!メルクリウス神父の容体をみます、少しの間ですが時間稼ぎをお願いします!」

アルフレッドの答を聞かずに、フィアナはメルクリウスの元へと走った。
メルクリウスの元に辿り着き、首筋に手を当てると微かに脈があり、安堵の息を吐くがすぐに回復魔法の詠唱に入った。

「神よ、祈りを捧げます。この者の生命の息吹を繋ぎ、この者に生命の雫を与え傷を癒し賜え…ベホイミ!」

癒しの光がメルクリウスを包み込んだ。
光に包まれたメルクリウスの傷か瞬く間に傷が塞がっていくが、所々に傷が塞がっていない箇所がみられる。
回復魔法…と言われているが、実際には人間がもつ自然治癒能力を強化しているだけであり、完全に塞がると言うわけではないし、如何に自然治癒能力を強化しても治癒できる傷もあればできない傷もある。

元来、痛みとは危険信号であり、身体に傷を負った時に痛みは当然ながら発生する。
しかし、だ。
命に関わる様な怪我を負った時、脳内麻薬により痛みをマヒさせてしまうのだ。
限界を超えれば、如何に自然治癒能力を強化しても、治癒できる筈もない。
そんな傷をメルクリウスは負っていたのだ。

「フィナ……もういい」

倒れていたメルクリウスが小さく呟いた。
その呟きに驚いて、フィアナは彼の顔を見た。
満身創痍の身体だ。顔色は青白く、いつもの覇気が完全に消え失せていた。
ゆっくりと身体を仰向けにして、ゆっけりと自分を囲んでいる面々の顔を見渡した。

フィアナは、涙をこぼしていた。恐らく…いや、確実に、彼女はメルクリウスが死ぬという未来を知っていたのだ。
育ての親が戦いによって死ぬ事も、目の前で死ぬ事も全て知っていたのだ。
フィアナはそういう力を持っている。かつて、オルテガの死を予言し、それは数日後の夜に現実のものとなった。
それ以来、彼女は貴族の黒い負の顔を見続けてきた。己の富の為に人を欺き、騙し、落としめる。

幼い彼女の心に、トラウマを残すには十分すぎる出来事だろう。
幼い頃のフィアナは人形のようで、感情の起伏が無かった。誰もが負の心を持っている。それは勿論、メルクリウスもだ。
フィアナの未来予知を悪用する為に、貴族は家を建てた

家と言えば聞こえが良いが、その実態は牢獄と言えるものだった。
何もかもを与えられ、何もかもを拘束された。
人の欲は恐ろしいもので、決して満たされぬ様に底が深い。まるで底無し沼の様に何かが満たされれば、さらに求めて欲望を望む。
貴族となれば慢心、驕り、欺瞞などが数多く渦巻いていた。

しかし、そんな彼女に一つの転機が訪れた。

フィアナの事を聞いた悪ガキ二人……アルフレッドとリューザスが、彼女を貴族が建てた家から連れ出してフィアナを連れ回したのだ。
アリアハンの街中を駆け回り、時折アルフレッドの母ミリアに連れられて、街の外にも遊びにでた。
オルテガは物心が付く前にバラモス討伐の旅にでており、父親の顔も見た事がなかった。
当時は、メルクリウスは騎士団に所属しており、騎士として生計を立てていたが、家である教会の前に捨てられていたフィアナの面倒はシスターにまかせっきりであった。

そんな毎日を過ごし、平和ともいえるアリアハンの街はメルクリウスの感覚を壊していた。
元々生まれはサマンオサ地方なのだが、とある事情で祖国を捨てて島国ともいえるアリアハンへと移住したのである。
両親に連れられ、アリアハンへとたどり着いたのがまだ4歳足らずの頃である。
アリアハンはその当時、唯一の平和な土地として知られており、騎士の人間の質も良い為治安が良い場所と言う話を流浪の最中に耳にしてアリアハンへと訪れたのである。

そして、アリアハンで育った彼にとって記憶に無いサマンオサよりも、育ったアリアハンこそが祖国ともいえた。
騎士団に入隊し、三年の月日の中で彼は自分の力の事を把握した。
魔法使いの魔術系統樹と神官の魔術系統樹の両方を知る事が出来、生まれもっての才能を自覚したのが16の頃だった。
それ故に、彼は魔法使いとしても神官としても、無論、騎士としても異端児扱いされ続け、彼の心が荒んで行くのも然したる時間もかからなかった。
唯一の例外が前国王であるアリアハン十八世、第一師団長オルテガ=バルド=ヴィルヘイム、白の称号を持つ名医ルーファス=アンダンテ。
この三名が彼の力を高く評価し、彼を二十歳と言う若輩ながら紅の称号を持つ騎士として登用したのである。

それ以降、メルクリウスは儀礼と忠節を重んじ、進んで苦難を受け入れて数多くの騎士達の心を掴み、時期騎士団長の座に着くと信じて疑わない者も居た。
そして、勇者と名高いアリアハンの英雄、オルテガがバラモス討伐のために旅に出る事を知らされ、彼はオルテガと共に旅をすると進言したがその進言は彼自身に断られ、オルテガの背を見えなくなるまで見送った。
数年の月日が流れアルフレッドに物心がついた頃に、オルテガの悲報を聞いて自ら騎士の除隊志願を国王に提出し騎士を除名される筈だった。
だが、前国王の要請から騎士団の番外要員数として、平時は一般人として非常時は騎士として出動する事になった。しかし酒に溺れ、なぜオルテガとともに旅立たなかったのだろう、と後悔の日々を送っていた。
そんな時だった。フィアナが未来を見て、メルクリウスの最後は己の大切なものを守るために死ぬと、いわれた。

更に、幼いアルフレッドが訪れ、剣を教えてくれと言われて断わったが、メルクリウスに剣の教えを請うために、毎日のように訪れてきた。
結局は根負けしてアルフレッドに剣を教える事になった。
毎日毎朝毎晩と剣の基礎をアルフレッドに叩き込んだ。基本的に、修練は実践形式で行なわれていた。
実践形式と言っても、模造剣か木で作った剣を使い、幼いアルフレッドとメルクリウスは剣を交えていた。
やはり、オルテガの息子だけあってか、みるみるとその頭角を顕していった。
剣を教え始めたのが八歳を迎える頃で、それから六年近くも毎日毎日、雨が降ろうが強風が吹こうが剣を交えていた。

しかし、ある日を境にアルフレッドが教会を訪れる事は無かった。
走馬灯のように過去の事を思い出し、メルクリウスは苦笑してしまう。
腕を持ち上げ、泣いているフィアナの頭を撫でた。
驚いた顔を向ける。涙を零している顔は、かつての頃の顔をダブらせた。

「泣くなよ、フィナ。俺はおまえにも感謝してる、騎士としての誇りをお前とアイツが思い出させてくれたんだよ。それに、俺は大切なものを守るために命を使うつもりだ」

「まさか……あの魔法を使うつもりですか?!ダメです、アレは…アレはッ!」

「自分でわかるんだよ。回復魔法を使ったとしても、助からねぇよ」

「でも、それは命を粗末にするのと同じです!」

「違う。これは平和を勝ち取るための礎なんだよ、もともと俺の命はそう長くはないんだよ」

メルクリウスの言葉にフィアナは俯き、泣き続けていた。
失った右腕をリオに止血してもらいながら、リューザスはメルクリウスの背中を見ていた。
幼い頃に話を聞いて、憧れ続けていた広く大きな背中だ。紅い外套は彼の目指すべき目標であり、遥かな高みに立っている。
その命が燃え尽きようとしている。

アルフレッドは彼に師事を仰ぎ、その頭角を表していき実力を発揮した。
同世代の年令では、リューザスとアルフレッドの二人がトップクラスで、常に剣技を競っていた。
アルフレッドと剣を交える事で、リューザスも剣の腕を上げていた。
間接的にではあるが、リューザスもメルクリウスの弟子にあたる存在だった。
憧れていた男の背中が遥か遠くになってしまった。紅い外套が、血に濡れ過ぎているように思えてしまい、残った左手を強く強く握り込んだ。
己の弱さを痛感しながら、リューザスは涙を零した。

カイは左目を失い、右目の視界でメルクリウスを見ていた。
カイも例外なくメルクリウスに憧れていた。
騎士としての姿はあまり記憶に無いが、それ以上に優しさと愛情にも似た友愛を落ちこぼれのカイに注ぎ、接してくれた。
王族守護騎士の番外要因数の一人として、アリアハンの騎士の中でも武に優れ、知に優れ、技に優れた騎士として紅の外套を纏う事が許された唯一の存在だ。
アリアハンでも最も地位の高い騎士である。

メルクリウスが騎士を除隊後には、ある意味失望にも似た感情を抱いた。
しかし、それは杞憂だった。騎士を除隊し、紅の称号をえた男は自宅であった教会を孤児院として孤児を引き取り、育て始めた。
二年ほど前にある事件がおき、その事件を切っ掛けにアルフレッドは剣を捨てて怠惰な生活を送り始め、メルクリウスは孤児院を閉鎖してしまった。
その事件の真相を知っている者達にとって、決して忘れえぬ記憶となった。

無論、その事件の当事者であったアルフレッドは元孤児院の人間にとって、決して許されない存在となり、憎しみを抱かれ人殺しと罵られ続けてきた。
後ろ指を指され、人殺しと罵られるたび、アルフレッドは苦しんでいる。
心臓が軋み、全身が悲鳴を上げる。夜もあまり眠れなくなったらしく、メルクリウスに睡眠魔法をかけられて漸く眠りに就くのだ。
街中で罵られると、その声に背を向けて逃げ出していく。そうしなければ平静を保てず、アルフレッドは手が青くなり血を流すまで拳を握り、その罵りを受け止めている。
人がいなくなれば、胸を押さえて蹲り、弱々しい姿を見せる。普段のアルフレッドが嘘のようになりを潜め、涙を流しながら痛みに耐えている。

カイもリューザスもエリーナも、アルフレッドの心の脆さを知っていたから、彼を中心として集まって馬鹿をしてきた。
少しでも彼の心の痛みを取りのぞけるように、少しでも彼が安心できるように、少しでも彼が笑っていられるように、彼の心がいつか苦しみから解放される様にと願っていた。
そうでなければ悲しすぎるから。
カイにとっても、リューザスにとってもメルクリウスは兄の様なものであり、家で蔑ろにされがちな自分達の話を聞いてくれたりしてくれた。
それだけだが、二人にとっては大切すぎる時間を過ごし、大切なモノを教えてもらった。
そんな彼が死ぬなど、二人には許せなかった。

「ふ…ざけん…なよ!?テメェが死んで、俺達が助かっても意味なんかねぇんだよ、エセ神父が!テメェにはまだ……やらないといけない事があるんだろうがッ!」

「そうだよ。リューの言うとおり、僕もそんな事は絶対…絶対に認めない!アナタがそれで納得しても、僕もリューもアルも納得なんかする筈なんかないなんて、アナタには分かり切ったことだろ!」

興奮しているのか、それとも怒りによって我を忘れているのか、あのおとなしいカイが語尾を荒げて叫んでいた。
そして、二人はわかっていた。なにを言ってもメルクリウスの決意は変わらない事も、自分達には止められないことも、みんなわかっていた。
付き合いは長く、アルフレッドもメルクリウスの性格は知っている。

だから、余計に止めたかった。
傷だらけの体を引きずりながら立ち上がり、紅い外套を脱ぎ捨てる。
ほんの一瞬だけ、メルクリウスとリューザスの視線が合うと、その紅いの外套を投げた。
リューザスがその外套を受け取り、その外套の重さを感じていた。

メルクリウスが背負い続けた騎士の誇りがその手の中にあったから、余計に重く感じていた。
半分だけ血の繋がった兄達はプライドだけは高く、そのくせ地位だけは守ろうとする。
騎士の名家ヒルベルツ家に生まれ、一流の教師に剣を学ぶと言う、恵まれた環境はそれを助長させるには十分過ぎた。
三つほど上の姉であるアナスタシア=ディア=ヒルベルツは、騎士として城に仕えている。
王族守護騎士の一人として、日々錬磨している姿を見てきた。

だからだろうか、アナスタシアに対する嫌悪や苛立ちを抱かないのは。
純粋な強さならば、リューザスの方が遥かにうえだが、精神的な強さならばアナスタシアの方が上だ。
それ以外にも理由がある。父親は別として、愛人の子として生まれたリューザスを、家族の中で唯一世話を焼いてくれた。
悪さをすればアルフレッドの母親のミリアか、リューザスの姉のアナスタシアが叱っていた。
頭が上がらないアナスタシアだけは、家族として扱ってくれるから守りたいと思う。
最も、自分が守らなくても自分の身は守れる程の実力者だが、それでも自分の手で護りたいと思う。

兄達はハッキリといえば弱い。リューザスは剣の腕を上げて強くなるために、血の滲むような努力を続けている。
兄達を見返すとか、まわりの連中を認めさせるためではなく、ただ強くなる事が目的だった。
その理由はアナスタシアを守れる位の強さが欲しいと言う事と、アルフレッドに負けたくなかったからだ。

剣には自信がある。才能があると言う事も、多少なりだが自覚していた。
だが、それだけではアルフレッドに差を付けられる、そう考えてひたすらに修練を続けてきた。
才能を有し、毎日剣を振るい、ひたすらに強くなりたいとアルフレッドに負けたくないと、ただの意地で強さを求めていた。
そして今、血の滲むような努力によってアルフレッドと同じ実力をもっていると思っていた。

ヴィシュヌと戦っている姿を見て、まだ自分は弱いと思ってしまう。
悔しさが込み上げて来た。同じ歳で同じ時間を生きてきたのに、何故、アルフレッドとここまで差がついたのだろう?

アルフレッドがオルテガの息子だから?

自分が才能があると思い、他者を見下していた?

違う。そうではなくて、自分に慢心があったから、驕りがあるから、ここまで差がついたのだ。
なまじ才能があると言う事が、決定的だと言えた。
リューザスは手の中にある紅い外套を見つめながら、自分の兄と姉の事を考えた。
兄達はメルクリウスに比べれば、騎士としての資質は遥かに低いと言える。

確かに武に優れているが、それ以上に傲慢な面が目立つ。王宮守護騎士としての地位にあるが絶対的なカリスマ性がない。
いや、カリスマ性と言うよりも人の上に立つ者としての資質がないのだ。その点、アルフレッドにしろメルクリウスにしろ、人を引き付ける魅力がある。
だからこそ、リューザスもカイもアルフレッドを中心としているのだ。

ある意味で、アルフレッドが騎士になれば、彼を中心として歴代騎士団の中でも団結し、バラモスの打倒すら事も可能になるだろう。
それだけ、アルフレッドは騎士としての高い素質を有しているのだ。
外套を纏ったアルフレッドの背中を守り、共に戦えば敵はないだろう。
紅い外套を脱ぎ捨てたメルクリウスの背中は、やはり広く大きかった。

外套の下……鉄の胸当てをつけていて、腕には多くの傷があった。
その傷は彼に剣の才能が無いと言う証明だった。
努力に努力を重ね、数多の騎士を押しのけて外套を纏うことを許された。血が滲むような努力では、言葉として軽い気がした。
メルクリウスは立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。数歩だけ歩き、落ちていた右腕を広い上げると、リオに投げた。
驚きながらもリオは右腕を受け止めると、メルクリウスを見た。
手を翳し、メルクリウスが詠唱を開始する。

「癒しを司る神よ、我が祈りに応え、その癒しの奇跡を以て彼の者の傷を癒したまえ、ベホマ」

詠唱を聞いて、リオは手にしているリューザスの腕を傷口にあてた。
僅かな差をもって魔法の詠唱が完成し、光がリューザスを包み込んだ。
強い光だ。ホイミを始めとした回復魔法は、対象の傷を癒す魔法である。
メルクリウスが使ったのはその上位魔法であり、対象の傷を完全に癒す魔法だが、ホイミやベホイミは対象の自然治癒能力を強化し、傷を塞ぐのに対し、ベホマはほぼ完全に傷を塞ぎ対象者の身体を元に戻すと言っていいものだ。

この相違点が、ベホマが神の奇跡と言われている由縁である。
リューザスは腕を動かすと、激痛と共に指先が動いたのを感じ取った。
そしてすぐ隣、カイの傷も塞がっていた。
カイは眼球自体が損傷していたのか、視界は戻らなかった様だ。

(まさか、回復魔法の同時行使?!そんなの理論的に不可能よ!)

リオはメルクリウスの行った魔法の行使を見て、泣きたくなった。 理論上は可能だが、それは実質的に不可能だった。
メルクリウスはそれを簡単に実現し、行使したのを見て嫉妬にも似た感情を、メルクリウスに抱いてしまった。
才能とかそう言うものではなく、なにか違う気がした。彼と違い、自分は魔法使いとして、絶対的に必要なものが欠けている。

漠然とした事を考えつつ、リオは兄のコウの顔を見る。苦虫を噛み潰したような顔をしており、メルクリウスを睨み付けていた。
そう言えば、とリオは思う。コウとメルクリウスは同じ魔法使いだが、その実力から言えばメルクリウスの方が上で、以前からコウはメルクリウスを敵視していた記憶がある。

「相変わらず、自分勝手だなアンタは」

「なんだ、コウ?お前にだけは言われたくねぇ言葉だぜ?」

「黙れ、アンタは何時もそうだ。なにもかもを知った風に口を聞いて、誰もを見下しているんだろ!?」

「コウ兄さん?」

「リオ、お前は黙ってろ。」

「おいおい、妹を蔑ろにするなよ。それにな、俺は今が死に場所なんだよ。わかるか?」

「分からない。いや、分かりたくもない!!アンタはいつもそうやってチャラけてて!自分は特別なんだと、そう思っているんだろう?!」

「コウ兄さん、それ以上言わないで。でないと、僕はコウ兄さんを許せなくなる」

カイが口を開き、兄の言葉を遮った。
その顔には悔しさが浮かんでいた。己の不甲斐無さを、カイは自身を責めている顔で、紅い外套を脱いだ傷だらけの背中を見つめている。
リューザス達は、その背中を見てメルクリウスが本気である事を、既に分かっていた。なにかを守るためには、時に己の命をかけねばならない事を、彼はよく理解しているのだ。

そして、アルフレッド達にその事を教えたのは、外ならぬメルクリウスである。
騎士としての心得を幼きアルフレッドに教え、剣の手ほどきもした。オルテガの息子だからではなく、アルフレッド個人の為に教えたのだ。
彼にはまだまだ教えなければならない事が山ほどあるのに、メルクリウスの身体には限界が訪れていた。
命が燃え尽きようとしている。
死が近い自分に出来る事は、ただ後の世代に自分の力を見せ剣技を継承させ、己の総てを後の世代に託し、次世代の礎になる。
それが今の自分に出来ることだ。

止まない剣戟音。

アルフレッドは、引くことを選ばずに前へ進む事を選び、剣を振るい続けている。
劣勢に追い込まれており、次第に剣を振るう速度が遅くなっていく。
メルクリウスは立ち上がると、煙草をくわえて火を点けた。

「眠れ、深く。深淵の闇に抱かれ深き眠りに付けラリホー」

睡眠魔法を使い、カイ達を眠らせる。しかし、魔法に対する抵抗が強いリオとコウには効かなかった。
メルクリウスは二人を見て、苦笑する。コウとリオの二人は自分と歳はそう離れてはいない。
次男のコウと、長女のリオとは同じ学び舎で勉強を学び、先輩と後輩の間柄になる。
リオとは、友達以上恋人未満と言う間柄であるが、リオの想いは当時とあまり変わっていなかった。
例え、メルクリウスに恋人が居ても、リオは一人の男としてみていた。
叶わぬ恋だとしても、自分の想いに嘘だけはつきたくなかった。

「メルさん」

「なんだ、リオ?」

「いえ、なんでもないです」

「そうか」

メルクリウスは一歩、前へと歩みを進めた。
眠ってしまったフィアナが、小さく呟いた。
剣戟音が響く中だが、確かに聞こえた。
お父さん、と呟いた事をその胸に刻んだ。
不意に、涙が零れて来た。長い修業から帰って来た娘同然の少女は、父親の変わりだった自分も、驚くほど美人に育っていた。

(俺ももう少し若けりゃ、やばかったかもなぁ)

苦笑して、煙草を投げ捨てた。その背中は、騎士と呼べるものではなかった。
しかし、リオにとってはとても尊い背中だった。
ゆっくりと、前へと進みアルフレッドとヴィシュヌの戦いの中へと、入っていく。
剣戟の合間を見切っているように、歩いていた。

唐突に現れたメルクリウスに驚き、アルフレッドは剣を止めてしまった。
その一瞬の隙を逃さず、ヴィシュヌの漆黒の凶刃がアルフレッドの身体を斬り裂いた。
鮮血が飛び散り、ヴィシュヌの甲冑を紅く染めた。

「癒せ、神の奇跡を以て彼の者の傷を癒せ。ベホイミ」

斬られた瞬間、メルクリウスの回復魔法が発動し、アルフレッドの傷が塞がった。
踏ん張ると、アルフレッドは斬られた箇所を押さえながら、佇むメルクリウスを見る。
紅い外套を脱ぎ、黒のキュイボイルを身に着けた身体は、かつての引き締まった痩躯ではなく、痩せ細った身体だった。
全盛期の彼を知っているから、今のメルクリウスを見たくなかった。
強い彼を目標にして、リューザスやカイと剣を競い合った。

あの忘れ得ぬ日々が、もう二度と訪れないと、アルフレッドは悟った。
いつか・・・・・・そう、いつの日かかつての日々が戻ってくる、そう思っていた。
ヴィシュヌは構え直すこともなく再び剣を振るう。漆黒の凶刃が再び迫る。
メルクリウスが、右腕を犠牲にしてその斬撃を止め、ヴィシュヌにつかみ掛かった。
不意を突かれたヴィシュヌは振りほどこうとするが、怪我人と思えないほどの力で締め付ける。

「ハハッ、油断したな」

「な、何をするつもりです!?」

「なに、簡単な事だ。俺と一緒に死んでくれ」

「まさか、あの魔法を使うつもりですか?!」

「あぁ、正解だ」

「馬鹿な真似を!元騎士がそう簡単に命を捨てるつもりですか?!」

「残念だな、俺は確かに元騎士だ。けどな、そう長くない命なんでね」

「くっ!」

「燃え上がれ我が命。我が敵を滅し、滅ぼしたもう事を願う。しからば、我が命の焔は総ての敵を滅ぼさん!」

「や、やめなさい!」

「お前の言葉に、従うと思ってんのか?」

メルクリウスは笑みを浮かべると振り返り、リオを見た。
泣き崩れる事もなく、涙を零しながらただ真っすぐとこちらを見ていた。
彼女の毅然とした態度を見て、微かに笑みを浮かべる。
何かを言わないといけないのに、何も言葉が浮かばなかった。

不意に涙を流しているリオと、視線があった。
意思の強い瞳だ。メルクリウスは笑みを浮かべると、リオは力強く頷いた。
ただそれだけだった。リオは泣きながら笑みを見せ、メルクリウスに答えを見せた。
リオの顔を見て満足そうな顔をして、発動させるための言葉を呟いた。

「メガンテ」

メルクリウスを中心にして、焔が燃え上がった。
ただそれだけで、敵の総てを巻き添えにする。
しかし、発動する一瞬。メルクリウスの顔が驚きに歪んだのを、アルフレッドは見逃さなかった。
爆発にも似た衝撃が駆け抜けた。

閃光が周囲を染め、身体を壁にたたき付けられた。
コウがリオを庇いって壁にたたき付けられ、追い打ちの様にフィアナの身体がコウにぶつかった。
カイとリューザスはそのまま壁にたたき付けられ、アルフレッドは剣を床に突き刺し、その衝撃に堪えていた。

衝撃か納まり、着ていた鎧までもが白く染まったメルクリウスの姿があった。
皹が入り、腕が落ちて砕け散った。それを合図にし、全身に皹が入っていき、ガラスが砕ける様に音を起てて、崩れていった。
欠片が飛び散り、メルクリウスだった白い欠片が、足元に転がっていく。

リオは綺麗な顔を歪めながら、歩き出した。
涙を零し、拭う事なく歩き、奇跡的に砕けなかった顔を手にした。
その顔は満足そうな顔ではなく、驚愕と哀しみをその顔に写していた。

「悲しいのならば、テメェもソイツの後を追えばいいだけだ」

声が聞こえて、リオは見上げる。そこには、いつの間にか銀髪と紅い瞳を持った男が立っていた。
ヴィシュヌとはまた違ったオーラを放っている。
その実力は恐らく、否、確実にヴィシュヌを超えている。
恐怖で身体が竦み上がり、動けない。
男はリオから視線を外し、後ろにいるアルフレッドを見ていた。
銀色の美しい髪と合反する様に、兇悪なオーラは視線が合うだけで心臓が止まりそうになる。

「そうか、貴様がオルテガの息子か。やはり似ているな」

「テメェも、あの野郎と戦ったのか?」

「あぁ、戦ったぜ。敵ながら惚れ惚れするほどの強さだった」

「なら、俺で試してみるか?」

「ハッ、意気がるなよ小僧?貴様ごときなんぞ俺が手を掛けるまでもねぇ。ヴィシュヌ、なにをちんたら遊んでやがる!!」

「あなたも来ていたのですか、ロキ」

ヴィシュヌの声がして、まさか、と言う感情が生まれた。
ひび割れた鎧を纏い、頭部の兜の一部が壊れて、金色の髪と蒼白の瞳があらわになっていた。
アルフレッドはヴィシュヌを見て、心臓が軋み始めた。胸を押さえ、ヴィシュヌを見ている。

「久しぶりね、アル」

半壊状態の兜をはずし、ヴィシュヌが呟いた。
記憶がフラッシュバックしいく。
忘れたいと思っていた記憶が、次々と浮かび消え去っていく。

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「アルフレッドくん!?」

絶叫をあげて、アルフレッドは倒れたしまった。
フラッシュバックによる記憶の濁流が、脳の処理能力を超過する。
そして、それによって意識を遮断して気を失ったアルフレッドを、近くにいたリオがその身体を支えた。
大量の汗を流し、呼吸が荒い。
先程の衝撃で目を覚ましたリューザスとカイが、ヴィシュヌの素顔を見て驚いていた。

「リューもカイも久しぶりね」

「フレイア……なのか?」

「えぇ、そうよ」

「な、なんで……なんでフレイアが生きてるんだよ!?」

「フレイア?あぁ、お前の本名か」

ロキと呼ばれた男が呟いた。
ヴィシュヌと呼んでいた人物は、かつて共に野原を駆け回った友達だった。
二年前の事件で死んだはずの少女がなぜ、生きているのかわからない。
カイは胸を押さえ、リオに支えられているアルフレッドを見た。
苦悶の表情を浮かべ、フレイアを見ている。

「なんで、そんな顔をしてるね」

「あ……あたりまえだ。なんで、生きてるんだよフレイア! お前は、あの時……死んだはずだ」

「死んだよ、私は。でも、私はバラモス様の手によって蘇生させられたのよ。でも、私はこの鎧を纏わないと数秒で身は腐り落ちていくわ」

「お喋りはそこいらで終いだ。ヴィシュヌ、感傷に浸る暇があるならとっととそいつを殺せ」

ロキが言い放ち、その言葉に応えるようにヴィシュヌは漆黒の剣を振り、リオを斬った。
血は出ているが、傷自体は小さいものだ。
アルフレッドを支えていたリオが離れたことで、アルフレッドが床に倒れた。
心臓を押さえ、呼吸が困難なのかその息は荒い。

フレイアがアルフレッドの眼前に立ち、昔と変わらない瞳がアルフレッドを見下ろしている。
冷たい瞳だが、その瞳に涙が浮かんでいた。
剣を振り上げ、一瞬の躊躇いの後・・・・・・剣を振り下ろした。
アルフレッドの視界に写る剣が迫る。スピードがやけにゆっくりと遅く感じ、その剣とフレイアの泣き顔を、見ていた。
剣が迫り、人影が視界に飛び込んで来た。アルフレッドの視界に映ったのは、鮮やかな水色だ。

ギィン、と言う甲高い金属音。鉄の槍で剣を受け止め、鍔ぜり合いの状態になりフィアナにとっては不利な状況だ。
純粋な力の差で押され、フィアナは力を更に込めた。

「アルは……アルは絶対に殺させない!!」

「貴方が、フィアナさんね?」

「えぇ、そうです。初めまして」

「羨ましいわ、生ある貴女が……そして、アルに大切にされてる貴女がッ!!」

剣を握る手に力を込めていく。
ミシミシと音を起て、鉄の槍が軋み始めた。柔軟と言うわけではないが、それなりのしなりがある槍だが、そのしなりには限界がある。
フィアナは思考する。どうすればこの窮地を脱する事が出来るだろう。
窮地に立たされたのは初めてではない。法皇庁での修業では、これ以上の窮地に立たされたが、仲間が数多くいたためにいずれも脱する事が出来た。

初めて感じる恐怖は、死にたいするモノだった。
腕が悲鳴を上げ、槍が更に軋む。このままでは、槍ごと一刀の元に切り捨てられるのも時間の問題だ。
熟考している暇はない。何とかしてこの状況を打開する策を練らねば、死は確実に訪れる。
背には苦しんでいるアルフレッドの姿があり、苛立ちが生まれた。アルフレッドにではなく、彼を傷つけ、苦しめているモノに対しての苛立ちだった。

過去、フィアナはアルフレッドに助けてもらった。今なら、辛い修業を終えた自分ならば、彼を助けられると確信した。
彼が過去の記憶に苛まれ、苦しむのならば彼の苦しみを共に背負い、生きていけば良い。
彼の為ならば、例え険しい茨の道であろうが進んでいくと決めた。

アルフレッドの疵を共に背負うと、共に罪を背負い生きていくと、フィアナは決めた。
力を逸らし、斬撃の方向を逸らすと身体を回転させ、横薙に槍を払った。
ひび割れた漆黒の鎧を破壊する為に、全力をもって胴を薙いだ。

フレイア……いや、ヴィシュヌはその横薙の払いをガントレットで受け止めると、槍を掴みそのまま振り回した。
その行動に対して、フィアナは槍を手放し着地。すぐに体勢を整えるとヴィシュヌの斬撃に備え、ショートソード抜い
て構えた。 迫っていたのは、ロキと呼ばれた男で真紅の槍で心臓を狙った一撃を放つ。
すんでの所で回避し、法衣の裾を貫くに至った

直後に剣閃が襲い掛かってきた。
ショートソードを手放し、カウンターでヴィシュヌの顔へと攻撃を放つ。
武器は既にない。拳を握り、前へと踏み込み放つ。
拳は空を切り、フィアナに隙が生まれた所へロキの攻撃が放たれる。

槍の刺突は、正確に人体急所を狙った攻撃を繰り出してくる。
正確であるが故に、その攻撃を回避することが出来たが、攻撃の連射速度が並ではない。
避けきれずに、まずい、と思った瞬間、槍の刺突が心臓を狙った一撃が放たれていた。
一瞬だが目をつぶって、ロキの攻撃が身を貫くのを想像した。

ほんの一瞬だが死を覚悟した。けれども痛みは訪れず、目の前には広い背中があった。
十年と言う歳月が彼を成長させていた。
子供の頃は背も同じぐらいだったが、今では顎先辺りが目線の高さで少しではあるが見上げなければならなず、思っていた以上に身長に差ができていた。
逞しい背中は、自己を犠牲にする魔法を使い死んだ養父を思わせる。
気高い誇りを胸に、あえて汚名を被りながら、さげすまれて生きる姿は、どこか似ているような気がした。

「アル……?」

「フレイア……いや、ヴィシュヌ。何故、俺を殺さない?お前なら、さっきの一瞬で俺とフィアナを殺せただろ」

「そうね。アルの言う通り、さっきの一瞬の隙で殺せたわ」

「だがな、あの方の本当の目的は貴様の魂だ」

「な、バラモスは魂喰いの力を持っているの?!」

「魂を喰らい力にする。魂を絶望に染め上げ、死んだ者の恐怖、後悔、怨念を喰らえば喰らうほどあの方は強くなる」

「勇者の死はたやすく人々に恐怖を伝染させる……それ故に、ヴィルヘイムの血統を欲するのよ」

「な…ん…だと?バラモスが俺の血統を欲している?」

「そう。世界中に点在する勇者と呼ばれる人間がいる。その者達の血は、全てが起源を同じとしている……その中でもヴィルヘイム家はその血を色濃く受け継いでいる」

勇者と呼ばれるのは一人ではない。魔王を倒す事を志したものは、須らく勇者と呼ばれている。
ただ、ヴィルヘイムは選ばれた者にしか使えない雷を操る魔法を操ることが出来る。
オルテガは完全とは言えないが、ある程度は操ることが出来た。

詳しい魔術公式は分からないが、遺伝的な継承方法でヴィルヘイムに伝わっているモノだと考えられる。
全員が黙り込んでいた。ヴィシュヌとロキの言葉の真意を掴み兼ねていた。
アルフレッドは剣を握り直し、二人を見据える。

アルフレッドの瞳には強い意志と、憎悪にも似た感情を湛えていた。
ヴィシュヌが槍を投げ、フィアナのすぐ近くに突き刺さり、フィアナは槍を抜いて構え直た。
二人が構えると、ヴィシュヌはフィアナに、ロキはアルフレッドに襲い掛かった。

「ハッ、そんな顔でよく戦おうと思ったな小僧」

「うるせぇよ!」

槍の打突を受け止めながら、二人は言葉を交わしていた。
対し、フィアナとヴィシュヌは言葉を発する事もなく、刃を交えていた。
刃鋼がぶつかり合い、皹の入った剣と槍が振るわれてはぶつかり、火花を散らす。
アルフレッドに蹴りを叩き込む鳩尾に爪先が減り込み、その場に倒れた。
注意が逸れた一瞬の隙を付いた一撃は、たやすく膝を折った。
フィアナはそれに意識が向くが、視線を逸らせば即座に殺されるだろう。

ロキの打突を何とか防ぎながら打開策を考える。
実力は雲の上の存在と言える強さだ。全力で戦っていようとも、赤子の様に捻られる。
メルクリウスが全盛期であったとしても、ロキには敵わなかっただろう。
強力な払いを受け止めるが、その一撃は尋常ではない威力で、受け止めた剣から衝撃が伝わって手が痺れ始めてきた。
劣勢過ぎる戦況を打開する方法は無い。

「どうした、さっきの言葉は威勢だけか、あぁ?!」

油断と言うわけではない。だが、相手にとってはそれは致命的といえる隙だった。
今までよりも早く、精密な突きは心臓を狙う一撃だ。
背筋が寒くなる。槍の一撃が遅く見え始め、周囲の空気すらも遅く見える。
身体を動かす事で、その致命傷を避けようとするが、遅い。
何もかもが遅くアルフレッドは上半身を捻り、腕で心臓をカバーするように動いた。

それは数秒の差だった。
僅か数秒。それは、実力差のある戦いにとっては致命的な時間だ。
ロキの槍がアルフレッドの腕に突き刺さり、切先が胸に突き刺さる。
そのまま身体を貫くと思われた一撃だ。アルフレッドは腕に突き刺さる前に、動いていた。
拳を作り、横からのフックを放つ形で身体を動かしていた。

唐突な動きにもロキは対応し、槍から片手を手放すとその拳を受け止めた事により、ロキの動きは止まった。
左の二の腕に突き刺さった槍を引き抜き、アルフレッドは激痛に悶える。

「ハッ……オルテガの息子だと期待してたんだがな、とんだ拍子抜けだぜ」

「ん……だとぉ?!」

「粋がるな」

ロキはアルフレッドを蹴り飛ばす。
開け放たれた門から外へと放り出され、城へと続く橋の上で止まり、起き上がる。
それと同時だろうか、フィアナとヴィシュヌの決着もついていた。
血にぬれた剣と、倒れているフィアナ。
遠目でしかわからないが、出血量からすればすぐに処置を施さなければ、死に至るほどの出血量だ。

「フィアナ!!」

「何処に行こうとしてやがる、テメェの相手は俺だろうが」

「どけ……どけぇ!!!」

「あぁ? そんなにあの女が心配か……ヴィシュヌ!」

ロキが叫ぶ。その声を聞いて、ヴィシュヌがフィアナの手首を掴み、そのままロキへと放り投げた。
フィアナの身体が宙を舞い、それをロキが受け止めた。顔には血の気がなく、見るからに危険な状態だ。
唇がゆっくりと動き、言葉を発する。

「アル…ごめん………足手……まといに……なっちゃった」

「喋んな、フィナ!」

「この嬢ちゃんを心配してる暇はねぇだろ、ガキ」

「……これ以上、彼を追い詰める必要がありますか?」

「あるに決まってんだろ。 憎しみ、絶望、復讐心、その全てが魂を震わせ、魂は甘美となる……ヴィシュヌ、テメェはもう戻ってろ」

「それは、命令ですか」

「あぁ。テメェはまだ不完全、その上、鎧を破壊されかけてる状態でテメェは足手まといだ」

「……わかりました。ですが、窮鼠に噛まれぬようお気をつけ下さい」

ヴィシュヌはそう言い放つと、背を向けて魔法の詠唱に入り、姿を消した。
傷ついたからだを引きずりながら、アルフレッドはロキを見上げる。
銀色の髪と紅い瞳。愉悦とも取れる表情で、口をゆがめて笑みを浮かべる男は、邪悪そのものだった。
動かない左腕を伸ばし、剣を掴もうとするが剣の重みにより持ち上げる事が出来ず、更に蹴りが側頭部を捕らえて叩きつけられる。
意識を刈り取らないように、ある程度手加減された蹴りだった。

うめき声を上げながら、ロキを見上げた。その腕に抱かれているのは、十年ぶりに再会したフィアナだ。
彼女ははぐったりとして生気が無く、すぐにでも処置を施さなければ命の危険も考えられる。
起き上がろうとするアルフレッドの頭を踏みつけ、彼を見下ろしながらロキは口を開いた。

「フンッ……アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム、お前には期待していたんだがな。 俺を……いや、俺達を苦しみから解放してくれると思ったんだが、思い違いか」

「な……に?」

「……この女が大切か? そんなに大切なら役にたたねぇプライドなんざ捨てちまえ、血反吐を吐こうが、あらゆる屈辱を受けようが、敵を倒す事を考え、コイツを救う事だけを考えろ。 それができねぇってんなら、恥辱に塗れて死ね」

「テメェも……フレイアと同じか」

「さぁな。 テメェの実力を測りたいとこだが、全然話にならねぇ。 なら、こいつを殺せば一瞬だけだろうが力は引き出せるかもな」

ロキは槍を短く持ち、その切先をフィアナの左胸に当てる。

「ばい……ばい……アル」

フィアナの言葉を合図に、槍の切先が左胸に突き刺された。
血が溢れ、滴り落ちていく。
目の前が真っ暗に染まり、アルフレッドは剣を握る事無く、ロキに殴りかかっていった。
ロキが槍を引き抜きながらアルフレッドの顔をブーツの底で蹴り、フィアナの放りすて背を向けて歩き出した。
ゆっくりと、フィアナの身体が落ちて行く。口から鮮血が零れ落ち、貫かれた箇所からも鮮血があふれ出る。
その映像は酷くゆっくりとしていて、アルフレッドは手を伸ばす。
フィアナの身体を抱きとめ、抱きしめる。
過去。もう忘れそうなくらいの事が、脳裏に浮かんでは消えて行く。
約束したことがあった。フィアナが苦しんでいる時、悲しい時、つらい時、その全てから守り彼女が常に笑っていられる様に、強くなるとそばに居ると約束した。
なのに、止まっている。呼吸が、鼓動が、完全に止まり……死んだ。
とめどなく溢れる鮮血で服が汚れるのも構わず、アルフレッドはただフィアナを抱きしめ……吼えた。

「あぁ………あぁああああぁあぁああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

「チッ、叫ぶ事しか出来ねぇのか? ったく、期待はずれも良いとこだな」

言葉をさえぎり、ロキはアルフレッドへと振り返る。
槍についた血を振り払い、ロキは槍を肩に担ぎ歩き出した。
それは油断だった。戦意を喪失したのだと判断し、背を向けた事が致命的なミスとなっていた。

アルフレッドが涙を流し、フィアナを抱きしめながら、何かを呟いていた。
それは呪文の詠唱だ。
本来ならば神に仕える者にしか使えない神秘。
死者を蘇生させると言われている神秘の秘法である。

「神よ……我が祈り、我が言に応え、神の奇跡を我に与えよ。 命を紡ぐ雫を我に与え、彼の者の命を掬いたもう事を願わん……神よ我が言に応えよ、応えよ、応えよ……ザオラル!」

光がフィアナを包み込む。
それは奇跡とも言われる魔法の行使だった。
アルフレッドは全てを込める。生きて欲しいと言う祈りとともに、全てを込めて祈りながら魔法の完成を見る。
長い長い時間に思えた。
フィアナの身体が微かに動き、抱きしめた背中から心臓に手を当てる。
微かに心臓の鼓動を感じ、安堵の息を吐くと同時に涙をこぼした。
光が収まり、フィアナは目を閉じたまま静かに呼吸をしている。
安堵の息を漏らしながら、アルフレッドはフィアナを強く抱きしめた。
ロキが振り返り、大きな笑い声を発した。

「クッ……クハハハハッ……ハハハハハハハハハッ!!! まさか、まさか、まさか! 神の奇跡を行使するとはな、しかも最高位の神の奇跡に近いぞ!!!」

「黙れ、ロキ」

「面白い、それが……本当の貴様か、アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム!!」

「俺はな……黙れと言ったんだ」

怒気に飲まれそうになり、ロキは密かに冷や汗を流す。
そして、同時に納得した。
鷹の如く鋭い眼光、他者を圧する闘気、そして全てを覚悟した者のみが持ちうる慈悲にも似た無慈悲。
勇者としての才覚が一時的……怒りと言う理性を破壊する術により、彼の力の片鱗が目覚めたのだ。
彼こそが、オルテガ=バルド=ヴィルヘイムの正統な血統を受け継ぐ者だと。
世界を畏怖させ、数々の邪法を用いる魔王バラモスの磐石を崩し、打倒しうる存在だと。

まだ芽は出ていないが、その芽は既に出始めている。
脅威であることに違いは無い。
ロキは槍を携え、猛獣の如く歯を剥き出し、オーラを発してアルフレッドを睨みつける。
それに対し、アルフレッドはフィアナを抱きながら、呪文の詠唱に入っていた。

「吾、呼ぶは天を支配せし雷帝。抜け、雷帝が携えし雷鳴の剣。その力を以て放つは雷帝の閃雷!」

聞いた事の無い詠唱だ。
火炎系のメラ、氷雪系のヒャド、閃熱系のギラ、爆発系のイオ、真空系のバギ。
そのどれとも取れない魔法の詠唱である。
詠唱は行使するものによって違うが、行使するためにはその属性にそった詠唱になるため、ある程度は似る事になる。
しかし、アルフレッドの詠唱はそのどれとも全く違っており、ロキはその場を離れる事を選択せざるを得なくなった。
戦士として生きてきた直感が告げているのだ。この場にとどまれば死ぬ、と。
戦い続けてきたからこそ、生きると言う事に執着し、あらゆる可能性を瞬時に想定してそれを突破するに相応しい行動を選択する。
それが彼が……ロキが生きてきた人生を物語っていた。
ただ背を向けて走る。その走りよりも早く、ロキはアルフレッドの詠唱を聞いていた。

「しからば吾が声に応えその身を撃ち貫く、神雷の鉄槌を放て!」

いつの間にか、空が曇天に覆われていた。
ロキは空を見上げながら、ある事に気づく。
空を覆う曇天は雨雲ではなく、雷を発生させる雷雲だった。
まさか、と言う感情が生まれその雷の正体を悟る。

選ばれた者にしか使えぬと言う、魔法であり真の勇者の証。
雷は神鳴と呼ぶものであり、雷は神の力の象徴と言われている。
その力を操るのは16歳にも満たない少年だ。

アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム。

彼がこれより行使する魔法は神の力の一片。そして、彼こそが真の勇者であると、ロキは確信した。
ロキはこの場で死ぬよりもアルフレッドが成長し、バラモスを打倒し得る力を得た時こそが、彼との決着の時であると決めた。
自分が勝手に決めた事だ。しかし、それはそう遠く無い将来において、魔王バラモスの居城……バラモスが控える門の前で二人は刃を交える事となる。
詠唱が終了し、雷雲が先程よりも強烈な稲光を発っする。

「ギ……ガぁッ……デインッッッ!!!!」

雷雲から雷が降り注ぐ。
その雷は周囲の木やモノを破壊する事はなく、圧倒的な力を持って降り注ぐ。
回避しようとするが、雷を回避する事も叶わず、その身に雷を受けた。
一瞬で雷がロキの身体を焼き尽くす。声すらも出せない痛み。
意識がとびそうになるが、全身を焼き尽くす雷によってその意識を維持させられる。
皮肉とも言える事だ。ロキは歯を食いしばり、雷に耐える事に専念する。
耐えられぬ痛みではなかった、それが理由だ。

「くっ……ハハハハハハハハハハハッ!!!」

「まだ、生きてるのか……!!」

「楽しみだ。これから先が!テメェが、成長した時にこの決着をつけてやる。バラモス城でまってるぜ、アルフレッド=ディオス=ヴィルヘイム!!」

「忘れるか…!!ロキ、テメェも、フレイア……いや、ヴィシュヌも俺の手で殺してやる!!!」

「憎悪か。貴様は勇者ではない、ただの復讐者だ。その執念を以って俺を殺してみろ」

「殺してやるよ、絶対に!!」

殺意よりも強い憎悪を顕にし、叫ぶ。
ロキは心地よくも感じる憎悪に背を向けて歩き出した。
ただ悠然と、破壊の跡が残る城を後にしながら、彼の内心には焦りと、歓喜の感情を抱いていた。
なぜ、と問われればこう答えるだろう。

漸く死ねる、と。

ロキもヴィシュヌも、元々は死んだ人間だ。
その死んだ人間をバラモスの邪法によって生き返らされ、忠誠を誓わされている。
ヴィシュヌはその身に纏う漆黒の鎧を脱げば、たちどころにその身は腐り落ちて行く。
一度だけその姿を目の当たりにしたロキは、ただ恐怖を感じていた。
痛みも感じなくなった『生』になんの意味がある。あるのは世界を震撼させる魔王の走狗となり、嘗て使えた国を滅ぼす事に加担させられる。

バラモスには逆らおうと思えば逆らえる。それだけの力と、意志を持っているつもりだ。
けれど、仮初とは言え二度目の生を与えられた今、その事がどうしてもネックになっている。
牙を剥けば邪法を用いて思考さえも取り除かれ、生きる屍と成り下がるだろう。
それに対する恐怖と、魔王と呼ばれる存在故に感じられる威圧感と恐怖。それは恐怖政治を行う王にも似たモノでありながら、決定的に違うのは逆らう事も反逆も許さぬ無慈悲。
魂を喰らわれ、浄化される事なくバラモスの力とされる。
せめて、それだけは避けたい。忠誠を誓わされたが、魂まで売り渡した覚えは無い。

ただいまは、道化を演じる事だ。
バラモスの走狗と成り果てた己は、死ぬ事は無い。
例え、首をはねられようが心臓を抉られようが、決して死ぬ事は無い。
己の命は魔王の手のひらにある。痛みも無く、安息も無く、ただ戦うためだけに黄泉帰らされた己に、意思決定は無いのだから。
この行動もバラモスには知られているが、己の信念だけは折るつもりは無い。

背を向けても攻撃を仕掛けてくる気配は無い。
純粋に叶わないと分かっているから、襲い掛かってくる事は無いと理解している。
叶わぬなら強くなれ。そして、その牙をバラモスに衝き立てろ。
密かな希望が見えてきた。漸く……走狗と成り果てた自身の最後を迎えられるかもしれない。

嘗ては王に忠誠を誓い、国の為に戦い続けたのは今でも覚えている。
屈辱だった。国に住む家族の為に命を散らしたはずなのに、バラモスの眼下で仮初の命を与えられ、生き返った。
手にした真紅の槍と、身に着けた禍々しい鎧を外せば、直に身は朽ち果てていくのだ。
死を恐れていてもなお、戦わなければならない。
安息の死を得たいと願おうが、それは叶わずバラモスの走狗と成り果てた。
誇りも、何もかもを奪われた。そう……護る者さえも、だ。

結果……死してなお、駒として使われる下らない生になど、何の意味も無い。
いつしか、ロキは戦う事が生きる意味となっていた。闘いの渦中にいれば、今置かれている状況も忘れられるから。
不甲斐ない、と言う言葉さえも今の彼にとっては、侮辱の言葉としか言えないものだ。
アルフレッドは、フィアナを抱きしめながら去ってゆくロキの背中を睨みつけている。

どこか、哀愁を感じさせるその背中は広く見えた。
ロキは背後の視線と、ひるむ事の無い意志。己を超えようとする意志を感じられた。
その殺意は心地よく……ロキは笑みを浮かべつつ、その場を悠然と歩き去った。
アルフレッドは敵とは言え、その背中に圧倒された。理由は良くわからないが、追う事は得策では無いと考えて、腕の中のフィアナを見る。
未だに顔色が悪いが、微かに呼吸しているフィアナを強く抱きしめる。
そして、安堵の結果アルフレッドは限界を超えた力に耐えられず、その意識を手放すのだった。














▽▲▽▲▽▲▽▲▽













襲撃から三日後。 城は未だ破壊された痕跡があり、戦いの激しさを物語っていた。
城のエントランスホールにて黒い喪服を着たアルフレッド、リューザス、カイ、エリーナの四人と、教会の元孤児院たちが居た。
その中央には棺があり、その中には白い破片が収められていた。
頭部だけが残っておりその人物は、元王族守護騎士筆頭であり騎士の中で最高位に位置する紅の騎士・メルクリウス=ガーランドである。

法衣に身を包んだ少女……新任のシスターが、この葬儀の一切を取り仕切っていた。
王族、騎士と城のすべての関係者がこの葬儀に参列していた。
涙を流しながら、過去最高の紅の騎士の死を惜しんでいた。

「神よ……死したこの者に、祝福を与えよ。 そして、願わくば新たな命として生まれる事を」

シスターの言葉を合図に、全員が十字を切り、祈りをささげた。
アルフレッドは腕をつりながら、まだ完治しない腕の痛みに耐えていた。
ズキズキと痛み、過去の痕もうずき始めていた。
それは決して逃げられぬ傷であり、乗り越えるしかない傷でもある。

リューザスも、カイも、同じ傷を背負った。
大切な者に命を助けられて、今を生きると言う事が、これ程までに辛いのだと気づいた。
残された者はどうするかを葬儀が始まる前まで考えていた。
辛い。ただ辛い事だけは分かった。

助けられた命を無碍にするわけには行かない。
バラモスを倒す旅には出る。けれど、死ぬ為に旅に出るのではないし、世界を救う為でも無い。
ただのエゴであり、ただの復讐のためである。
葬列を見送りながら、アルフレッドは右手を強く握りこむ。

ポタポタと血が滲み、零れ落ちていく。
アルフレッドは視線に気づき、顔を上げると元孤児院の視線が注がれていた。
その瞳にはどれも憎悪が宿っており、今にもアルフレッドに襲い掛かりそうなほどだった。
視線と憎悪を受け止め、アルフレッドは心臓が軋み始める。
腕の傷も更に痛みを発して主張する。

アルフレッドは何も言わず、俯いたままその視線を受け止めていた。
正しい事だとは思わない。けれど、決して間違った事でもない。
ある意味で、メルクリウスを殺したのは自分なのだから。
ヴィルヘイムの血が三日前の惨劇を引き起こし、メルクリウスを殺したのは間違いない事実だ。
自嘲の笑みを浮かべ、あの時の事を思い出すだけで、心臓がズキズキと痛む。
深呼吸をして、拳を握りこみながら、口を開いた。

「あいつが死んだのは、弱かったからだろ。 それで俺を憎むのはお門違いだぜ?」

「……!」

アルフレッドが言い放った一言で、全員がわめき散らす。
その言葉は全てが侮蔑で、全てが蔑む言葉だった。
だが、そんな言葉は慣れている。
今まで……たった二年だけではあるが、罵詈雑言を浴びせられ、憎しみの視線を向けられて生きてきた。
それを受け止め、弱い心を鋼の如き精神でそれを覆い隠し、耐えてきた。
今までも、そして……これからも、アルフレッドは憎まれる為に生きていくのだろう。

アルフレッドの後姿を見ながら、リオは思う。
彼は不器用すぎる。生きていくにはどこかで折り合いをつけなければならない。
フレイアと言う少女を殺したと言う話だが、それも事実であるかどうかもわからない。
不器用すぎて、言葉にする事無くただ黙するアルフレッドの姿に、若き日のメルクリウスの姿をダブらせてしまった。
アルフレッドは背を向けると歩き出す。リオはその顔を見て、胸が痛んだ。

三日前の戦いの後、意識を失ったアルフレッドを城の兵士達は如何扱っていいか分からないようだった。
街の噂……スラム街の不良と対立している、と言う話は誰もが知っていることであり、事実でもある。
それ故に、誰もアルフレッドへと近づこうとはしなかった。
唯一、リューザスとカイが意識を失ったアルフレッド達を抱え、医師の所へと連れて行った。
医師と言っても、城に仕えている者ではなく、街医者ともいえる人物の元へと連れて行き、アルフレッドとフィアナの治療を行った。

その際に、リューザスとカイも治療を受け、リオはただ呆然としていた。
不衛生ともいえる家の中に連れ込み、治療を手伝う手付きは慣れている手つきで、二人は連れ込んだ家の中にある包帯や薬の位置を良く知っている様だった。
手馴れた治療は何度もここを使っているようにも見える。
リオは不衛生なこの場所に対して、嫌悪にも似た感情を抱いていた。
しかし、腕の方は確かなようでフィアナの処置は適切で、手は淀みなく動き続けており、アルフレッドの処置に当たっている二人に振り返る事無く指示を飛ばしている。

処置は一時間もかからずに終わり、医師の男は煙草を加えて火石を擦り合わせて火をつけた。
一息つき、男はリオへと振り返ると口を開いた。

「なんだ、その『なんて汚い場所なのかしら、汚らわしい!!』って顔は……」

「そ、そんな顔してません!」

「まぁ、事実だからいいけどよ……リューザス、カイ。 城の方が騒々しいが、何かあったのか?」

「んだよ、何も知らねぇのかよ」

「敵襲があってさ……」

「あぁ、なるほどね。 通りで、さっき俺ん所に城への出頭が来たわけだ……そういや、あの馬鹿も出頭するのか?」

「……オッサンは死んだ」

「あぁ? 下手な冗談はよせ、病持ちと言えども雑魚に遅れを取るやつじゃねぇぞ」

「攻め込んできたのは単騎……バラモスの直轄の部下二人なんだ」

「……マジ、なのか?」

呟いた男の声は震えていた。
その顔は驚きと悲しみ、色々な感情が混ざり合っている。
数秒か、数分かの時間が過ぎ、男は落ち着きを取り戻し、すっていた煙草を揉消した。
手で目を覆い、天上を仰ぎながら呟いた。

「馬鹿野郎……俺より先に死んでんじゃねぇよ」

「で、ルーファスのおっさん、なんで城から出頭要請がきてるんだよ?」

「アホか、お前は?」

「アホって言うな!」

「単純に、腕の良い医師が必要って事なんでしょ? 城の医師は経験が少ないから、腕の良い医師が必要になるからルーファスさんに要請がきてるんでしょう?」

「おぉ、流石はカイくん、大正解だ。 ホレ、賞品の飴玉だ」

ルーファスと呼ばれた男は口を開き、懐に手を突っ込んで紙にくるまれた丸いモノをカイに投げた。
受け止めると、カイは苦笑しながらそれを口に放り込むと、ルーファスは二階へと上がって行った。
リオは部屋の中を見渡すと、色々な薬品があり、どうやら薬草の調合もできるらしい。
中にはおどろおどろしい者もあり、リオは見ない振りをしてカイとリューザスの二人へと視線を移す。
二人は服を脱いでおり、上半身裸で椅子に座って包帯を巻いていた。
リューザスは騎士の家系に生まれ、剣を振るっていたから筋骨隆々とまでは行かないが、それでも引き締まった体躯だ。

それに対して、カイは貧弱だ。
いや、それは自分の脳内のフィルターがあるからであり、彼女の中ではカイは泣き虫で手のかかる弟だった。
なのにカイの身体は引き締まった痩躯で、無駄な脂肪が殆ど無い。
それは身体を鍛え抜いている証であり、魔法使いとしての才能が無いといえる彼にとって、それしかする事が出来なかった。

剣の才能も、魔法の才能も無い。
ただ努力をし続け、天才といえるリューザスとアルフレッドに囲まれ、己の弱さを自覚していた。
才能が無いという事は悪いことではない。ただ、それがその道において有利か否かである。
例え才能があろうとその才能を開花させねば意味は無い。
二人の友人にはそれがある。しかし、カイには無い。

みるみると強くなって行く二人に対し、劣等感にさいなまれただろう。
それでも、カイは剣を握り常に振るい続けていた。
それこそが努力であり、己が弱いと分かっているからこそ才能ある二人の背中を追いかけ、走り続けているのだ。
リオにはカイの劣等感を理解できない。
魔法使いの才能が高かったから、すぐに初級魔法は10を数える時にマスターしている。

だから何故、カイが魔法を使える事が出来ないのかがわからなかった。
リオはただ悔やむ。自分は何も分かっていなかった。
カイが剣を取った理由も、身体を鍛え続けている理由も、何もかもを知る事は出来ない。
そう、何も知れない。才能があるものは躓く事を知らないから、躓く者の悩みを知る事が出来ないのだ。

ふと、階上がドタドタと音を立て始めた。どうやら部屋をひっくり返して服を探しているようだ。
二人はそれに対して、またやってるよあのおっさん、とか、この間僕達が片付けたばかりなのにねぇ、と言った会話を行いながら自分の治療を行っている。
アルフレッドの意識は依然として戻らず、フィアナも同じく意識を取り戻す気配無い。

治療を終える頃に、正装に着替えたルーファスが降りてきた。
青の外套の下にはメルクリウスが纏っていた鎧と似た物を身に着けており、ボサボサの髪の毛を櫛で梳きながら髪を切っていき、乱雑な髪型にした。
眼鏡をかけていたはずだが、小さい丸い鼻眼鏡をつけただけで、随分と印象が違っていた。

「全く、これを着るのは何年ぶりだ?」

「さぁ……僕が覚えている限りだと、一回ぐらいしかないかな?」

「そうか? なんか、前も着てた気がするが……まぁいい。 俺は城に行って来る、嬢ちゃんはそのアホガキ共のお守を頼む」

リオに告げると、ルーファスは家を出て行った。
外に出ると暗雲が点在しており、時折ゴロゴロと雷鳴を轟かせている。
煙草を取り出して火をつけ、空を見上げる。

「神の力の片鱗……か。オルテガよ、アンタの息子はどうやら正真正銘、勇者としての力が眠っているらしいな。なんて、皮肉な話だ……アンタにはその力はなく息子にその力が顕在し始めちまった。無駄死にだぜ、アンタ」

ただ小さく呟き、ルーファスは城へと向けて歩き出した。
その背中には哀愁が。アルフレッドの事を良く知っているからこそ、哀愁がある。
風邪を引いたりした時は必ず自分の下へとつれてこられ、診察していた。
主治医と言える存在であり、アルフレッドにとっては父親代わりの存在でもあった。
アルフレッドにとって、兄とも言えたメルクリウスの死。
それが、彼にとってどの様な感情を落とすかはわからないが、二年前の再現は必ず起きるだろうと、ルーファスは考える。

二年前の事件の事の顛末をメルクリウスから聞かされた。
フレイア=ヴァン=エルナシアは騎士を目指す少女であった。
不幸ともいえない彼女の人生は、僅か14年の歳月で幕を閉じたのである。
その原因は、アルフレッドとの修練中に起きた。
何が原因なのかを誰も語ろうとしない事件であり、その原因がアルフレッドであると言う事も分かっている。
けれど、何故その事故が起こったのか、誰も語ろうとはしないのだ。

その時に何が起こったのか。
アルフレッド達が何を見たのか。
そして、何故その事件がおきたのか。

すべての過程を見た者達は未だにその事件の真相を語ろうとはしない。
その事件の真相はいまだ、闇の中にある。
ルーファスは煙草を吹かしながら、城への道中を歩む。
周りを見渡しながら歩き、確かに戦乱とまではいえないが、一時的なパニック状態に陥った形跡があった。

普段、平和な街だけあってか、その手の事件はめったにおきないと言って良い。
しかし、城の付近に落ちたと言う雷が、その事件の大きさに拍車をかけているのも、一つの要因だ。
雷を操る魔法は使用する者を選ぶと言われている。
事実、雷の魔法……ライデインと呼ばれる魔法を使えるのは僅か一握りの人間であり、それもある血統の人間にしか使えないのが、その要因であろう。

その血統こそが、ヴィルヘイム家を含む勇者達の始祖である。
どの様な存在であったかは分からないが、ある意味で圧倒的とも言える力を持っていた事は推測できた。
ルーファスはただ瑣末な事だと考え直すと、城へと続く並木を歩き続けた。
昔……メルクリウスが病に侵され、その病は身体を侵蝕していたことに気付き、オルテガと共に旅に出るはずであったメルクリウスを留めさせる為に、オルテガに全てを話した。

無言のままルーファスの話を聞き、オルテガは一人で旅立つ事を決意した。
本来ならば、オルテガと共に旅に出る事で魔王を打倒する事が正しい事だと思う。
そうすればオルテガは死ぬ事はなかったし、今頃魔王を打倒して平和が訪れているはずだったのだ。
それは今でも同じで、ルーファスはオルテガの死はメルクリウスを旅立たせなかった自分のせいでもあると、考えていた。

オルテガの死は誰のせいでもない。
メルクリウスを共に旅立たせなかった事も、彼が病に侵された事も、全てが偶然である。
その偶然が重なった結果が、オルテガの死である。
しかし、それでもルーファスもメルクリウスも、オルテガを死なせたのは自分だと、考えてしまっていた。
愚かと言えば愚かな事だ。
紅の称号を得たメルクリウスは酒に溺れ、青の称号を得たルーファスは医師の腕を堕落させた。

しかし、その二人を立ち直らせたのはオルテガの息子のアルフレッドであった。
真っ直ぐで純粋な瞳は、二人にとってはまぶしすぎた。
オルテガの死を招いたのは自分だと責めていたからこそ、アルフレッドの視線が怖かった。
それでも、真っ直ぐに受け止めて、メルクリウスは病に侵されながらも再び剣を取り、アルフレッド達に剣の指導を行っているのを知った。
その事を知ってから、再び医師としての腕を振るう事を決意した。

数年後には城下町でも有名な医師となっており、青の称号を返上した馬鹿としても有名になっていた。
だが、実際は青の称号を持ったまま城外へとでて活動を行っていただけで、依然としてルーファスは青の称号を得ている人間でもあるのだ。
城の門の前にたどり着き、城を見上げながら苦笑を浮かべてしまう。
門をくぐり、場内へと入るとまず目に付いたのが事件の惨状を表す壁の崩壊と、夥しいまでの血痕だ。
被害はエントランスホールだけだったのが幸いで、もし中へと入られていたならば、国王の殺害はもちろんの事。
城内の人間の命が断たれ、アリアハンは亡国への道を歩んでいただろう。

それを防いだのが、今現在自宅にいるアルフレッド達である。
英雄の子はやはり英雄か、ルーファスは心の中で呟き、城の中を歩いて行く。
階段を登ろうとした所で声をかけられ、止められた。
振り返ると武装した兵士が数人居り、手にしている槍の穂先を向けていた。
それを見渡した後、武装している兵士が若い事に気付き、苦笑する。

その苦笑を嘲笑に見えたのか、突いた。
不意打ちであったのにもかかわらず、ルーファスはその槍を掴み、鼻先で止めた。
兵士達の間に動揺が走る中、ルーファスは力を込めて槍を捻じ曲げた。
人外ともとれるその力を振るう事無く、手を離すと口を開いた。

「青の騎士・ルーファス=アンダンテだ。国王に呼ばれた為、謁見に来ただけなんだがな……なんで、槍を向けられなきゃいけねぇんだ?」

青の騎士。
それは、騎士団の中でも最高位の位の騎士である。
紅の騎士と青の騎士。そして、黒の騎士の三つが騎士団を率いる者達の称号である。

紅の騎士・メルクリウス=ガーランド

青の騎士・ルーファス=アンダンテ

黒の騎士……空位。

と言うのが現在での三騎士の位の状況であった。
しかし、メルクリウスの死により、紅と黒の位が空位となってしまった。
青の騎士であるルーファスも既に齢40に近い年齢に達している。
若い兵士達は壮年の男の眼光に怯みながらも、ルーファスから視線を逸らそうとはしなかった。

と、その時だ。一人の女性が顔を見せた。
艶やかなストレートの黒髪が揺れ、兵士達を一瞥した後、ルーファスを見る。
愕いたような顔を見せた後、その小さな口を開いた。

「久しぶりですね。ルーファス様」

「あぁ……そうですね、お久しぶりです。相変わらずのお転婆姫ですか?」

「もう、その事は忘れてください。 お兄様なら、謁見の間で大臣とチェスでもしているはずですので、早く行ってください」

「いやいや、すまんね。それじゃ、そこの兵士達の説教を頼みました」

「はいはい。それでは、早く行ってください」

姫と呼ばれた女性は苦笑しながら、ルーファスの後姿を見送った。
その背中は騎士としてこの白に詰めていた時と変わらず、大きく広い背中だった。
騎士の中の騎士。雲の様に自由奔放であったメルクリウスと相反する様に、己を強く律していた。
姫は何も言葉を発さず、昔と変わらない大きく広い背中を見つめていた。

階段を上がり、大きな扉を開けて謁見の間へと入る。
広い部屋で赤い絨毯がひかれ、二つの玉座まで伸びていた。
部屋の中央まで歩き、片膝をついて頭をたれる。
チェスをしていた国王がルーファスに気付き、口を開いた。

「久しぶりだな、ルーファス。 お前の噂は聞いてるぜ」

「あの小さかった王子が、大きくなったものです」

「ガキから大人になるまでは短いもんさ。大人から成長していく分にはもっと早いがな」

「そうですね。あのお転婆姫も大きくなりました」

「ハハハッ! いつも、兄様兄様、と俺の後を追ってきていたアイツがもう二十を超えてるんだからな」

「おや、良い相手が居ないので?」

「アイツの言葉ではそうなるな。兄としてはせめてアスラルーン家か、ヒルベルツ家の長男辺りがいいと思うんだが……ルーファス、アンタは如何思う?」

「別に誰でもいいのでは?」

「おいおい、大事な妹の大切な話だぞ? お前が貰うとか言わねぇん?」

「40を超えてる俺に言う台詞じゃないぞ」

「それはそれ、これはこれだ。アンタになら、妹を任せられる」

「そんな事よりも、被害状況の報告とかはないのか?」

ルーファスはあきれながら立ち上がり、腰に手を当てながら呟いた。
国王……外見からして20の半ば頃だろうか、黒い髪を纏め上げ王冠をその頭上に光らせている。
頭上の王冠から発せられるのは威圧とも取れる威厳だ。
鋭い眼光と相まって、王としてのオーラを放ちながら大臣とチェスに興じている。
玉座に座り、王衣を纏った上からでも分かる引き締まった体格は、何らかの武術を修めているのが見て取れる。

クライスト=ディオ=ヴェルフェール=アリアハン。

六年前、先代国王の逝去によって僅か20にて国王の座についた青年である。
国王の死には不可解な謎も多く、貴族達の間ではクライストの毒殺と囁かれている。
その事実は闇の中だが、クライストの政治の手腕と人心掌握術は天賦の才と呼べるモノで、僅か一週間足らずで国の重臣を掌握するに至った。
また、前国王とは違いある程度の野心を抱いている。
その野心は世界征服などと言う馬鹿げた者ではなく、完全な鎖国を行いこのアリアハンと言う国を保護する為の物だった。

バラモスの脅威を感じているのか、それとも別の理由なのか分からないが、アリアハンを外界からの接触を拒否し、小さな島の中での生活を余儀なくさせたのである。
それはアリアハンが肥沃な大地を持つからこそ出来たことであり、他の島国ならばできなかった事だろう。
クライストの先を見る力は確かなモノで、鎖国を行って以降は魔物の被害も少なくなっていた。
その反面、他国からの情報は少なく、世界情勢から取り残されると言った欠点もあった。
情報面での遅れを補う為に、毎年二度交易を行い他国からの交易品を仕入れると同時に世界の情報を仕入れ、世界情勢を探っているのである。

極めて合理的ともいえるが、年に二度の情報収集ではその情報自体が古くなっているという事もあり、依然として世界情勢から取り残されているのが現状だった。
そういう状況であるが故に、現在のアリアハンは極めて脆い。
砂上の楼閣、とまでは行かないが危ういバランスで保たれているというのは確かだろう。

他国からの交易品によって貴族を相手に成り立っていた商店も次々と店をたたみ、その店で働いていたものたちは当然ながら失業し、僅かな蓄えと内職をして生計を立てていた。
しかし、僅かな蓄えな為に、新たな職を探すのだが肝心の職が無い、と言う状況が続いていた。
クライストはその現状を打破するのはきわめて早かった。
国有地の開拓と開墾のお触書を出し、収穫量が多かった田園事に収穫量に応じた給料を出す事によって新たな田園地帯の開拓に成功させた。
結果。新田の開拓、作物の収穫量の向上、失業者に対する職の提供、と言う三つを難なく提供し国民の不満を解消したのである。

この事によってクライストの政治手腕を認めざるを得なくなった貴族達は、挙ってクライストに取り入り始めた。
貴族達に対して最初は好き放題させ、賄賂や横領、物資の横流し等に目を瞑っていた。
無論、その事は既に国民に知れ渡っており、クライストは貴族主義者だという声が上がり始めていた。
時間にして約1年。クライストは動き出した。

『腐った貴族なんぞ国を良くする為にはいらん。 ただのごみクズ以下に貴重な財宝はもったいないだろう?』

その言葉を発すると同時、今まで汚職や横領などを行っていた貴族全ての家へと立ち入り、調査を開始する。
無論、それは唐突に行う事で、罪状を隠す暇を与えなかった。時折、一週間の間が空いたり、一日で十件もの強制捜査を行うことも稀ではなかった。
またこの事件はクライストに対する恐怖を貴族達に植え付けるだけでなく、彼の有能さを国民にも知らしめる事件となった反面、恐怖政治的な側面も与えていた。
だが彼の性格と、国民のアリアハン城内への出入りを自由にした事から、彼がどれだけ国民を思っているかも理解できた。
それゆえ、恐怖政治にはならず国民は自由を謳歌し、重要な部分以外には城に入る事を許され、運がよければ謁見して話をする事も出来る。

これも彼の人柄から来る人望だろう、とルーファスは目の前の若き王を見ながら、心の中で呟いた。
ルーファスの視線に気付き、クライストは視線を向けた。
飄々とした顔だったが、大臣の一手でその表情を曇らせ始めた。
次第に、むむむむぅ、と唸り声を上げ始め、大臣はその表情を崩して苦笑を浮かべている。
年相応……と言うには歳をとりすぎているのだが、クライストはウガァァァッと言う叫び声と共にチェス盤の載ったテーブルをひっくり返すのだった。
だが、年の功と言うべきなのだろうか、大臣はチェス盤を両手で持ち上げて玉座の後ろへと移動し、ひっくり返したテーブルを片足で起した後、散らばったチェスの駒を数個づつ蹴り上げてテーブルの上に乗せ、チェス盤を置いてその場に佇む。

この大臣。若き頃に二代前の国王に仕官し、騎士から出世して現在の地位を受け賜ったたたき上げの人間なのだ。
騎士に通じ、政治に通じる人間は数少なく、その数少ない人間が彼……アルバトロ=ファヴニールである。
大臣でありながら現在国王の右腕であり、クライストの教育係も勤めた逸材であり、あくまで噂であるが実権はアルバトロが握っている、と言う噂もあるほどだ。
クライストに政治、武術、人心の掌握を教えたのはアルバトロである。
政治的手腕に長けたのも人心掌握術が優れているのも、クライスト自身のもつ天性の才でもあるのだ。
でなければ20代の半ばを過ぎた人間に、一国を背負えるほどの覚悟は無い。
幼き日から国を良くするために学び続けていたクライストだからこそできた諸行なのだ。
アルバトロはいじけ始めているクライストを見て、小さなため息をついて口を開いた。

「それで、ルーファス。 先ほどの申請を受けてくれるのか?」

「えぇ、受けるしかありませんよ、先生。 それと、一つ許していただきたい事が」

「ん? なんだ、許すって」

「……本日。 今、この時を持って青の騎士の称号を返却したい」

「ほぅ、騎士団最高位の称号を返却するか。 だが、代わりはいるのか? 紅の騎士・メリクリウス=ガーランド、青の騎士・ルーファス=アンダンテ、空位である黒の騎士に就けるほどの騎士が、今の世代の騎士には居ないのは俺にもわかる。 騎士を育成するにも時間は無い、城の防備も考えればな」

「……紅の騎士にはリューザス=ウェイン=ヒルベルツ。青の騎士にはカイ=イグニアス=アスラルーン。そして……黒の騎士にはアルフレッド=ディオス=ヴィルヘイムを推挙致します」

「……ほぅ、騎士の名家と魔法使いの名家、そして落ちぶれた旧家の推薦とは、また面白いな。 その理由を聞かせろ」

「リューザス、アルフレッドの両名はいまだ若輩ですが歴代最強といわれたメリクリウスに師事を仰ぎ、16でありながらその才能を開花させております。 本日における戦闘において、負傷したものの死亡しなかった事がその証明です。 また、カイは潜在的な能力はきわめて低い。ですが、それ故に才能を持ったものを凌駕しうる戦闘方法を確立し、リューザス、アルフレッドと比肩する才を有しております」

「なるほどねぇ。剣において天性の才を持つヒルベルツ家の末っ子とヴィルヘイム家の時期当主の二人に、アスラルーン家の末っ子が努力のみでその二人が立つ頂にたどり着くと、そういう確信がルーファス、お前にはあるのか?」

「えぇ。カイも、メルクリウスに指示を仰ぎ、二人の天才を追いかけ続けていましたから、その素質も基礎も十分です……後は実践を積ませる事が重要でしょう」

「……わかった。お前の推挙は考えておこう。だが、経験不足の人間をつかせるわけにはいかんしな、今年の騎士団の入団試験にトップクラスで合格すれば考えておこう」

「ありがとうございます。 それでは、私はこれで」

「あぁ、わざわざすまんな。 明日からはお前なりのやり方で兵士どもを鍛え上げろ……メルクリウス並にとは言わんが、せめてメルクリウスの半分程度までは育て上げろ」

「それは……命令で?」

「いや、命令じゃない。 ただの独り言ととっとけ、やるやらないもやり方もすべてお前に任せる」

「あぁ、そうですか。それでは」

ルーファスは踵を返し、謁見の間を後にする。
その背中を見つめながら、クライストは微かに笑みを浮かべていた。 青の騎士・ルーファス=アンダンテ。
彼の名は国内外に問わず有名である。アリアハンと言う小さな島国でありながら、国外に知れ渡っている。
騎士でありながら医師として活動する、騎士としては異質ともいえる存在である為に噂になったのだ。
医師としての腕も一流で、剣の腕もではメルクリウスの劣るとしても、一流といえる。
異質な騎士としてロマリア、イシス、サマンオサである程度話題になったこともある。

過去のことである。だが、気高い男に剣の手ほどきを受け、彼の志想はクライストの目指すところでもあったのだ。
弱き存在である民を護る為には力が必要だ。
若い頃……と行っても4〜5年前なのだが……王としての資質はあるとは思えず、城を抜け出し、身分を隠して馬鹿をやっていた。
馬鹿をやっていた頃に民衆の暮らしに触れ、国王が何を護る為に奔走しているのかを知る。
次第に、資質があろうとなかろうと王位を継ぐ事を決め、今まで受けた事がなかった政治に対して学び始めた。
最初は良くわからなかったが、他国との外交方法を初めとして様々な事を学んでいった。

クライストは懐かしい事を思い出しながら、すぐ隣にある小さなテーブルの上にあるチェス盤へと目を向けた。
ふむ、と冷静になった頭で思考する。
抜け穴があったのを見抜いて、兵士の駒を取って騎士の前へと置いた。
その一手に、アルバトロは眉を顰めてチェス盤を見つめると、思考に入った。
昔から見知った大臣を尻目に、階段を下りて行くルーファスの背中を見る。
やはり、自分が始めて尊敬した存在だと、思うのだった。

「やっぱり、あんたは俺の目指すべき人だよ……青の騎士・ルーファス=アンダンテ」

クライストは誰にも聞こえないように、小さく小さく呟いた。
階段を下りると、ルーファスは小さく息を吐いた。
面倒ごとを押し付けられたな、と思いながら城門へと向かって歩き出した。
やらなければならない事がある。次世代の騎士達の育成と、新たなる称号を得る騎士を鍛えなければならない。

アルフレッドは以前から言っていた通り、16を迎えた日に子の国を旅立つだろう。
それは勇者としての旅立ちではなく、ただ一心に父親を殴りに行くための旅立ちだ。
彼を勇者と讃えるか、それとも愚者と罵るかは、彼を知る者ならば二つに別れるだろう。
幼い彼を知るならば勇者と、最近の彼しか知らないならば愚者と。
それでも、彼以外に三つの称号の頂点にたつ黒の騎士に相応しい人物が居ないと、言い切れる。

城を出て家へと向かって歩く。未だ、混乱は収まっていない中を歩き、煙草を取り出すと咥えて火を点ける。
息を吐き、紫煙が四散して散って行く。まだ過去の事を悔いていた。
だが、その過去があるからこそ今があるのだ。過去を悔いているからこそ、新たなる騎士の育成を引き受けた。
自分のもつすべてを受け継ぐべき者を見出す為に。
とは言うものの、自分の全てを託せ売る人物は一人しか居ない。

魔法使いの名家に生まれながら、魔法の才を持つ事無く生まれたカイ=イグニアス=アスラルーン以外に、後継者は居ない。
自分にも剣術の才能も魔法の才能も無かった。
あったのは、ただ見たものを空間的に把握する、と言う力だけであった。
それ以外は毎日の様に鍛え上げた結果だ。結局は魔法など使えず、医療技術によってこの地位を得た。
カイを見ていると昔の自分を思い出し、僅かに苦笑してしまう。
過去の己と重ね合わせた少年が、何処まで伸びるかは分からないが、努力をする人間にこそ騎士の頂点の一角に相応しい。

ルーファスは、明日からのメニューを考えながら家路についていた。
夕暮れの町並みはいつもと変わらない。
多少、戦火の後はあるが、それでも人々はいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
家へと帰る頃には日がくれており、家の明かりがついている。
あいつ等まだ居たのか、と心の中で悪態をつき、ドアを開けて中に入って行く。
中に入り目に映った光景は、包帯を巻かれて倒れているアルフレッドに心臓マッサージを施すリューザス。
その視界の隅で医学書を読み漁りながら強心作用のある薬を調合しようと躍起になっているカイと、緑色のおかゆみたいなモノが入った小さな鍋を持ったままおろおろと右往左往するリオ。
視界に入った光景を見渡した後、ため息をつきながら口を開いた。

「なんだぁ? なんかあったのか?」

「オッサン!!早く、リオさんが作った料理捨ててきてくれ!!!」

「はぁ? まさか、嬢ちゃんが作った料理が不味すぎてそこの坊主が瀕死状態ってワケか?」

「言いたく無いけどあたりです!! 強心作用の調合ってどうやるんですか?!!!?!」

「ちょ、ちょっと、カイ! 私の料理が不味いって言うの?!」

「あー嬢ちゃん、ちょっと黙ってろ」

ルーファスはリオに近づいていき、手にしている料理と呼ばれているモノを覗き込む。
漂う香りは汚臭に近く、顔を背けてしまいそうな匂いだった。
数種類の匂いをかぎ分けていき、原因となった匂いを特定する。

「なるほどねぇ……毒草を使ったのかお前。 そりゃ、死に掛けるわけだ」

「え?」

「姉さん?」

「おーい、毒草と普通の妙薬の見分けがつかない宮廷魔術師はだめだろおい!!」

いっせいに非難を浴びて、目じりに涙を溜めるリオ。
歳相応ならば可愛げがあるのだが、27を迎えた現在では子どもっぽいといえるだろう。
ルーファスは白衣を脱ぎすてるとカイの元へと歩いていき、数々の薬草を無造作に選んですり鉢の中へと放り込んで行く。
目でカイに合図を送ると、カイは瞬きを数度した後すり鉢で薬草を摩り下ろし始めた。
腕を巻くりあげ、心臓マッサージをしているリューザスの隣に立ち、ビクンビクン、と痙攣気味のアルフレッドの目を覗き込む。
完全に瞳孔が開いており、かなり危険な状態だ。

胃の中に残っている毒素を吐き出させるため、腹部を殴りつけた。
食べた者を無理矢理逆流させる一撃を喰らってアルフレッドは、先ほど食べたモノをすべて吐き出した。
次いで、水を口に突っ込んで無理矢理に飲ませる。意識は僅かにある様で、喉を通って胃へと流れ込んで行く
。 ふと、それを見ていたリューザスがあることに気付き、言葉を発した。

「お、おい、オッサン!! それ、酒だぞ!!」

「え? マヂ?」

「マヂだ!!」

「あーあ、晩酌で飲んだ後放置してたのが不味かったか」

「仕事場で飲むんじゃねぇよ!!」

「あーうるさい、黙れ。 それに、コイツなら大丈夫だろ」

なんつー楽天的な医者だ、とリューザスは心の中で罵倒しながらアルフレッドを見る。
顔色は未だに悪いが、カイがすり鉢で薬草をすりつぶし終えてそれを持ってきた。
ルーファスはその中に酒を少量入れて、水とその他色々と入れてアルフレッドに無理矢理飲ませて行く。
医療行為どころの話では無いが、こう見えても腕は一流なのだから信頼するしかない。
クスリを飲み干させると、アルフレッドはぱったりと動かなくなった。

「おっさん……ホントに大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、後はゆっくり寝かせときゃ治る。 それより、あの嬢ちゃんはどうしてる?」

「フィアナのこと?」

「あぁ……傷が深いくせに、一部分だけがある程度の治療が施されてたからな。特に左胸の傷跡が著しい」

煙草を咥えて火をつけ、煙を吐き出しながら言う。
鋭い洞察力だ、とカイは思う。リューザスは黙り込み、何も言おうとはしなかった。
リオはまだ先ほどの弟の一言でへこんでいるのか、うなだれて部屋の隅でいじけている。
ルーファスは傷口をみて、思考をめぐらす。

槍による一突きだと推測し、その傷口に触れた。
傷口はほぼ塞がっており、他の傷よりも古い印象を受けた。
彼女が戦った相手は強敵だと考え、それによって戦闘を思考する。
実力は伯仲と言うわけではなく、かなりの実力者との戦いだったのだろう。身体に刻まれた傷はそれを物語っており、傷口は未だ生乾きだ。
意識は回復しておらず、深い傷による意識不明と言う状態が維持されている、といった所だろうか。
ほうっておいても大丈夫そうだが、流石に傷だらけの身体ではだめだろう、と考えてルーファスはリューザス達を帰らせることにした。

リューザスはブツブツと文句を言っていたが、殴って黙らせてカイとリオに家まで送ってもらうこととなった。
一人になり、腕をまくる。筋肉質だが細い腕をあらわにし、フィアナの服を脱がせて行く。
医師としては当然の行為だが、意識を失っている少女に対して何故か罪悪感を覚えながら、作業を進めていく。
服を脱がし終えると、ルーファスは目を細めて身体を見る。

均整の取れた身体で、戦闘用とまでは行かないが鍛えられた体つきだ。
しかも、骨折の形跡や様々な傷跡が残っており、眉をしかめた。
傷ついたからだで、殆どの傷は古いものだ。唯一真新しい傷跡は今日の戦闘でついた傷だ。
僧侶である事を鑑みれば、この傷は不自然すぎる。
ルーファスは傷の処置をしながら、思考の海へと意識を埋没させて行くのだった。

そして、アルフレッドが意識を取り戻したのは二日後の朝の事だった。
一度、意識を取り戻したがその後にまた意識を失ったようだ。原因は分からず、首をかしげて記憶を漁る。
しかし、思い出そうとした瞬間、胃がズキズキと痛み始めた上に、吐き気も催してきたのでその事を思い出す事を辞めにして周囲を見渡した。
直隣のベッドに、包帯を全身に巻いたフィアナの姿がある。
身体が痛むがベッドから降りて、フィアナに触れた。小さな寝息にも似た呼吸をしており、安堵の息を吐き左胸を抑えた。
ズキズキと痛みを発し、アルフレッドの精神を蝕む痛み。二年もの歳月が流れたにもかかわらず、この痛みは絶えず付きまとう。

喉が渇き、水を飲む為に部屋を出ようとして気付いた。
自分の部屋ではない。見た事がある部屋で、薬品棚があり、調合した薬とその形跡が目に入り思考する。
覚えているのは城での戦闘と、死んだはずのフレイアがバラモスの配下になっていたこと、槍を持ったロキと言う男の撤退する後姿だ。
恐らく、自分が限界以上の力を発揮し、その負荷によって意識を失ったのだと、おぼろげに判断して立ち上がる。
身体の痛みは無い。あるとするならば変わらず痛みを発し続ける左胸の痛みのみだ。

冷静に今いる場所を思い起こして、思い出した。
ここはルーファス=アンダンテの住まう家だ。何度も出入りした事があるので、見覚えがあるわけだ。
アルフレッドはかって知ったる家の中を歩き、水をグラスに注いで飲み干した。
喉が渇いているのか、もう一杯水を飲んでからベッドへと戻っていき、腰を下ろした。
ため息をつくと同時ぐらいだろうか、足音が聞こえてきてそちらへと視線を向ける。

大きな欠伸をし、着ている服の上からお腹を掻きながら一人の男が姿を見せた。
知っている男だった。昔から何かと世話になっている医師・ルーファスだった。
眠そうな顔をしながら水を飲み、アルフレッドの元へと歩いてくる。

「よぅ、目を覚ましたか」

「……あぁ。あの後、どうなったんだ?」

「あの後って……あぁ、襲撃の後のことか。 それは、あの二人が来てから話してやるからよ、ルイーダの店で飯を食いながらでも話そうや」

「分かった。 一旦、家に帰って汗を流してくる」

「あぁ、そうしろ。 俺も少し疲れたからな」

「どういう事だ?」

「まぁ、それは後々分かるこった」

また一つ、欠伸をしてルーファスは二階へと消えていった。
隣のベッドに眠るフィアナを見て、アルフレッドは少しだけ表情を崩す。
優しい顔だった。常に仏頂面の彼が浮かべる顔は、かつての彼の顔だった。
今では仏頂面以外の表情は珍しいが、嘗てはこの様に優しい顔を浮かべていた。
頬に触れて、そのまま顔を近づけて行く。
唇が触れるか触れないかの距離……ではなく、視界一杯にフィアナの眠る顔を収められる距離まで近づけ、アルフレッドは静止する。

「なにやってんだ……俺は」

自分の行動に呆れてしまい、ため息をつくと背を向けて歩き出した。
ルーファスの家を出て、自分の家へと向かって歩く。
目と鼻の距離とは言え傷ついた身体にはまだきつい距離だ。
太陽は完全に昇っているが、人通りがまだ少ないのは幸いといえば幸いだっただろう。
けれど、アルフレッドは考えながら歩いていた。

昨日、と言うべきだろうか。たった一日しか経ってないみたいだが、身体がどうも気だるい。
まるで何日か眠り続けていたように、身体が重かった。
それでも、アルフレッドは家に帰って部屋に入る。
何故か懐かしく思え、綺麗に掃除された部屋を見渡してから、ベッドに腰を下ろした。

なにもする気が起きない。いつもの事だが、今はなおさらだった。
久方ぶりにフィアナと再会したのは良いのだが、大した話も出来ずに今の状態になっていた。
そして、自分の弱さに呆れてしまい、自分の手を見た。
剣を握って十年以上が経つ。毎日の様にリューザスと剣を交えつつ、メルクリウスに指導を受けていた。
毎日剣を振るった結果、同世代の少年達よりもゴツゴツとした手になっていた。
修練の証であり、強さの証でもあった。

ベッドに寝転がって、天井を眺めながら今までの記憶を手繰り寄せて行く。
色々な事が一日で起こりすぎていたため、忘れると言う方が無理で容易く思い出す事が出来た。
思い出したくない忌まわしい記憶が、フラッシュバックする。








血にぬれた剣。




達友親のけらだ傷イカとスザーュリるいて見と然呆





血に塗れた自分




女少るいてれ倒し流を血





手当てをするために魔法を詠唱している紅の騎士メルクリウス




分自な力無ドッレフルアいな来出かしとこる見と然呆だた





動く事なく横たわる彼女フレイア








そして、アルフレッドは叫んだ。
肺の空気をすべて吐き出しながら叫んでいた。

「あ………ああぁぁぁぁぁあああぁあぁああぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」

その声は、朝日を浴び始めた朝霧の街中に響き渡った。
左胸を抑えながら、アルフレッドはうずくまる。
既に起きていたのか、先ほどの絶叫で起きたのか分からないが、ミリアがやってきた。
うずくまって怯えているアルフレッドを見て、駆け寄る。
汗を掻きながら、ミリアに『来るな』と言う意思表示を見せた。

どれぐらいの時間が過ぎたのかは分からない。ミリアはただ、少し離れた場所でアルフレッドを見守っていた。
アルフレッドは脳裏に浮かぶ、あの時の事を克服しなければならない。
でなければ、敵となったフレイア……ヴィシュヌとの戦いに勝利する事が出来ないからだ。
ロキと言う槍使いにも、未だ遠く及ばない現状で旅をするのは、勇敢ではなく無謀だ。
長い旅路なる中を致命的な欠点を抱えたまま旅をするのは、正しく無謀といえる。

克服しなければならないが、そう簡単に克服できるものでは無い。
頭の中では理解している。けれど、早急に克服しなければ、近い将来に致命的な欠点と浮き彫りになるのは、分かりきった事だ。
この間の戦闘においてもその欠点ゆえに、劣勢どころか殺される寸前まで追い込まれる所だった。
時間が過ぎていき、アルフレッドにミリアが近づいて行く。

無理矢理に呼吸を落ち着かせて、近づいて行くる母親を見上げる。
珍しく険しい顔をして、アルフレッドの顔に触れた。

「無理をするのは愚者がすることです、貴方は愚者ではないはずですよ?貴方が負った傷は共に歩むべきモノであり、消せないもの……違いますか?」

「……そうだな」

「それじゃ、私は下にいるからあまり無理してはだめよ?」

「わかった……」

短い会話だった。ミリアは僅かな逡巡を見せたが、何も言わずに部屋を出て行った。
僅かに怒気を感じたのは気のせいではなく、アルフレッドは手で目を覆ってため息をつく。
無理をしているつもりはなかったが、他者から見れば明らかな無理だったのだろう。
アルフレッドはただため息をつくことしか出来ず、時間は過ぎて行く。
最後に一度、大きなため息をつくと汗を流す為に、風呂へと足を向けた。
服をすべて脱ぎ捨て、風呂に入る。既に日は昇りきって鶏が鳴いている状態だ。

汗を流し終えると、再び部屋に戻って服を着て直に家を出た。
大通りへと通じる道を通り、大通りに出るとルーファスの姿があり、軽く手を上げてきた。
アルフレッドは湿り気を帯びた髪のまま、ルイーダの酒場へと向かう。
道中、何も喋らずにいた。沈黙は慣れているのか、二人ともなにも喋る事無くルイーダの酒場に着き、中へと入って行く。
店の中には数人の客と、見知った顔が二つあった。
リューザスとカイの二人で、同じテーブルにルイーダが座っており、二人の姿に気付くと慌てたように駆け寄り、アルフレッドの顔を挟むようにして掴んだ。

「アルフレッド、怪我はもう大丈夫なの? 痛いところは、ない?」

「……大丈夫だ、そう心配しなくてももう治ってる」

「そう……よかった。リューくんとカイくんに話を聞いて、心配したのよ?」

「すまない……心配かけて」

「いいのよ。でも、旅立ちまで後二日しかないけど、大丈夫なの?」

「あぁ。大丈夫だ」

苦笑しながら、姉のような存在であるルイーダから離れて椅子に座った。
リューザスは右腕を釣っており、カイは左目の辺りに包帯を巻いている。
先日の戦闘によって負傷した傷だ。アルフレッドにも小さく目立たない傷がある。
椅子に座ると、ルーファスは集めた三人の顔を見渡した。
三人ともがどこか沈痛な面持ちで、何も喋る事無く、ルーファスを注視している。

「さて、お前達に集まってもらったのはな、ある事を話しておこうと思ってな」

「なんだよ、そのある事ってのは」

「簡潔に言う。お前たち三人を『天現』に推薦した」

「……それはなんの冗談だよおっさん。俺達を騎士団最高位の称号に推薦するなんて、頭がおかしいんじゃねぇか?」

「別にいたって正常だ。それにな、クライストも先生も当然って顔で受け入れたぞ」

「陛下を呼び捨てにするのは如何かな、って思うけど……なんで僕まで?」

「アルフレッドとリューザスには剣の才がある。けれど、お前には無い……それこそが、お前を推薦した理由だ」

「理由になってないよ!!」

「落ち着け、カイ。 俺達三人は紅の騎士……メリクリウスのおっさんに師事していた、それが理由じゃないか? 才能が無いって言うのは、逆に自分自身の強さを弁えているってことで、冷静さと修練を積み重ねれば才能を持つ者を凌駕する可能性がある、そういうことだろ?」

「流石、と言うべきか。現王宮守護騎士筆頭よりも頭が回るな、リューザス」

「アイツが体力馬鹿なだけだ」

「いうねぇ、お前も」

ルーファスは苦笑しながら、三人を見る。
騎士としての実力ならば今は兄・アルケイン=ガスト=ヒルベルツの方が上だろう。
しかし、人格や知識を鑑みれば、完成度としてはリューザスの方が高い。
騎士になるには体力、剣技だけではなく、知識と教養も必要になる。
それ故、難関とされる騎士団採用試験を合格する者は年に数人ほどなのだ。

難関を突破しても天現と称される地位に上り詰めるには、それこそ血を吐くような努力の末にたどり着く事が出来るアリアハン騎士団の最高位の地位である。
メルクリウス=ガーランドは、入団試験後に天現候補として入団。
僅か4年後……20を数えた時に紅の地位につき、オルテガと並び称される程の騎士となる。
紅の騎士の称号を得て数年後……アルフレッドが5歳の頃にオルテガはバラモス討伐の旅に出た。
本来ならばオルテガと共に旅に出るはずであったが、病に侵されているとルーファスに告げられ、無理矢理アリアハンに留まらされた。
結果……オルテガの悲報を聞く事となり、メルクリウスは紅の称号を捨てようとしたが、クライストの発案によって天現の称号を所有したまま騎士団の番外要員として登録された。
同じ時期に騎士団を退団したルーファスも同じ処遇が施され、現在に至る。

本来ならば16を迎える自分達が得られるような地位ではない。
リューザスの兄でさえその地位に程遠いといえる場所にいるのに、すんなりと辿り付ける地位ではないと思っていた。
不安と言うよりも、漠然としすぎていて言葉に出来なかった。
三人の視線がルーファスに集中し、ルイーダは普段とは違い大人しい。

「……俺は辞退させてもらうぜ」

「そういうと思ったよ。 けどな、クライストはお前の事を認めている、それだけは心にとどめておけ」

「わかった」

「そういえば、アルはやっぱり……旅に出るの?」

カイの質問に対して、アルフレッドは頷きで答えた。
そっか、とカイは小さく呟く。その顔は読み取れないが、僅かに後悔があった。
恐らくはリューザスと共に旅立つつもりだった幼馴染を見送るだけしか出来なかった自分。
戦力外と言われているようなモノで、悔しくて仕方が無かった。
だからなのだろうか、夜は父を初めとした家族に魔法の抗議を受け、魔術公式の構築を行いながら二本のダガーを使い、修練を行っているのは。
強くなりたいという理由もあるが、それ以上に同じ師を持った友人においていかれるのは癪だからだ。

無論、アルフレッドもリューザスもカイが修行しているのを知っている。
カイが強いという事も知っているが、それ以上に彼は優しすぎる。それ故に旅に出る事を伏せていたのだ。
それはリューザスの判断ではなく、アルフレッドの判断である。

「……あぁ。元々の予定通り、俺が16になれば一人ででも旅に出るつもりだ」

「危険すぎるよ……パーティを組んで行った方がいい」

「お前等の傷が言えるまで待てってのか? 俺はな、1秒でも早くあの野郎を見つけて、奥歯をへし折る位殴らねぇと気がすまねぇんだよ」

「憎しみ……か。生きる糧にもなるが、道を間違えるきっかけにもなるオルテガをあまり憎むなよ、アルフレッド」

「憎しみなんかじゃねぇ、ただ……一発殴りたいだけだ」

アルフレッドはそういうと、目の前にあるエールを飲んだ。
酒を飲めるのは成人になる16を過ぎてからだが、アルフレッドは昔から良く酒を飲んでいた。
メルクリウスの相手をしたり、ルーファスの相手をして必然的に酒を覚えていた。
無論、酒にあうつまみの作り方も心得ている。
そのせいなのか、それとも父親のオルテガと同じなのか、ざるだった。
何度も一緒に酒を飲んで潰されたか、とルーファスはエールを飲むアルフレッドを見て心の中で呟いた。

「ま、目的があるなら執念でたどり着くだろ。 話はさっきした通りだ、後は飯食って騒ぐぞー」

「結局お祭り騒ぎかよ、てめぇ」

「お祭り騒ぎ、ってワケじゃないさ。 ただ、メルクリウスへの末期の酒ってやつだ」

「……わかった。付き合ってやるよ」

アルフレッドとルーファスの二人が席を立ち、5Gほど置いて店を出て行った。
残されたリューザスとカイは、顔を見合わせてため息をついた。
痛みは無いが、動きが鈍い利き腕をみて、リューザスはまた小さくため息をついていた。
戦闘に参加したのは良いが、大した役に立てずに気絶してしまい、メルクリウスの死を目の当たりにした。
情け無い。ただその思いだけがあり、ルイーダは二人を見つめながら苦笑していた。

三人を良く知っているからこそ、笑みがこぼれていた。
幼馴染で剣の修行を共にしていたから、悔しいという思いが生まれていたのだ。
エール酒を呷りながら、ルイーダは二人の事を見つめていた。

「リュー……アルを本気で見返そう」

「全くだ。あんな言い方されりゃ、意地でもついていってやる」

「子どもねぇ……アルくんの言うとおり、暫らくやめときなさい。無理して死んだら意味無いじゃない」

彼女はたくさんの死者を目の当たりにした。
鎖国をする以前。母が経営していた酒場に立ち寄る旅人達の話を聞きながら育ったルイーダには、旅人の話は楽しかった反面、怖かった部分もある。
遺跡を暴いて秘宝を手に入れたりと、様々な悪行ともいえるような自慢話を聞いた事がある。
けれど、それ以上に、話をして顔を知っていた人間の死を、風の便りで聞いた時は悲しかった。

母が引退して店を継ぐと、今まで以上に酒場での顔見知りが死んでいった話を聞き、ルイーダは次第に悲しみを感じなくなった。
あまりに死の話を聞きすぎたため、感覚が麻痺してしまったのだ。
旅人は常に死と隣り合わせ、死んだのはその旅人が弱かったから、若しくはその旅人の自業自得だ。
けれど、ルイーダはアルフレッドが旅立つ事に、一抹の不安を覚えていた。

二度とアリアハンに帰ってこないのではないか。
二度と会う事が出来ないのではないか。
そんな不安を感じながら、不安を紛らわす為にエールを呷るのだった。
一日が過ぎ、メルクリウスの葬儀が執り行われる事になった。

騎士団が戦旗を掲げ、葬儀場となるのは城から離れた所にあるメルクリウスが住まう教会だった。
神父は居ない。教皇庁からの神父は、このアリアハンには居らず、教会の神父が行使する奇跡を行使できるメルクリウスが、神父代わりにここに住んでいるのだ。
彼の父が教皇庁から派遣された神父で、このアリアハンに永住する事を選び、この国での永住権を獲得すると郊外の林の奥に、教会を立てたのだ。
彼の生家である教会で、彼の葬儀が行われている。

彼が引き取った子ども達も参列しており、涙を流していた。
葬儀場にいる全員が、涙を流し悲しみに暮れている。
騎士団の騎士達も、彼が引き取った子ども達も、全員が彼の死を惜しんでいた。
そこに、一人の少年が姿を見せた。
逆立った黒髪で、黒い瞳を持った少年・アルフレッドだった。
正装で身を包んだアルフレッドの姿が見えると同時、子ども達が彼を見据えた。
彼に向けられるのは憎悪と怒り。

何故、この場にこいつが現れるのか。
大切な家族を殺したコイツが、父さんを殺した。

憎い。

心の底に憎しみと言う炎が燃え滾る。
殺してやる、何度も心の中で叫びながら、憎しみと殺意を向けていた。

その感情に、アルフレッドは気付いていた。
向けられている感情は、自分に対する憎悪。怒り。殺意。
憎しみがまた向けられた。
あの時とは比べ物にならないほど強く、純粋なモノを向けられながら、アルフレッドは棺へと歩みを進めて行く。
毅然とした顔で、今にも逃げ出したくなる感情をねじ伏せ、棺の前に立った。

その光景を国王……クライストは眺めていた。
憎しみ。怒り。殺意。
純粋な負の感情をぶつけられ、平静を装うアルフレッドをみて、ますます惜しいと思う。
彼ほどの強い意志を持つ者は騎士団には存在しない。
入団と同時に天現の中でも最高位の黒にすえれば、その実力を遺憾なく発揮するのではないか、そう思っていた。
そして、さらに幼き日の記憶に残るアリアハンの勇者の広く、大きな背中を思い出させた。

「すまない……お前に辛い宿命を背負わせてしまった俺を許せ」

クライストは、小さく呟き背を向けて歩き出した。
その背には王としての威厳はなく、ただ後悔とも取れる哀愁が漂っていた。














▽▲▽▲▽▲▽▲▽













それから二日の時が過ぎ、アルフレッドが16の誕生日を迎える朝を向かる。

日が昇り、ミリアは身体を起こして窓を見る。
カーテンの隙間から、太陽の日差しが差し込んでいた。
ベッドから降り、カーテンを開けた。
雲ひとつ無い快晴の空。眩い太陽が燦々と輝きを放っている。
澄み渡る蒼い空を見上げながら、この日を迎えた事を忌まわしく思っていた。

できる事ならば、この日を迎えて欲しくは無かった。
もし、あの時もそうだった。夫・オルテガが旅立った時も、同じ雲ひとつ無い快晴の空。
そして数年の後にオルテガの悲報が届けられた。
ネグロコンドの火山にて、その命を散らしたのである。
オルテガの遺児となってしまったアルフレッドと、ヴィルヘイム家の財産を残し、逝ってしまった。

涙が止まらず、泣き続けた。遺体の無い棺を前に、泣き続けていた。
涙がかれるほどないたはずなのに、とめどなく涙が溢れてくる。
その時の事を思い出し、ミリアは一筋の涙をこぼしていた。
息子が旅立ち、父親と同じ道を辿るとは限らないが、命を落とさないという保証は無い。
息子の固い意志を覆す事が出来ないのはわかっている。

小さくため息をつき、鏡台の前に座り自分の顔を見る。
泣きはらした顔ではないが、その顔には悲しみと不安を映していた。
信じるしかない。強さとは肉体だけではない。
心の強さも、人の強さにかかわっている。アルフレッドは強い。
あの事を乗り越えれば、アルフレッドは更に強くなるだろう。

今はまだ不安定な精神と心を持った子どもだ。
旅の間に、あの事以上の出来事が起こるかもしれない。
挫折するも乗り越えるも、心次第だ。
強くなるも旅を挫折するのも、すべて彼の心次第なのだ。
だから、ミリアは信じることにした。否、信じることしか出来なかった
息子を……アリアハンの勇者の子を、自分が手塩にかけて育てた自慢の子を。

「信じてるわ……私のアルフレッド」

瞳を閉じて、笑みを浮かべながら呟いた。
覚悟をしていた事だ。平静を装いながら服を着替えて、アルフレッドの部屋へと向かう。
ドアをノックするが、当然ながら反応は無い。
ドアを開けると薄暗い部屋の中に四人の人間の姿があった。
一人はこの部屋の主であるアルフレッド。
銀髪の少年リューザス。金髪の少年カイ。金髪の少女エリーナ。

恐らく昨夜に酒盛りを行ったのだろう、大量の酒瓶が転がっており、ミリアはため息をついた。
しかし、逆に安堵の感情を抱かせる。
いつもと同じではないが、当たり前の光景をみて、何一つ変わらない日常の一片を思い出した。
今日、この日々も終わりを迎えようとしていた。
当たり前のような日々は、アルフレッドの旅立ちによって、終わりを迎えるのだ。
だから、ミリアは今までとは違うお越し方をする事にした。

大きく息を吸い、肺に酸素を溜め込む。
次に、腹筋に力を入れて声帯を振るわせた。

「朝ですよ、起きなさい!」

大きな声は大気を震わせて、家の外にまで響き渡った。
近隣の家の迷惑も考えず、その声は近所の人間の目覚まし代わりにもなった。
その声を間近で聞いた少年三人と少女一人は、びっくりして身体を起こしてあたりを見渡した。
そして、声を発した主を見て、驚きを隠せなかった。

ミリアは近所では評判の淑女である。
物腰も丁寧で優しい性格をしており、少女の様なあどけなさと大人の持つ色気を持った女性である。
彼女が商店街のマドンナといわれるのも、それが一因である。
愕いた顔をして飛び起き、声の主へと視線が注がれた。
視線の先には、いつもと同じ顔をしたミリアが立っており、心なしか頬が赤い気がしなくも無い。

「……珍しいな、母さんがあんな大きな声を出すのは」

「仕方ないでしょう、そうでもしないと貴方達が起きそうにに無かったから」

「あははは……すいません」

「フフッ、謝らなくて良いわ。 それよりもアルフレッド……今日がなんの日か、分かっていますね?」

「分かってる……リュー、カイ、エリーお前等は家に帰れ」

「……あぁ、わかった」

アルフレッドの言葉に、三人は小さく頷いて部屋を出て行った。
部屋には二人だけが残され、アルフレッドは母親を見る。
いたって普通だ。しかし、逆に普通である事が不安で仕方なかった。

「下で待ってるから、早く着替えて降りていらっしゃい」

そういい残して、ミリアは部屋を出て行った。
アルフレッドはため息をつくと、二日酔いが残る頭を軽く叩き、服を脱ぎ捨てた。
脂肪が一切無い引き締まった体躯が朝日に照らされる。
箪笥を開けて服を着て行く。
蒼を基調とした服を着て、その上に鎧を身に着ける。

鉄で作られた鎧で、父が若き頃に身に着けていた鎧だ。
正直に言えば、アルフレッドは父親に対して良い感情を抱いてはいない。
着たくは無い鎧なのだが、街で売っている鎧よりも遥かに防御力も高い為、アルフレッドはその鎧を見につけた。
ショルダーを外し、胸部の鎧を身に着けるとショルダーを装着する。
次いでガントレットをはめて、大剣を背負う。

鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。
鎧は少々古臭く、今の白で採用されている鎧とはデザインが違っていた。
やはり、十年以上も前の鎧なので古いと言う事を認識させるが、ちゃんと手入れをされていたため痛んだ部分も無いようだ。
よくよく見ると細かい傷があったが、気にせずに部屋を出て階下へと降りて行く。

階段を下りながら、フィアナの事を考える。
フィアナは依然として昏睡状態にあり、一応は呼吸をしているのだが、何故目覚めないかはわかるはずもなかった。
階段を下りると、母親であるミリアが玄関に立っていた。
無言のまま、目の前に立つとミリアはアルフレッドを抱きしめた。

いつの間にか自分よりも大きくなっていて、体つきもたくましくなっている。
ミリアは頭の後ろを撫で、アルフレッドはさせたいようにさせていた。
もしかしたら、今生の別れになるかもしれないから。
アリアハン随一と謳われたオルテガの後を追う旅は、過酷なものとなるのは火を見るよりも明らかだ。
アルフレッドは腕を廻し、背中をポンポンと叩く。

「それじゃあ、アルフレッド……お城へ行きましょう」

「……あぁ」

ミリアは抱くのをやめて、涙を拭いながらアルフレッドに言う。
小さく返答し、アルフレッドも腕を話すとミリアはドアを開けた。
いつもの朝だった。鶏がなく朝の晴れ渡った空を見上げながら、アルフレッドは未だに意識の戻らないフィアナを想う。
瀕死の重傷を負った彼女を放って置きたくないが、昔から決めていた事をなす為に旅立つのだ。
彼にとって、決して小さなことではない。本当ならば、フィアナが意識を取り戻すまでそばに居たい、それが本音だ。

けれど、自分の言葉を曲げるわけには行かない。
だから旅立つ事を決意し、今城に向かっているのだ。
両手剣……鞘に収められたグレートソードを背負いながら、城への道を歩く。
前にはミリアが歩いており、普段よりも歩みを遅くして歩く。

アルフレッドもミリアも何も話そうとしない。ミリアは何かを話そうとすれば、旅立つ息子を引き止めてしまうかもしれない。
二人の間には何も会話が生まれず、早朝の街中を歩いていった。
その頃。ルーファスの家の二階の一室で眠っていたフィアナが、目を覚ました。
朦朧とする意識がゆっくりと覚醒していき、身体を起こす。
着ているのは白衣で、ベッドから降りると足が肌蹴ていた。

周囲を見渡し、見た事が無い部屋に驚きを隠せない。
眠っていたにしては気だるく、微かに左胸に痛みがあった。
ゆっくりと思い出すことにした。覚えているのは、アルフレッドの歪んだ顔だった。
直にでも涙を流し、泣き叫びそうな顔で向かってきて、何者かにその顔を足蹴にされる。

フィアナは頭を振って左胸を抑える。ズキズキと、幻の様な痛みが襲い掛かってきた。
槍によって左胸を刺され、それから数瞬後に意識を失った。
最後に聞いたのは絶叫。アルフレッドが、自分の名前を叫んでいたのが、最後の音だった。

「そうか……確か、敵襲があって……アルフレッドは大丈夫なのかな?」

小さく呟き、自分の服を探して周囲を見渡した。
わりと広い部屋で、観葉植物らしき物が植木鉢に植えられていたが、フィアナはその植物を見て絶句する。
その大半が薬草であったり、毒草であったりするから始末に終えない。
もしかしたら、死んで遺体を狂った医師に強奪されたのかも、と考えていた。
ある意味で妄想力が逞しいフィアナであった。

部屋のドアが開けられ、二人の少年が部屋に入ってきた。
二人とも見覚えのある顔だ。
幼い頃に良く遊んだ友達の顔で、子どものあどけなさと大人の逞しさが入り混じった顔つきだ。
目を覚ましたフィアナを見て、二人は愕いた顔を見せる。

「フィアナ……目を覚ましたのか!!」

「え? あ、リューザス? それに、カイも」

「よかった。目を覚ましたんだ……」

「二人はどうしてここに? それに、ここは何処なの?」

「ここは俺の家だよ、フィアナ=フォルト=メルティウス」

フイに聞こえた声に反応し、フィアナはそちらへと目を向けた。
そこにいたのはソファで寝ていたらしく、ボサボサで寝癖のついた頭を掻きながら身体を起こした男の姿が会った。
目を閉じており、寝起きである事を実感させる。
だが、それでいて付け入る隙を見せ付けず、うっすらと目を開けてフィアナを見た。
強い。直感的に判断する。
自分よりも遥かに強く、届かない高みに居る存在だと判断した。
得意な武器である槍は無いが、小剣やダガー等の護身用武器を手にしようとするが、その男の大きな欠伸を見せられて敵では無いと判断した。

「おっさん……寝るなら上で寝ろよ」

「風邪を引いても知りませんよ?」

「うるせぇ。研究中で力尽きたんだから仕方ねぇっつーに。 それで、身体の方は大丈夫か、お嬢ちゃん?」

「え? あ……はい。異常はありませんが、まだ完治して無い傷もあるみたいです」

「ふむ……なかなか冷静な自己診断だ。及第点と言うところか。やはり、聖法士としての修練を受けたのか」

「……なぜ、聖法士の名を?」

「あぁ、なに、簡単な事だ。君が来るよりも以前に、この街に聖法士がやってきてそのまま定住したからだ。そして、その聖法士の息子はついこの間の闘いで死んだ……」

「まさか、おと……メルクリウス神父が?」

「そうだ。お前も知っているはずだ。意識を失う寸前の記憶を掘り起こしてみろ」

男に言われて、フィアナは意識を記憶の中へと埋没させる。
ずっと会いたかった少年と再会し、何かを抱えていた。
心に負った深い深い傷。その傷は少年の純粋だった心を変えてしまっていた。
そして、懐かしい場所で話をしていて、城から黒煙が上がって走り出す。
街の中を駆け抜けて、城へと向かって……

「アァ……思い出した。メルクリウス神父は……自分の命を燃やして」

「そうだ。自己の命を犠牲にして敵を葬る禁術……メガンテを使って死んだ」

「覚えてます、その光景を……崩れて行く父様を」

「……昨日、あいつの葬儀があった。あとでそこに連れて行ってやれ」

「わかった……」

リューザスは短い返事で答え、つっている腕の肩を掴んだ。
深い傷だ。片腕を失ったのにメルクリウスの魔法によって、利き腕を失わずに済んだ。
けれど、それは自身の弱さを浮き彫りにさせることでもあった。
カイも同じ様に、ただ自分の不甲斐なさを感じているようで、拳を握り締めており血が滲んでいる。
二人は背を向けて外に出て、ルーファスも二階に上がっていった。

フィアナは着せられていた服を脱ぎ、元々着ていた服に袖を通して行く。
ため息をつきながら、服を着替えてベッドに腰掛けた。
思い出すのはメルクリウスの悲壮な姿。
ボロボロの身体で、敵――ヴィシュヌと言ったか――に張り付き、命を燃え上がらせ……白く燃え尽きた。

その死の光景は覚えている。
メガンテも然したる効果はなく、その命を散らしたのだ。
涙が溢れそうになる。十年と言う時を経て、再開した育ての親が死んだことが、悲しかった。
涙を堪え、フィアナは立ち上がると二階へと続く階段を見るが、二階にいるルーファスに声をかける事無く家を出た。
家の外で待っていたリューザスとカイがフィアナに気付き、手を上げると二人の元へと歩いて行く。

フィアナは無言だった。対するリューザスとカイも、何を話せばいいか分からなかった。
それは彼女も同じだったらしく、三人は商店街を歩いて行き、商店街の花屋でフィアナは花を買い、リューザスたちの後ろを付いて歩いて行く。
ため息も出てこず、ただ気分が沈んで行くだけだ。
深く深く気分は沈んでいき、力に慣れなかったという後悔と救えなかったという後悔だけが、押し寄せてきた。
無論、悲しみもある。けれど、それ以上に後悔が大きかった。
なんの為に十年もの辛い修行を行ってきたのか、ただそれだけが頭の中で渦巻いていた。

気付けば人気がなく、ひっそりとした森林の中を歩いていた。
前にはリューザスとカイの姿がある。何処に向かっているかは分かっている。
養父であり、義兄でもあるメルクリウス=ガーランドが眠る墓石の元へと向かっているのだ。
彼の墓は濃密な森の空気に包まれた陽だまりの中に建てられており、フィアナは墓石の前に膝を付いて花束を墓石の前に起き、胸元で十字を切ると祈りをささげた。
短い祈りを終えて、フィアナは立ち上がって振り向いた。

「いくか?」

「うん……お城へ行こう」

「お城に……?」

「今日はアルの誕生日だから……きっと、陛下の元へ行って旅立ちの為に謁見しているはずだから」

フィアナは確信を持って告げた。
確信と言うよりも、以前から知っていたのだ。アルフレッドが旅立つ事を。
城へと向かうために、木漏れ日に包まれたその場所を後にした。
町にでると三人はすぐに城へと歩みを向ける。
時間的に言えばまだ朝の早い時間で、空いている店は全くといっていいほど無い。
閑散とした町並み。日も昇り、次第に喧騒が生まれてくる時間帯になってきた。
大通りを抜けて、城へと続く街道へと出ると同時ぐらいだろうか、アルフレッドの母親であるミリアと出くわした。
悲しみを浮かべた顔だが、それ以上に凛とした顔をしている。

「ミリア小母さま……」

「貴女は……フィアナちゃん? 久しぶりね、それにとても綺麗になったわね」

「そ、そんなことは、ないです……」

俯いて頬を紅くしながら、呟いた。
知り合い……と言うよりも母親に近い存在であったミリアに言われた事に、恥ずかしいと言う感情が浮かび上がってくる。
別段、憧れていたとか言う感情はなかったはずだが、十年と言う時が過ぎ往く間に心の中で変化が起こったのだろうか、ミリアの姿を見て緊張してきた。
深呼吸をして、ミリアを見た。
まだ三十の半ばぐらいだが、二十代でも通用するような容姿だ。
腰まで届く黒い髪は艶やかで、どういう手入れをしているのかをききたいくらいだ。
やや垂れ下がった目は相手の緊張を解く様な優しさに溢れ、アクアマリンの様な蒼い瞳が彼女の広い慈愛を表しているようにも見える。
紅をひいた訳ではないのに濡れた唇、つんと高く通った鼻梁。
同じ女性としては羨ましい程の美貌で、身体の方もスタイルが良い。
小さくため息をつきかけるが、それを留めてフィアナはミリアの言葉を待
つ。
「早いわね。貴女がロマリアへ行ってから十年近くが経つなんて。アルフレッドは今、城で陛下と話してるはずよ」

ミリアはそれだけを言うと、歩き出した。
呼び止め様としたのだが、そうする事は出来ずにただ、その背中を見送る事にした。
何かを伝えなければ成らないと思うのだが、なにを伝えればいいのかが分からない。
たとえ、呼び止めたとしても、何も言えずにいるのは分かりきった事だ。フィアナは小さくため息をつくと、城へと目を向けた。
気が並ぶ並木道の奥に、白亜の王宮が聳え立っている。

アルフレッドは今、国王であるクライスト=ディオ=ヴェルフェール=アリアハンに謁見をしている所だろう。
勇者オルテガの息子。
この国では知らぬものは居ない存在が、彼の父親である。
彼は幼い頃からオルテガの名が付きまとった。
優秀すぎる父だからこそ、その息子である彼には常に期待が付き纏った。
物心がつき、ある程度の時を過ごせばおのずと理解させられた。

周囲の人間は彼を見ていながら、見ていないのだ。
彼を見ながら、彼の向こう側の存在……オルテガと言うなの人間を見ているのである。
それに気付いたのはメルクリウスの下で修行を始めてすぐだった。
師であるメリクリウスは違うが、他の人間は口々に言う。

オルテガを超えるのは時間の問題だ、と。

そんな可能性もあるだろう。けれど、自身の事は良くわかっている。
才能と呼べる物が無かったと、彼自身が分かっている事であり、優秀な者の子が優秀であるとは限らない。
何かの才を持って生まれるか生まれないかは、ただの運と言うには酷だろう。
アルフレッドは何かの才を持っていたと言うわけでもない。ただ、オルテガの子であるからこそ、その期待を背負いながら修練に励んでいた。
フィアナの知らぬ十年は、彼が彼女の事を知らぬ十年でもある。

剣を握った理由も、魔法を習った理由も……アルフレッドにとっては、特別な意味が無いわけではない。
父の才を受け継いだと思われ、良かれと街の人々が彼に魔法を教えたのだ。
剣術に関しても同じで、メリクリウスに師事を仰ぐまでは、街の腕自慢が剣を教えていたのだ。
基礎は出来ていたが、アルフレッドは独自の剣術の型を使っていた。
オルテガとは全く違う型だ。オルテガの剣を剛とすれば、アルフレッドの剣は柔の剣。
剛剣を受け流し、そのまま攻撃を行うと言う一種のカウンターを使っていた。

それがアルフレッドにある意味で最もあった型であったのだが、人々はそれを否定した。
オルテガの息子なのだから、彼と同じ剛の剣を使う事を進められた。
逆に言えば、まだ子どもである彼にオルテガをダブらせ、彼が第二のオルテガであると信じ込んだのだ。
英雄と言う虚構の偶像を、彼に押し付けていたのだ。
勇者の息子なのだからこの程度の事を出来て当たり前なのだ、と。
何も出来なければ英雄の息子のクセに、何かをなしえれば流石は英雄の息子だ。

誰もがアルフレッドを見ていない。オルテガと言う偉大すぎる父を通して、アルフレッドを見ている。
責任感も強かったせいなのか、幼い頃のアルフレッドはめまぐるしく笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりした。
しかし、ある程度年齢を過ぎたところで、彼の表情からは感情があまり見えなくなっていた。
圧し掛かる期待と言う名の重圧が、彼の表情を鉄のように硬くしてしまったのだ。
例え、子どもであった彼にとっては、こなせない様な事さえも表情を変えずにこなそうとする。
それは正しく、彼を彼としてみていない事の証でもあった。

フィアナは王宮へと向かうために、城へと向けて歩き出した。
後ろからはリューザスとカイが着いてくる。
城の前に着き、門をくぐろうとした所で、アルフレッドが城から出てきた。
逆立った黒髪に青を基調とした旅をするに適した生地で作られた服の上に亡き父が纏っていた鉄の鎧を身に着けており、背中には紫のマントと刃の部分だけで1m近くはある大剣を鞘に収めて背負っていた。
彼の姿をみて、フィアナは走り出した。一直線に、アルフレッドへと向けて走る。
フィアナの姿に気付き、愕いたような顔を見せると直に笑みを浮かべ、飛びついてきたフィアナを抱きとめた。
それを見て、リューザスは口笛を吹き、カイは指を口にくわえて指笛を拭いていた。

「アル……アル……アルぅッ!!」

「ん、なんだ? それより、お前、身体は大丈夫なのか?」

「え? うん、大丈夫。 私より、アル……一人で旅に出るの?」

フィアナは抱きついたまま、アルフレッドへと問いかけた。
幾許かの間をおいて、その問いかけに頷く事で応える。

「危険よ……私も一緒に行くわ」

「ダメだ。これから始まる旅は多分、想像を絶するような旅になる……それに、死に掛けて今まで眠ってたフィアナじゃ、足手まといだ」

「でも!!」

「でももクソもねぇ! 俺はまだ自分の身を護るだけで精一杯なんだよ、今度あの野郎と鉢合わせた時に、護れる自信もねぇんだ……だから、分かってくれ」

「ヤダ……ヤダ!」

「フィアナ……頼むよ。せめて、傷がちゃんと治っていつもどおりに身体を動かせるようになってから言ってくれ」

突き放すようなアルフレッドの言葉に泣きそうになるが、それを堪える。
リューザスもカイも、少しばかり苛立ちを覚えているようで、何かを言いたそうな顔をしていた。
なにを言いたいのかはアルフレッドも分かっているが、これ以上は何も言う事は無い。
抱きついて離れようとしないフィアナの頭をなでながら、小さくため息をついた。
どうする事も出来ないだろう。着いて行く、と言えばどういう状態であろうとついて来るような性格である事は、自身が一番分かっている。

「お前等も、フィアナと同じか?」

「当たり前だ……と言いてぇんだが、腕もまだ完治してねぇし。カイも片目がなくなったからな、以前の感覚を取り戻すにはかなり時間がかかりそうだ」

「……三年」

「三年……? なんだ、それがどうかしたのか?」

「三年でアルが絶望するくらいの差をつけてみせる」

「そうだな。俺も、負けちゃいられねぇ。お前とは剣の修練を一緒にしてきたけどな、お前に敗北を教えてやる」

「……わかった。三年後に期待しておくぜ」

「私は、なんと言おうと一緒に着いていきますからね」

「駄目だっつただろうが!! 俺は、お前を護りきれる自信が無い、そう言ったんだ。ワガママを言わないでくれ」

同じ問答が始まった所で、フィアナは泣き出しそうになるが、それを堪えて真っ直ぐににらみつけた。
強い意志を込めて、真っ直ぐにアルフレッドを睨みつける。
フィアナの顔を見ると苦笑とも取れる表情を見せた。強い意志だ。
自分よりも、ずっと強い意志と心を持っている。それに比べれば自分など、どれだけ矮小な存在に見えることか。
強くならないと考えるアルフレッドは、今の段階では彼女と旅をする事が出来ない。
彼女の心とその在り方は、今の自分にとっては眩しすぎる。
空に輝く太陽のように眩しすぎる彼女と共に旅をすれば、どこかで甘えや緩みが出てしまうだろうと考えた。
本音を言えば、共に旅をしたいと思っている。けれど、それは今の自分にとっては駄目な方へつすすんでしまう。
拒絶ではなく拒否。アルフレッドは、フィアナを諭すように言うのではなく、ただ事実を突きつけていた。
何かを言おうとしたが、それはさえぎられる。
頬に痛みが走り、脳が揺れた。気付けば頬を平手打ちされており、意識は刈り取られていないものの、膝を突いた。

「フィアナ……いきなりはきついぞ?」

「しりません」

「俺は家に帰るわ。やらねぇといけねぇ事が出来たからな」

「僕も家に帰るね……それじゃ」

頬を膨らましながら、膝をついたアルフレッドを見下ろすフィアナの姿に苦笑し、リューザスとカイは背を向けて歩き出した。
残されたのはアルフレッドとフィアナの二人。まだ朝は早いためか、人の通りは少ない。
アルフレッドはそのままはって道端まで移動して、仰向けに倒れこむとフィアナはそちらへと移動し、仰向けに寝転ぶ彼の前に立って見下ろす形で顔を見つめる。
昔とは違って鋭い目つきをしており、その目付きが彼の今までを物語っている気がした。
フィアナは座り込むと、往来を気にする事無くアルフレッドの頭を軽く持ち上げて、膝枕の状態に入る。
アルフレッドは顔を紅くしながら、その状態から逃れようとするが頭を固定されて動けない。

「そんなにいや?」

「目立つからイヤだ」

「即答しないでよ……まぁ、それは兎も角。理由を話してくれないかな?」

「さっきも言っただろ」

「アレが理由って思えないの。教えて」

「……さっき言ったとおり、お前を護りきれる自信が無いんだよ。確かによ、自惚れてると思われちまうが、俺は強いとは思ってる。けどな、肉体的な強さ以上に、心が弱いんだよ……アイツが現れれば満足に身体を動かせられるかもわからねぇんだ。誰かがそばにいると、いつまで経っても成長できねぇんだ」

「馬鹿……馬鹿馬鹿馬鹿!!!!!」

「馬鹿とは何だ!!」

「馬鹿だから馬鹿って言ってるの!!そんなの、一人で無理なら一緒に乗り越えればいいでしょ!? 格好つけても、そんなの見栄を張ってるだけじゃない!!」

「うるせぇ!!! 見栄でもなんでもな、俺は一人で乗り越えなきゃいけねぇんだよ!!! お前が一緒にいたら、甘えちまうんだよ!!」

感情の吐露と言えばいいだろうか。あまり感情を表に出さない方――と言うのは彼自身が思っている事だが――だが、その彼が大声で叫んだ事は、目を見張るモノでもあった。
フィアナはその言葉に答える事が出来なかった。
否。答えられなかった。彼の過去になにがあったのかはわからないが、その何かが彼を苦しめていると言う事だけは分かった。
何も答えられずにいたフィアナに対し、アルフレッドは心のシコリに気付く。
それがなんなのかは分からないが、チクリと胸が痛む。
自分の知らないアルフレッド。知っているのは良く笑い、良く変化する表情だった。
今の彼にはその面影すらなかった。鉄面皮と言えばいいのだろうか、感情を余り表に出さず淡々としている。

「……私が居ない間に、何かあったんですか?」

「あぁ。あった。けれど、全てフィアナには関係ない」

短い答えだった。その言葉に、今の彼の全てが詰まっていた。
それと同時に、彼女には関係ない、と言うことも告げる一言だった。
小さくため息をつき、子どもの頃も頑固だったっけ、と少々如何でもいい事を思い出して苦笑してしまう。
視線に気付いたアルフレッドは小さく眉を顰めた。
疑問を口にしようとしたが、口を閉ざしたまま何も言葉を発す事は無かった。

「決意は……変わらないの?」

「……あぁ。変わらないし、変わる事も無い」

「そっか……それじゃ、私もみんなと同じで三年、待ってるからね」

「なんだ、どういう風の吹き回しだ?」

「アルフレッドが石頭だった、って事」

「……そんなに石頭とは思ってねぇんだがな」

「フフッ……行ってらっしゃい」

「……あぁ、行ってくる」

フィアナの言葉に、笑顔を見せながら背中を向けながら答える。
その顔にはわずかな迷いもある。フィアナは彼の顔をみて満足そうな顔をして、小さく手を振った。
彼の旅には多くの壁が立ちはだかるだろう。
けれど、彼はその壁を越えていく。その誇り高い魂と、気高き心と共に。
今は小さな光。長い時を経て、その光は大きな光となる。
それこそ世界を照らすような光にまで成長しうる可能性を秘めている。
未来を知る力を持っているが故に知った事だ。
彼が……彼こそが、魔王バラモスを打倒すると知った。
そんな彼を護りたい。命だけではなく心を護りたい。
自分のエゴであるが本当に護りたい存在である事は確かだった。
フィアナは、アルフレッドの背中が見えなくなるまで、彼の旅立ちを見つめ続けていた。




















TO BE CONTINUED?









ボヤッキー
んーコレをかき始めたのは約一年近く前かと思われ。いや、ドンだけ時間かカットンねんテメェw
正直、時間をかければそこそこの作品を誰でも創る事は出来る。
執筆速度が極端に遅くなった原因はなんだろうなーと呟く。
因みにコレを書いた理由は★くん事星立くんのDQ3小説を読んで書きました。
彼の作品の主人公とは正反対にしたつもりです。パクッテ無いけどパクリとか言うの禁止ね?
うむ。これで、この続きを書いてくれと言う言葉が掲示板にでも書かれれば頑張るしかあるまい。
そんな人は居ないだろうケドな!
と言うわけでオチ(違

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