GREEDINESS ALIVE
GUN BRAVE EX
GREEDINESS ALIVE
Greed05: Intruder who doesn't have face
夜。人々が眠りに着く深夜。世界の中心都市といえるユナイテッドアーツは深夜にも関わらず人が溢れ、ネオンのきらめきが夜の空を照らす。
道路も歩道も人は歩き、川のように流れを作っていた。
繁華街を抜けて、暫らく往くとオフィス街に出る。そのオフィス街の一角には一年近く前に起きたアヴェンジャー騒乱において破壊されたビルがあり、ビルの残骸が撤去された上でそこには公園が出来ていた。
公園と言っても子どもが遊ぶような公園ではなく、人々が集まり思い思いの時を過ごす為の公園である。
公園の中央にはビルの爆破に伴い、犠牲となった人々の名を刻んだ石碑があり、その石碑の前に一人の青年が佇んでいた。
歳は二十代半ばぐらいだろうか、銀色の髪に青の瞳。
服装は上下共に黒で統一されたジャージをきており、息が少々荒い。
ジャージの上着を脱ぐと、鍛え抜かれた身体があらわになる。
大きく深呼吸をして石碑を見つめる。刻まれている名を見て、目を閉じて十字を切る。
青年……冬真=J=ドラッケンは近くにあるベンチに腰を下ろし、息を整え始めた。
まだ荒い息を整えつつ、空を見上げる。オフィス街であるが故だろうか、深夜の公園では星空を見る事が出来た。
冬真は星空を見上げながら、一年前の事を思い返していた。
アヴェンジャー争乱は、止めようと思えば止める事は出来た。だが、それでは孤立して戦闘を行わなければならない。
消耗戦を強いられた場合、バックアップも補給物資もない状態では死にに往くようなものだ。
それでも、争乱を止めようとしなかったのは、少なからず当時のアヴェンジャーの指揮官の思いを理解できたからだ。
過ぎた事だと何度も言い聞かせるが、それでも後悔の念はある。
もしかしたら、自分はとんでもない過ちを犯したのではないだろうかと、偶に思ってしまう。
ただ、気にかかる事が他にもある。ゼウスとの戦いで嘗ての親友でありライバル……リヴァルクト=アデンの言葉がどうにも引っかかっていた。
『すでに歯車は動き出している。望む望まないに関わらず、全ては既に決められているんだよ、俺達が生まれる前からな!!俺の死も、俺たちが敵となり戦うと言うことさえもな!!!』
そういい残して死んだ。意味の分からない言葉だが、妙な胸騒ぎがしていた。
全ては既に決められている……そう言っていた。
パズルの様な情報の断片を組み立てている状態は、冬真にとって不安を駆り立てる要因でしかなく、なにか嫌な予感がしている。
直感ともいえるモノだが、それでも警鐘を鳴らし続けているのは確かだった。
ため息をつき、着ているジャージのフードを被り、再び走り出した。
夜は更けていき、街は静寂に包まれていた。そんな街中を走り、町の中心部へと向かい走り続ける。
昔からの習慣であるためか、それとも、戦場で名をはせた戦士としての習慣なのだろう。
走りながら、冬真は昔の事……常に戦場の中に身を置いた青春時代について思い返し、苦笑してしまう。
長期の休みとなれば確実に戦場へと放り込まれた。学校には通っていたが、学校での思い出もあまり無い。
何度か年上の先輩に無理矢理連れて行かれたりしたことだけはよく覚えている。
名前はなんとと言っただろうか、たった数年前の記憶が風化しつつあり、走りながらため息をついていた。
制服に袖を通してかよっていたのは3年近く前の話だ。
なのに、友人達の顔もあまり覚えていない。仲の良かった友人は何人かはいた。
けれどアヴェンジャー争乱において、同学年の人間が死んだのを知っている。
未だにベッドの上から出れない人間もういる。
見舞いに行こうと思ったが、原因とも言える自分が行けるはずも無かった。
苦悩と言えばいいか、葛藤といえばいいか。自分はこのまま微温湯に浸かり続けてもいいのか、何度も考え続けていた。
答えは出ていない。けれど、その答えは必ず出さないといけない。
甘いとしか言いようが無い自分の思考が、クソみたいに腐ったように感じてしまう。
大義名分だろうがなんだろうが、名も顔もを覚えていなくても、それだけで罪と言うモノを感じていた。
悩みを振り払うように、冬真は走る速度を上げた。
全力疾走に近い走りで街中を駆け抜ける。人は居ないが、ここらへん一体は既にドラッケンの敷地と行っていい場所だ。
ふと、視線を感じて立ち止まり、振り返る。そこにいたのは一人の女性だ。
金色の髪が柔らかな月明かりを受けて、反射している。
青い瞳。やや切れ長の目で、しっかりとした意思をその瞳に宿していた。
紅いプリーツスカートに編み上げ靴に、上は白いブラウスと言う出で立ちだ。
セミロングの金髪の女性は真っ直ぐに冬真を見詰めている。
「……久しぶりね。冬真くん?」
「……誰でしたっけ?」
「む、覚えてないの? 薄情な後輩ねぇ……」
女性の言葉に、冬真は考え込む。
金髪に青い瞳……更に、自分を後輩と呼ぶのは学校関連か。そこまで推測して、冬真は首をかしげる。
見た事がある顔であることは確かで、記憶の中から該当する人物を探し、思い出した。
ゆっくりと顔を上げて女性の顔を見る。確かに該当する人物の面影が有った。
慎重に言葉を選び、冬真は彼女の名前を発した。
「デューラハン……先輩ですか?」
「全ッ然違う。ってか私は首なし騎士じゃないわよまったく……ラスティア、ラスティア=アーレンハイトよ」
「あれ、そうでしたっけ……ところでラスティア先輩、深夜の一人歩きは危険ですよ?」
「あからさまに話を変えたわね……まぁ、いいけど。今日は仕事だったから仕方ないじゃない」
そういって、手にしているファイルケースを見せてきた。
冬真はどこか腑に落ちない気がしたが、油断無く彼女を見つめる。
敵意は無い。そもそも、一般人である彼女が敵となったところで、自分の障害になるはずも無い。
一瞬だけの逡巡の後、冬真はラスティアへと意識を戻す。
あきれ果てた表情をしながらも、ラスティアは冬真を半眼で睨んでいた。
少したじろぐが、平静を装いながら話を続ける為に口を開く。
「仕事ですか……こんな深夜までこき使われてて大変ですね」
「そうなのよー!こんな深夜まで働かされて、二十代前半が真っ暗やみなのよぅ!!」
「頑張ってくださいねー」
「ってコラ!そんな言葉で癒されると思ってんの?!」
「思ってませんし、これ以上八つ当たりされるのは勘弁ですから」
「ほぅ、私の事をそんな風に見ていたと、このボンボンがッ!!」
「ボンなのは確かですけど、今の僕の状況とは関係ないです。それに、学生の頃からそうじゃないですか……」
冬真は右目を隠す様にしながら話をしているのだが、やはり気になるのだろうか、ラスティアの視線が右目あたりに集中しているのが分かる。
内心、苦笑しながら話をする。ラスティアの仕事に対する愚痴と、上司からのセクハラなどの愚痴をこぼしていた。
酒を飲みながら話すのが普通だと思う類の話だが、途切れる事無くラスティアは喋る。
頷きで返し続けて約1時間。漸くうっぷんをはらせたのか、手にしたファイルケースを片手に頭を掻きながら、謝ってきた。
「ごめんねーつい愚痴っちゃって」
「いえ、構いませんよ。それに、もう帰って寝ないと明日の仕事にも差し支えるんじゃないですか?」
「それもそうね。それじゃ、家に帰りますか。じゃあねー」
手を軽く振りながら、ラスティアは背を向けて歩き出した。
彼女の背中を見送りながら、冬真は一抹の不安を覚えていた。
アナハイラスの囚人の中に同じアーレンハイトの姓を持つ者がいた。
当時の上司……杏子の話によると、奇術師と呼ばれ、その能力は一切が謎に包まれており、話に寄れば自らの意思でアナハイラスへと入ったと言う。
もし、血縁者であると言うのならば、近い将来に彼女は何らかのきっかけを持って、能力に目覚めるかもしれない。
仮定の話だ。しかし、最悪を想定しなければならない戦場でを、何度も経験しているが故に、絶対に無いと判断してはいけない。
頭を掻きながらため息をつき、小さくなったラスティアの背を見つめると、背を向けて歩き出した。
時間にして約三十分程度を軽いジョグで走った冬真は、自分の家の前に立っていた。
世界の中心都市と言っても過言では無いユナイテッドアーツ。その中心部に冬真の実家がある。
詳しい話は聞かされていないが、会社を経営する両親はかつては傭兵でもあった。
傭兵時代には数々の戦争を潜り抜け、その手の人間ならば知らぬ者は居ないほどの傭兵だったと言う。
一線を退いてからは、ATの関節部の緩衝材や、人工筋肉(アーティフィシャル・マッスル)から陶磁器まで作る会社を経営し始めた。
主に売れるのは軍が買い付けに来るATのパーツ関連で、一代で現在の地位へと上り詰めたのである。
また、実家の土地については、冬真達四姉弟の祖父どころか先祖代々所有していた土地であり、会社を経営し始めた境から戦場孤児を引き取ったりし、家も増築に増築を重ねて現在の規模になったのである。
敷地内にはAT専用の格納庫や整備棟だけでなく、アトラクション施設などよく分からない部分もあり、未だに幼い子供達が送られてくるのでそれに関しては子どもが喜ぶモノをと、冬真の両親が作ったのだろうと納得しておいた。
門から家までの距離を歩きながら、敷地内を見渡す。周囲には木が生い茂り、敷地内に入れば恐らくは大都市の中心にあるとは誰も思わないだろう。
その光景が、子どもの頃は普通だと思っていたのだから、自分はボンボンなのだと理解させられたのは学校に通い始めてからだ。
懐かしいなと、心の中で呟きながら、家の中へと入っていった。
深夜を過ぎた家は闇に包まれており、天窓から付きの光が差し込んでいる。
長い廊下を歩き、自分の部屋へと向かう途中、ふと窓の外を見た。
丸い月が光を放っており、一抹の不安が胸をよぎる。
漠然とした不安だが、冬真はそれを切り捨てて部屋へと向けて歩き出した。
数分もしない内に部屋に着くと中へと入り、暗闇の中を歩いて行く。
勝手知ったるなんとやらとはよく言ったモノで、暗闇の中を躓く事もぶつかる事も無く歩いていき、ベッドへとたどり着くと布団の中へと潜り込んだ。
ベッドにはぬくもりがあり、婚約したアルティナが寝ており彼女を抱き枕代わりにして眠りについた。
意識はあっさりと手放され、気づいた時にはカーテンの隙間から差し込む日差しで目を覚ました。
抱き枕代わりにしていたアルティナは既に居らず、大きな欠伸をすると身体を起こしてベッドから降りる。
目を閉じた状態で立ち上がると、ドアへと向かう。
途中。足を引っ掛けて盛大にこけた。
顔面は打たなかったが、それでも受身を取れなかったので、身体が痛い。
痛みで完全に目を覚ますと同時だろうか、部屋のドアを開けて一人の少女が入ってきた。
冬真と同じ銀色の髪をみつあみにしても先端が腰で揺れており、かなりの長髪である事が分かる。
服装はピッタリと身体にフィットしたしたタンクトップに、ホットパンツといった格好で、発展途上といえる身体のラインを主張してはばからない服装だ。
「冬兄ちゃん、起きてるー?」
「ん〜今、こけた時の痛みで起きたー」
「……また目を瞑って歩いてたんでしょ、自分の部屋だからって油断しちゃダメだよー?それに、アルティナさんの家具とかも入ってるんだし」
「んーあ、そういえばアルティナさんは?」
「食堂で食事中。秋兄ちゃんはなんか、北の大地で恋人探し中だって」
「相変わらずだなぁ、兄さんは」
苦笑し、頭を掻きながら立ち上がった。
格好はボクサーパンツだけで上は何も着ておらず、鍛えられた身体があらわになっている。
夏美は何も言わずに背を向けると、部屋を出て行った。
大きな欠伸をしつつ、所々に穴が開いたジーンズを履き派手のTシャツをきて、上にアロハシャツを着ると部屋を出た。
長い廊下を歩き、この家に仕えているメイドや執事やらとすれ違い、挨拶を交わして歩いて行く。
壮年の老人からまだ子どもとも言える者達まで老若男女を問わず、家の廊下を歩き回っている。
メイドにしろ執事にしろ、両親が引き取ってきた者達で冬真の血の繋がらない姉弟である事は確かだ。
「お、漸くお目覚めですか」
「んー昨日は夜遅くまで起きてましたから。それで、何かようですか?」
「いや、用ってワケじゃない。ただ、思いっきり寝起きの顔をしてたからな」
そう言って、執事服を着た男が笑い出した。
隙の無い立ち姿は義兄となった隆一には及ばないものの、かなりの手練である事が伺える。
筋骨隆々と言うには程遠いが、鍛えられた身体が執事服の下にあるのは間違いない。
男の名はアルバトール=D=アルトリウム。戦争孤児で冬真の両親に引き取られた男だ。
年齢は20代後半。左目を失って居るのか黒い眼帯が左目を覆っており、右目は群青の瞳が冬真を捉えている。
髪は冬真と同じ銀髪で髪型はオールバックにしており、黒い眼帯がより一層と眼を引いている。
まだ眠そうな顔をしていたのか、アルバトールは苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「それで、目は覚めましたか? 坊ちゃん」
「……坊ちゃんはやめてよ」
「ハハハッ。やなこった」
「うわっ、最低だよこの腹黒眼帯執事!!」
「いやいや、からかうって事はいい事だ。うん。じゃあな」
「だから、何しに来たんだよ?!」
冬真の叫びを無視し、アルバトールは廊下を歩いて行く。
廊下を曲がり、背中が見えなくなったところで大きくため息をつき、食道へと向かい歩き出した。
歩く事数分。食道の前に着くと同時に、ドアが開けられて中に入っていく。
ドアを開けたのは二人の執事。彼もアルバトールの様に鍛えられた身体で、立ち振る舞いに隙は無い。
食道に入ると既に食事を終えたのだろう、アルティナがティーカップをもって紅茶を飲んでいる所だった。
食堂に入ってきた冬真に気付き、アルティナは笑みを浮かべる。
「おはようございます。アルティナさん」
「おはよう、冬真。まだ眠そうよ?」
「アルティナさんも言いますか、それを」
「あれ、ほかに誰かに言われたの?」
「えぇ。アルバトールさんに言われました」
「そうなんだ。あの人、人をからかうのが好きみたいだからね」
「杏子さん並にあくどいですから、アルティナさんも気をつけてください」
「……既に味わったから無駄ね」
「そうですか……」
冬真は呟きと共にいつも座る席に腰を下ろした。
対面にはアルティナが紅茶を飲んでおり、程なくして冬真の朝食が運ばれてきた。
運ばれてきたのは茶碗に盛られた白米に鮭の塩焼き、納豆、味噌汁といった東部大陸の最も東にあるある地域の食事だった。
箸を手に取って手を合わせ、いただきます、と呟いて食べ始めた。
アルティナは食後の紅茶を飲みながら、デザートとしてレモンのタルトを食べている。
それから少しして、食堂に夏美が入ってきた。
「あれ、学校?」
「うん。休み明けから文化祭の準備らしいんだよね」
「あぁ……もうそんな時期なんだ。あの奇祭がまた開催されるんだ」
「奇祭……うん。確かに奇祭だね」
「冬真、夏美ちゃんの通ってる学校の文化祭って、どういう内容なの?」
アルティナが小首をかしげながら、問いを放った。
二人は黙りこみ、真っ直ぐにどこか遠い場所を見詰め始める。
心なしか二人の目が死んだ魚の様になっている。
二人の様子の変化を見て、少し迷って口を開いた。
「あまり聞かない方が良かったみたいね」
「うん。思い出させないでほしーなー」
「アタシも今年で最後だから速やかに忘れたいよぅ〜」
夏美はげんなりとした顔で、呟くが気を取り直して食堂を出て行った夏美を見送ると、アルティナは手にした本へと視線を移す。
手にしているのは相当古い本で、超流体力学と呼ばれる工学の本で超流体……エーテルと呼ばれる物質についての本である。
著者はアーヴェンス=ボルターク。超流体力学の第一人者であり、世界で初の超流体を動力炉としたATを製造し、操術師となった人物であり、数多くの喪失技術の研究者が在籍し、数多くの喪失技術を応用した数々の技術を生み出したアークバレル国立大学を創設した人物でもある。
超流体は物質を透過する性質を持ち、原子同士の結合を切断、その切断面に入り込み結合し、結晶化するのだ。
また、結晶化した超流体は高純度の素粒子結晶体となり、未知数のエネルギーを秘めた物質へと昇華するため、彼の考案した超流体動力機関は最も永久機関に近いエンジンと言われている。
だがその反面、取り扱いは難しく、結晶化を防ぐ為の対超流体術式を刻まなければならないため、高い技術力が必要になる。それゆえに、量産は現段階でも不可能だと言う事は多少なりとも耳にしている。
彼が開発したと言う世界で初の喪失技術を使用した動力炉を搭載したATは、千年紀前の話だと言うのだから科学の発展が極めて遅く、それこそ100年という月日が一年程度の科学力の進歩だが、その反面高い技術を持つことは確かである。
当時のATは現在の様に多種多様とはいかず、基本骨格(ベーシック・フレーム)をベースとしたチューニングを行っていた。
詳しく記すと長くなるので割合するが、基本骨格は現在でも使用されている。否、この基本骨格がなければ現存する全てのATは成り立たなくなるのである。
それほどまでに基本骨格は優れているのである。
アーヴェンス=ボルタークを含む八名の手によって、三つの骨格が開発された。
基本骨格を忠実に組み上げた上でのバージョンアップを図った騎士骨格(ナイト・フレーム)
基本骨格を基にして機動性と銃撃戦闘を前提とした銃士骨格(ガンナー・フレーム)
基本骨格を基にして厚い装甲と近接戦闘及び格闘戦闘を主眼に置いた闘士骨格(デュエリスト・フレーム)
の三つの骨格が製作され、現在でもそれを改良に改良を重ね続け、連邦の研究機関では三つのフレームの優れた点を融合させて、新たな騎体の開発に取り組んでいる。
だが、騎士骨格の優れた追従性、銃士骨格の高機動力、闘士骨格の高い剛性。等々を一つに纏めるには、無理がありすぎた。
騎士骨格の追従性と銃士骨格の機動力、銃士骨格の薄い装甲と闘士骨格の高い剛性、闘士骨格の高出力兵装と騎士骨格の基本骨格故の強度不足。
上記以外にも様々な問題点は点在しており、完成どころか試作騎さえも程遠い状態ではあるが、めげない研究者たちは日夜研究を続けて問題の解消の為に地獄へと飛び込んでいるのだ。
話は少々それたが、喪失技術を扱うことに関しては世界で唯一と言っていい専門機関であるのは確かで、この大学の卒業者は世界各国の研究機関に勤めるなりしてそれなりの成果を出している。杏子もこの大学を卒業しており、学生とアヴェンジャーの副司令官という二足の草鞋をしていたのだが、それでも聖ベルベイス学院を卒業して首席でアークバレル国立大学へ進学。その後もトップの座は譲らなかった。
なんとも規格外の存在だが、それだけの努力をしていたという事実もある。そういった努力を表に出さないというのが杏子の信条で、誤解もされていたのもまた事実。
話を戻し、ATの基本骨格の基礎を固めた上で、骨格の強度、柔剛性、機動力、装甲、限界反応値をデータリングし、その上で骨格のバージョンアップ版ともいえる騎士骨格が生まれるまで、10年単位の時間がかかり、アーヴェンスを始めとした研究者達の手によってそれがなされ、三つの基礎骨格の作成から更に枝分かれして多種多様な騎体が生まれ出たが、騎士、天士、闘士の大本となった骨格は確かに存在する。
連邦政府直属の研究機関『全知の大樹』が出した結果では、すべてのATの大元となった騎体がある。
名は系譜の頂点・天壌竜帝(カイザー・ギドラー)。エルシェント帝国が所有するATだ。
騎士の様にバランスが取れているだけではなく、天士の機動性、闘士の装甲と出力は細い糸で綱渡りをする様な細微なバランスの上に成り立っている。
そして、現在アルティナの手の中にあるアーヴェンス著書である本には、流れるような筆記体で『サルでもわかる超流体理論・入門編』と書かれている。
もっとまじめなタイトルを付けてほしいな、とそんな事を考えながら本を閉じると丁度冬真が食事を終えたところで、食後のデザートにわらび餅と熱い緑茶をすすっていた。
「あーん」
「はい、どうぞ」
わらび餅を咀嚼するアルティナ。冬真はお茶をすすり、朝の陽ざしが差し込む窓を見る。
夏を過ぎ、秋に差し掛かる季節。外に出ればまだ暑いだろうが、バイクで走るにはちょうどいい天気だ。
「アルティナさん」
「なに?」
「デートしましょうか」
にっこりと満面の笑みを浮かべる冬真に、顔を赤くしたアルティナは頷きで答えることしかできなかった。
それから一時間後。
冬真は黒いタンクトップに白い半そでのジャケット、はき古したビンテージ物のジーンズにブーツをはいている。
首にはチョーカーを付けており、シルバーのアクセサリーがぶら下がっており、いつものゴーグルではなく右目の黒い宝玉を隠す為に眼帯を付けており、青い瞳は玄関の扉を見つめていた。
バイクは以前アルティナが購入したらしいバイクで、アイゼン社製のSVX−2500R通称ディザスター。
エンジンを温めているのだがその振動が並のバイクとはケタ違いで、排気量2000ccオーバーという化け物スペックは伊達ではないらしい。
(なんでこんなバイク買ったんだろう……もっとこう、シャープで流れるようなラインのバイクの方がいいのになぁー)
爆音ともとれる排気音を聞きながら、瑣末なことを考え始めたところで玄関が開いてアルティナが出てきた。
ひと房だけ髪を編みこみ、ちゃんとしたスタイリングをしている。髪をいじったのは姉弟の中で、ファッションを先取りする女子高生の夏美だろうと考えて、正面に立つアルティナの顔を見る。顔立ちが少し幼いせいか、女子高生とまではいかないが女子大生と間違われてもおかしくはないだろう。
服装は夏真っ盛りなのでかなりの薄着だ。
普段穿かないようなミニのプリーツスカートサンダル、男物とは違ってゆったりとしたタンクトップの上にチェニックという格好。
何時もはジーンズにブーツ、男が着るようなタンクトップの上にジャケットという格好であるため、妙に新鮮でいつも以上に女であることを実感させる。
上から下まで見たあと、その顔を見て思わず顔をそむけてしまった。
(まずいよ。あの顔は……凶器だ!!)
恥ずかしそうな顔をするアルティナの顔には、はにかむような笑みで今までの生活で見たことのない顔だ。
彼女と知り合ってからああいう顔は度々目にしたが、今回の顔は群を抜いている。
かわいいとかそう言ったレベルだが、明らかに雄を刺激する何かを振りまいており、ムラムラとした熱い青春の滾りが一点に集まってきそうな感じがしていろいろな意味でやばいと感じていた。
小さく首をかしげる仕草を見せて、歳不相応な愛らしさはやはり反則の一点張りである。
「や、やっぱり変だよね?」
彼女は自分の容姿にきわめて自信がない。
はたから見れば十人の男が彼女をみれば、全員といかないかもしれないがその半数以上は彼女を見るだろう。
それだけ、アルティナという女性は美しいのだ。
ただ美しいというわけではなく、鍛えられた身体に相反するようなほっそりとしたしなやかな手足に、きめ細やかな肌。
おおよその女性が嫉むような『理由』を有しているが、彼女自身は青春の日々を血と硝煙の臭いが支配する戦場で過ごしたことと、戦場で慰み者にされた事が自身に対する不信に繋がっているのだ。
冬真にとって、その様な過程など関係ない。
青春の日々を戦場で過ごそうが凌辱されようが、その心が気高く美しいモノであるならば、全力をもって愛するだけである。
ただ、愛する、という言葉を恥ずかしくて言えないため、いまの様な初々しい状況になっており、執事たちから銀玉鉄砲からスラッグ弾、果てには対戦車用ライフルの弾丸までプレゼントされていた。
執事たち曰く、いちゃつくなボンが!、らしい。一応は彼らの雇い主の息子なのだが、そこは込み入った事情があるため執事達とは血の繋がらない兄弟なのであることはほかの兄妹も認識しているところである為の手荒い祝福なのだ。
「あ〜〜〜うん。すごく似合ってます」
「あ、ありがとう……」
「いちゃつくな馬鹿ボン」
「掃除の邪魔っすよ、馬鹿ボン」
「いいなぁ〜〜私も馬鹿ボンとデートしてみたいな〜」
「くっ、なんだか分からないけど、すっごい腹が立つような屈辱ワードが飛び交ってる?!」
「あはははは察しろよ馬鹿ボン?」
「冬真、単なるからかいでしょうから行きましょう?」
「そうしましょうか……」
見るからに不機嫌を隠せていない冬真をみて、アルティナは苦笑する。
戦闘になると、そういった表情をあまり見せることはないため、妙に新鮮に思えていた。
この家に来てから、平和というぬるま湯に浸かっていると思う事がある。今もそう感じてしまっており、復讐という行為さえも今では意味を成す事は無い。
8年前の真実を知った事で彼女の戦う理由は既に無くなり、冬真の実家に身を寄せている。
生活力はほぼ皆無なので、ありがたい事はありがたいのだが、ほぼなし崩し的に冬真の婚約者となっていた。
嫌ではないのだが、修羅の道を歩んだ自分が花嫁になるなど考えたこともなく、ただ幸せという言葉を実感できずにいた。
冬真の運転するバイクが門を出て、道路を走る。轟音ともとれる排気音は否応にも視線を集めており、恥ずかしいと思うが気にしないでおくことにした。
10分程度は走っただろうか、バイクが止まって降りると目の前にあるのは、世界的にも有名なブティックの店だ。
目を丸くするアルティナを尻目に、その手を取って中へとはいって行く。
深とした静かな店内に入り、冬真は奥へと進んでいき一人の女性定員に話しかけた。
「ジュリアさん、お久しぶりです」
「あら、冬くん、奥さんを連れてお買い物ですか?」
「まだ奥さんじゃないです、予約中ではありますが」
「フフフッ、あんなに小さかった冬真さんが婚約ですか、おめでとうございます」
「ありがとうございます。それでですね、この人に服を見繕ってほしいんです」
そう言って、握っていた手を離してアルティナを前へと押し出した。ジュリアと呼ばれた女性はアルティナを見て笑みを浮かべる。
対して、目の前で笑みを浮かべるジュリアを見て、アルティナは不安を覚えていた。
年は恐らく30代前半ぐらいだろうか。美しく波打つブロンドの髪に、少したれ目がちだが、エメラルドを彷彿とさせる瞳は優しく慈愛に満ちたものだ。
そんな彼女を見て自分の事を考えると、すぐに悪い癖が出る。
自身に対する不信が強いため、最近はどうも否定的な思考に陥りやすい。復讐が復讐ではないと知った時、彼女は今までの生き方を否定されていたようなものだ。
血を吐き、消えない傷を作り、さらには慰み者にされても心が折れなかったのに、今ではふとした事でそうした考えにとらわれてしまう。
穢れている自分が花嫁になるなどいいのだろうか、最近の思考はそれに一転するので、何度か冬真に聞いたのだが笑みを浮かべて
『ありのままの貴女でいてください』
と言うので逆に顔を赤くさせられたりしている。
家族の目の前でそういうことを言うのだから、ある意味で純真と言っていいのだが、悪く言えば鈍感ともいえるので性質が悪い。
百面相を始めているのに自身は気づいていないが、目の前でいきなり百面相を始めたアルティナをみて、困ったような顔をしてジュリアは口を開いた。
「……冬くん、この子どうしたの?」
「んーたぶん、ジュリアさんをみてトラウマスイッチが入ったんじゃないかと」
「なるほど……あんまりいじめちゃだめよ?」
「いじめませんって。それより、このロングスカートとかどうですか?」
「んーいいとは思うけど、この子に合わせるならもうちょっと落ち着いた色がいいんじゃないかしら?」
「そうですかねぇ? でも、普段結構派手な格好なんでこういうときはおしとやかな感じが!」
「相変わらずねぇ…あ、こういうマイクロミニもいいんじゃないかしら?」
ワイワイと静かな店内で、その一角だけが騒がしいため周囲の客の視線が集中する。
と言っても、この店の服は馬鹿高い。よって、買う層も限られているため、彼に文句を言う存在はだれ一人いない。
なぜなら、冬真=J=ドラッケンは、この街が街となる以前からこの土地一帯を統治していた一族の出自である。
ドラッケンの家を中心として街が出来上がっているのは、そういった理由もあって馬鹿ボンと呼ばれても仕方ないのだ。
理由はその他にもあるが、彼自身がその理由を嫌っている。親の七光と言われたくないから、親の見ていないところでいろいろとやろうと思っている。
傭兵稼業で稼いだ金は使う分以外にため込んでいるので、小規模な会社を起こそうかと考えているのだ。
何を扱うかまでは決めていないが、スフィードが製作した機械義腕(インフレイス・アーム)を取り扱うのはどうだろう、と考えてスフィードと交渉している最中である。
話を戻し、冬真とジュリアの二人があーでもないこーでもないと話し合い、アルティナを着せ替え人形よろしくといった感じで服を着せてコーディネートしている。
「うん。冬くんこんな感じでどうかしら?」
「そうですね……うん。あとは髪を弄ってみましょうか」
「ところで冬くん、彼女をおめかししてどこかへお出かけ? でも、カットソーじゃなくてキャミソールとかはどうかしら」
「おでかけって程じゃないですけど……父さんと母さんが紹介しろってうるさくて。 キャミソールですか、それなら上着はこっちにするほうが」
「あら、まだ紹介していないの? ん、これは上着じゃなくてブラウスの方が似合うわね」
「えぇまぁ。あの人たちは何かと理由をつけて家に帰ってきませんからね、そのせいですよっと…下はプリーツじゃなくて、タイトが無難ですね。靴はやっぱハイヒールですかね?」
「自分から明日菜さんとファイザーさんの処へ連れていけばいいんじゃないかしら? そうね、赤じゃなくて黒がいいわね」
「そうなんですけど、あの二人は肉親だろうと情報隠ぺいして居場所を教えないんですよ、だから探すだけで一苦労なんです。 うん。それじゃアルティナさん、鏡を見てくれますか?」
「え?」
今の今まで考えに没頭していたのか、まの抜けた声を出して顔をあげた。
きょろきょろと周りを見渡して、冬真とジュリアへと視線を向けると、笑いをこらえている二人の姿が目に入った。
むっ、と眉根を顰めるが、うっすらと笑みを浮かべる冬真はそっぽを向いてわざとらしく口笛を吹いている。
小さくため息をつくと、アルティナは鏡を見た。
最後にこういった服を着たのはいつだっただろうか。まだ裏の世界を知らなかったころ、家族が居て当たり前の頃だった。
全てが狂ったのはあの日……ゼウスの実働部隊によるレイドナー家への襲撃が契機となり、全てが狂ってしまった。
全てを憎悪した自分はすでになく、あの頃の自分がゆっくりと目を覚まし始めていた。
「あれ、どうしたんですか?」
「なんでもないわ……こういう格好は久し振りだから」
アルティナははにかむような笑みを浮かべて、呟いた。そんな彼女を見て、冬真は意外そうな表情をする。
彼女……アルティナ=レイドナーの経歴を覚えている限りで、思い返せば極めて短期間の内にその名をとどろかせた。
彼女が初めて戦場に立ったのは、5年近く前にアストルトと言う名の小国においてヴェルディオス平原を舞台とした内乱である。
その時まではごく普通……と言うには語弊があるが、左目を失って黒い眼帯をつけた以外は普通の少女だった。
既に過去の事であるが、その内戦は支配階級における圧政に端を発しており、反王政派に対する抵抗運動の激化と、内戦のきっかけとなったアストルトの先住民族に対する虐殺行為を引き起こしてしまい、最終的には反王政派と国王軍との激突へと発展し、後に『アストルトの落日』と呼ばれることとなる内戦は大量の戦死者を出しただけではなく、自国の国力を低下させた揚句に疫病が蔓延したのである。
結果として、国民の半数が死に絶え、王族も現在では年若い王女が一人だけで、名実ともにアルシオン連邦政府による傀儡政権となり果てている。
近い将来、アストルト王家の血筋は途絶え、アルシオン連邦政府の一地方自治国家へと変貌し、埋蔵されている変化金属を代表とする希少金属や精霊呪石を代表とした魔晶石と言った喪失技術にほぼ必要不可欠な物質をアルシオン連邦政府が手中に収めた状況となっており、作為的としか言いようがない状況にアストルトは陥っている。
喪失技術に不可欠な希少金属と魔晶光石を入手する為に策を弄した、と情報屋の間では噂以上真実未満で飛び交っている情報である。
だが、アルシオン連邦政府にとっては極めて好都合であり、喪失技術を動力炉としたATの開発も進めることで軍備を増強し、未だに連邦政府の傘下に入ることのないエルシェント帝国へと侵攻する為だと、各国首脳を始めとした表と裏の組織のトップの考えている。
アルティナはアストルトの落日において、反王政派に雇われており、師となる人物もおらず年頃の少女は凄惨な事実を目の当たりにした。
戦場において、躊躇うと言う事は、死と同義である。一瞬の躊躇が己の命を危うくし、ひいては自軍の危機を招く可能性もはらんでいる。
戦争であるが故に、殺人を正当化した傭兵たちは嬉々として殺していく。それが戦場では当たり前の事だが、アルティナは優しすぎた。
もはや殺戮と言っていいほどに、一方的な戦いだった。結果は反王政派の一方的な勝利の雄叫びを聞きながら、アルティナは震えていた。初めての戦場で、初めての人殺し。例え、戦場で敵対していたもので、命を奪われるかもしれないという状況であったとしても、汚れた世界を知らない彼女にとっては強すぎたのだ。
脅える理由は人を殺したという事実だけではなかった。女に生まれたことを呪うきっかけには十分すぎることで、そのトラウマが彼女に眠っていた能力を覚醒させ、次に立った船上では銃を、ナイフを、能力を使い淡々と作業をこなす様に、慈悲の欠片も見せずに殺戮を行っていく。
それ故に、彼女は恐れられることとなった。白く光り輝く翼を有した殺戮の堕天使が、産声を上げた瞬間であった。
冬真自身の経歴に比べれば大した事は無いが、それでも15〜6の少女が戦争へと赴いたことが、彼女の人生の分岐点でもあった。
復讐に心を焦がし、家族を殺した男を殺す為に戦場という死が蠢く場所へと舞い降りた。
もしも、彼女が復讐に燃えることなく、人生を謳歌すれば死を選びたくなるようなことも、恋した人に初めてを捧げる事も出来ただろう。
だが、その選択もすでに過去となり果てている。アルティナを構成する人生の歩みは、21年という短くも長い道筋は確かに今へと繋がっている。
繋がっているからこそ今があり、その先にまだ見えぬ不安に彩られた未来もある。
一歩一歩、ゆっくりでもいいから足を踏みしめ、不安を恐れることなく彼女と手を取り合って歩き続ければ、と冬真は考えた。
(でも、その選択があったから僕はアルティナさんと出会えたんだよなぁ……)
冬真が初めて彼女を見たのは、アルシオン連邦政府直轄の非公開組織『アヴェンジャー』が設立されてからの事だ。
政府直轄組織となったアヴェンジャーは、連邦政府最高評議会の指示に従い国家反逆者を捕縛すると同時に、独自にリストアップしたSS〜Fランクに分類した能力者を捕縛していた。今となっては、あのゼウスとかいう組織から保護する為であったのだろう。だが多少性急すぎたきらいもあるが、政府の役人が裏に通じていないという可能性は無い、とは言い切れない故の行動だったのだろう。
様々な思惑が混じり合った上で、アヴェンジャーは発足されて運営され続けてきた。
そして、その組織の一員となって幹部クラスになった頃に、実家で隆一に接触したのである。彼は姉の婚約者であるため、昔からの知り合いだった。
どういう経緯かわからないが――といっても姉である春菜経由だろう――冬真に接触して自らアナハイラスへと入ったという経緯がある。
その際にアルティナへの伝言を受け取り、自身の手でそれを伝えるためにアルティナの行方を捜すことにした。
隆一をアナハイラスの特別官房へと収容してから3か月後。捕縛の為の部隊を率いて、ヴェルセフトの地方都市へと足を運び、場末のバーで安酒を飲んでいた姿が初めて彼女を見た時でもあった。
そう、初めて彼女を見たはずなのに、なぜか心が熱くなっていた。何故かはわからないが、彼女という存在が極々当たり前に心の中へと入り込んできた。
元々冬真は他人からの感情に対して極めて鈍い。敵意や害意等は敏感に察知するのだが、それ以外のとなるとまるで駄目である。
愛情といった感情に対する察知力はほぼ皆無で究極鈍感野郎、と姉と妹に言われるほどなのでそれだけ他人の好意には鈍いいのだが、その時だけは直ぐにその感情を理解することができた。恋心、と言うにはまだ発展途上だが気づいただけでも進歩したといえる。
隆一の伝言を伝え、アルティナはアナハイラスの特別官房へと収容された後も、度々アルティナのもとを訪れていた。
(僕も人の事いえない……な)
自然と笑みを浮かべていたらしく、アルティナが小さく首を傾げてこちらを見つめているのに気づくと、なんでもない、とだけ伝えてアルティナを再び着せ替え人形にする為に、服を選び始めた。
二度目は自由にさせたくないようで、今回はアルティナも服を選びだした。
どれだけ服を着せては選び直し、コーディネートをしていたのだろうか。気づけば日は暮れており、客はおらず居るのは冬真とアルティナだけで後はジュリアを始めとした店の店員だけだ。
「冬くん、そろそろ店を閉めるから清算をすませてくれる?」
「あれ、もうそんな時間なんですか?」
「そうよ。沢山選んだけど、全部買うのかしら?」
「ん〜〜アルティナさんが気に入ったのと、僕が気に入ったのだからこの半分ぐらいだと思います。コレでお願いしますね」
「はい、畏まりました」
冬真が差し出した真黒なクレジットカードをを受け取ると、ジュリアは店の奥へと入っていった。
清算を待つ間に他の店員が購入した服をたたみ、紙袋へと入れていく。量が量だけに、単車ではなく車で来るべきかと考えるが、既に手遅れであるためどうするかを考えていた。
最終的には紐で縛りつけて積載する、ということで落ち着いたところでジュリアが戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それじゃ、帰りましょうか」
「え、えぇ」
「フフッ、それではまたのご来店をお待ちしております」
両手いっぱいの荷物を運び、止めていたバイクの元へと戻り荷物を縛りつけると、帰路についた。
深夜と言っても、まだ十一時を少し過ぎたぐらいだが人通りが少ない。元々中心部はドラッケンの所有地で、その周囲に関連企業を一点に集めた企業連合を気づいているため、中心部に近づけば近づくほど人通りは疎らだが、そびえ立つ高層ビル群の窓にはちらほらと明かりがともっている。
恐らく、決算期に向けての書類整理や帳簿等の整理などだろう。
冬真の運転するディザスターは、静寂に包まれたオフィス街に轟音をとどろかせ、さらにスピードを上げて家へと向かうのだった。
十分程度の時間が過ぎてようやく家につき、ディザスターを格納庫へと入れると買い込んだ荷物を両手に、自室へと戻ると両手にあった荷物をソファの近くにおいて、ジャケットを脱ぎ捨てて冷蔵庫にある冷えたエールの栓を抜いてそのまま呷ると、その瓶をテーブルに置いて空間投影のディスプレイをつけて、ニュースを見ている。。
アルティナは買った服を取り出して、クローゼットにかけながらそのニュースに耳を傾けており、ある程度の服をしまい終えたところで緊急のニュースが割り込んできた。そのニュースは連邦政府の軍部総督府『絶対不可侵領域』の陥落の報道であった。
「そんな、まさか!」
「アルシオン連邦軍部の総督府が落とされた…?」
そのニュースを聞いて、アルティナは振り返ってディスプレイを凝視し、冬真へと視線を移した。
珍しい、と言うよりも見たことのない表情を浮かべ、正しく呆然としていた。
元政府直轄組織の非公開組織『アヴェンジャー』の副司令官であり、軍部総督府である絶対不可侵領域の防備を知っているため、その衝撃と驚きは当然ながらそれ以上に信じられない、という感情が大きかった。
軍部の海軍元帥であるバルト=ファーランスは、軍部の中でもトップクラスの実力を持っており、彼の指揮する部隊はアヴェンジャーと同等と言われており、そのバルトが指揮する部隊を易々と撃破し、軍部の本丸を破壊したとなるとどれだけの戦力を投入したのかは想像を絶するモノがあり、その部隊を敵に回すぐらいならばアヴェンジャーに単独特攻した方がましだと冬真は思っていたため、なおのこと信じられなかった。
動揺しているのを隠せておらず、アルティナも驚きと同時に戸惑いと困惑、様々な感情が入り混じっていた。
ただ軍部総督府の本丸を攻め落とされたニュースに見入り、黒煙を上げて破壊されつくした光景を見て、それが事実なのだと突き付けられた。流石に機密情報の漏えいはなかったが、防衛設備や警備体制の不備など自称軍事研究家をはじめとした何も知らないジャーナリスト達が、声をあげて糾弾している姿は滑稽としか言いようがなく、幾度となく総督府を訪れたことのある冬真には寝言どころか妄言としか言いようがない。
不安はじっくりと恐怖へと変換されていき、真綿で締め付けるようにゆっくりと、そして着実に心を蝕んでいく。
絶対的な強さを誇る軍の総督府を陥落させることによって軍部の指揮系統が混乱している間に、今回の事件を引き起こした者達は何らかの動きを見せるだろう。
「信じられない……あそこを攻め落とすなんて、狂ってる」
「…けど、事実には違いないわ。私も信じたくないけど、軍の総司令部が潰されたのだから、絶対に裏で何らかの動きがあるはずよ」
「確かにそうですけど…」
「今は正確な情報を得る事が先よ。情報もガセが飛び交ってると思うけど、無いに越したことがないわ」
アルティナの言葉に、冬真は頷くしかなかった。テレビに映し出されるニュースには、燃え盛る常冬の山が映し出されていた。
珍しい事にいらだちを隠せないらしく、テレビを消すと服を脱ぎ捨ててベッドの中へと入り込んでいった。
普段の彼から見ればずいぶんと子供っぽく見えるため、アルティナは脱ぎ捨てられた服を拾い上げてクローゼットにしまい、再びソファに足を向けようとしたその時だ。言いようのない悪寒と異常を感じ取った。
ほんのかすかだが空気の変質に気づいたアルティナは、ベッドに入り込んだ冬真を見るが気づいた様子もなく眠りについている。
眠りに落ちた冬真に気づかれない様に部屋を出ると、月明かりが差し込む暗い廊下を満たすような異質な空気に、眩暈を起こしそうになった。
この空気は以前にも一度だけ感じた事がある。あの時……レイドナー家を襲った空気が、そこかしこに満ちていた。
殺気ではないと断言はできないが、敵がこの屋敷に侵入しているということだけは理解できた。
小太刀の鞘を握りしめる掌に汗が浮かび上がっており、いままでにないほど緊張しているのがわかる。
異変に気付いたのは偶然だと言えた。家の中に漂う空気が、僅かにいつもと違っていた。
普段感じていた空気が……慣れ親しんだ戦場の空気に変わっている。
静まり返った廊下は普段とは違い、彼女でさえも恐怖を感じていた。息が詰まるほどのプレッシャーを感じ、廊下を慎重に歩いて行く。
今まで感じたことが無いほどのプレッシャーは、片手で数えられる程のモノだ。
アヴェンジャー騒乱においてアルフェスと戦った時と、同じだった。
威圧感は心を締め付け、身体の動きを鈍くする。蛇がゆっくりと身体を這い上がり、心臓にまとわり着いてくるような感覚といえば分かりやすいだろう。徐々に身体は恐怖によって、竦み始めていた。
(……平和と言うものが、私を弱くしてる事をつくづく実感するわね。でもなんなのこの悪寒は……さっきから嫌な予感がしてならない)
長い間戦場で生きてきた勘が告げている。
このドラッケン家を襲撃した者がいて、襲撃した人物はこの家に居る者の誰よりも強いと。
左目が過去の出来事を想起させ、ジクジクと痛みを発し始めた。
失った左目に移植した紅い義眼に触れた。痛みはまだ存在している。
皮肉な事に、その痛みが彼女を覚醒させていく。
冬真を初めとした四姉弟や隆一、ヴァイスレットといった猛者と、毎日の様に組み手を初めとした模擬戦も行っていた。
中には歴戦の傭兵に勝るとも劣らない者も居り、厚い陣容は容易く攻め落とせるようなモノではないと、身にしみて分かっている。
T字路の廊下を曲がる為に、一度立ち止まり警戒しつつ廊下の先を見る。
そこにあったのは、全裸で倒れている女性達だった。
思わず息を呑み、駆け寄ろうとするがそこに居た一人の男に気付いた。
オールバックにした銀髪と右目を覆う眼帯だ。
見た事がある姿だ。毎日の様に目にするその姿は、執事長補佐アルバトールだった。
彼に近づこうとして違和感に気付き、足を止めていた。
その直後、アルバトールがこちらへと振り返り、その顔を見た瞬間後ろへと飛んで間合いを開けていた。
恐怖と言う感情が、ジワジワと足元から這い上がってくる。身体全身に巻きついていく感覚が、身をすくませ反射速度を鈍らせる。
動け。頭で考えても、足が動かない。柔和な笑みを浮かべているアルバトールだが、それ以上に放たれている気配が尋常ではなかった。
例えるならば不定形な生物という言葉が当てはまる。
「……おやおや、アルティナ様。こんな夜中にどうしたのです?」
「お前は何者だ」
「私ですか? 私はドラッケン家執事長補佐のアルバトール=ディエ=ナイツヴェインでございますが?」
「違うな。貴様はアルバトールではない……その顔の歪みがその証だ」
「あらら? そんな歪んでますかね?」
緊張感のかけらもない言葉と同時に、両手が顔を覆う。アルティナは油断なく、アルバトールを見つめている。
先ほどの顔を思い出すだけで、ゾッとする。微笑みであるが、なんの感情を移さない顔は作り物の様で、背筋が冷たくなるほどだった。
人でありながら人ではないと判断し、アルティナは小太刀を抜き放っていた。月光を反射した刃が、アルバトールの首を狙う一閃。
隙をついたはずなのに、その一刀は苦もなく防がれていた。
「あーびっくりした。冗談でもこういうのはいただけないですぜ?」
「演じるのも体外にしろ、貴様は何者だ……本物のアルバはどこにいる?」
「……何を言ってるのやらさっぱりで」
「もう一度聞く。貴様は…何者だ!」
声を荒げながら、もう一度小太刀をふるった。切っ先はアルバトールの前髪をかすめただけに終わり、アルバトールは表情を崩さないまま口を開いた。
「ま、俺の任務ももうちょっとで終わるし、ばらしても問題はないか」
「なに…?」
「あぁ、ようやく来ていただけましたか、ぼっちゃん」
アルバトールの言葉に反応し、振り返ると冬真が立っていた。
息を荒げ、肩が上下している。視線はアルティナよりも後ろに向けられており、困惑と驚きを浮かべていた。
「アル兄……なんで、なんで、リエラ達を?!」
冬真の言葉を聞いて、初めてアルバトールの背後へと意識を向けた事で気づいた。
メイド服を着た少女達が数人倒れており、血だまりを作り出していたメイド服の少女だけではなく、執事服を着た男も倒れていて文字通り血の海が広がっていた。怒りが恐怖を凌駕して、身体を支配していた。
「……目、怖いですよお嬢様?」
「黙れ、そして死ね」
「ハッ! よりによって死ね、か。できるのかい、アンタに」
言葉が終ると同時、アルバトールの姿が消えて真後ろの冬真がうめき声をあげていた。
振り返るとアルバトールの貫手が鳩尾を捕えており、反応できなかったのか冬真の口から血がこぼれていた。
突き刺さった指を抜くと、冬真の胸倉を掴んで支えるともう片方の手を顔へと伸ばした。
ずぶり。
指先が眼球を抉るように、冬真の右目……DOOMと呼ばれる宝玉を抉り出す。
タイミングが悪い事に、末っ子の夏美がDOOMを抉り出したところに出くわし、とっさに蹴りを放つがその蹴りも冬真の身体を使って防がれていた。
胸倉から手を離すと、アルバトールはにんまりと笑みを浮かべて口を開いた。
「フフフッ……確かにDOOMは頂いたぜ、坊ちゃん?」
「アルバトール、どういうつもり?!」
「あぁ、そういえば居たねそんなヤツも。今頃、どこぞで腐りきってハエが集ってるんじゃねぇか?」
「……まさか、貴様!!」
「おっと。動かないで貰うか、アルティナ=レイドナー。アンタの能力は非常に厄介だからな」
アルバトールだった男は、歪んだ笑みを浮かべてアルティナ達を見下ろした。
その手には無骨な剣にも似た杭を切っ先としたパイルバンカーが握られており、杭の先端がこちらへと向けられていた。
アルティナは男を見る。先程、冬真が言っていたのだが、アルバトールと言う男ではないと行っていた。
無機質な瞳だ。感情に伴う表情の変化が嘘の様に鳴りを潜め、無表情なまま謎の男は手にしている黒い宝石をもてあそんでいる。
黒い宝石は赤い血に濡れており、アルティナの腕の中で痛みにもがいている冬真がうずくまっていた。
「全く……上からの命令とは言え、一年もこんなところに居たら肩がこってしょうがない。そうおもわん?」
「誰に言っている」
「んー?坊ちゃんにお嬢様のお二人ですよ。っと、コレもういらねぇか」
アルバトールと同じ顔、同じ声、同じクセ。
長い付き合いである冬真さえも気付かなかった。
男は柔和な笑みを浮かべて、左目を覆っていた眼帯を外した。
青の双眸がアルティナと冬真を見下ろし、笑みを浮かべる。
歪んでいる。何もかもが歪み、人としての凡その感情に似たものが欠落していた。
背筋が寒くなる。恐怖といえばいいのだろうか、人と言う種が持つ根源的ともいえるモノへの恐怖だ。
無貌の男は笑みを浮かべているつもりなのだろう。けれど、それは笑みなのではなく笑いでも無い別の顔だった。
パイルバンカーの切っ先をさえぎるように、炎が生まれる。
その炎はアルティナと冬真を護るように燃え盛りながら、屋敷を焼け焦がす事は無かった。
「これは……灼熱の炎帝?でも、違う!」
「う……あ……あぁぁあああぁぁああぁッ!!!」
「は……こりゃ参った。能力の根本を捕らえ始めやがったか」
「根本?なんなの、それは」
「んだよ、知らねぇのか。説明してやる、と言うのが定番だがそんな事をする義理も義務もねぇんでな、テメェで考えろ」
アルバトールは面倒臭そうに言い放つと、能力を暴走させつつある冬真を殴りつけ、炎が消え去るのを確認してから掌にあるDOOMを見つめる。
漆黒の宝玉が月明かりに照らされ、宝石とは思えない程に黒い。ブラックダイヤと呼ばれる希少宝石でさえも、その足元にも及ばないほどの黒。
このDOOMと呼ばれる宝玉はいまだに解明しきれないものであり、このDOOMはリヴァイダーの光撃を吸収分解し、リヴァイダーへと送り込むという機能を有しているが、それでも人の手で加工されて術式を刻み込んだものではない為、宝玉としての価値だけではなく神性物質(ミスティ・マテリアル)と呼ばれる物質の一つで蒼光弾の中心となるフラクヴェストもその一つで、神性物質の大半はそれ自体は無害なものであるが、特定の条件を満たすことで粒子結晶体からエネルギーを引き出すことができるのだが、現在の科学力をもってしても神性物質の大本となる粒子の解析と、粒子の結晶化を完全に安定させることも不可能で制御術式を組み込んだところで、完全な制御化におけるわけでもない。
だが、救世の瞳はそれを可能とする。神性物質本来の力を引き出し、所有者の力とする。アルティナの深紅の救世者もその一つだが、彼女はその力を恐れているのか完全に使いこなせていなかった。
「なぜ、DOOMを狙った?」
「ふーむ……簡単に言えば、新たなる『救世者』を作るためさ。アルティナ=レイドナー嬢、貴方の左目と同じモノを欲してる人が居るのさ。そしてコレ……DOOMはそれの元と成るモノ。コレで分かるかい?」
「まさか……『真紅の救世者』を?!」
「あたり。あたり。大当たり〜〜〜〜!いや、流石はアズヴェルトの娘だ、博識だねぇ……だが、違うよ。ソレと同じモノとなるコアだが、性質は真逆になるとの話だよ。それ以上は俺も知らされて無いし、興味は無い」
(コア……?どういうことなの、コレはただの義眼じゃないって事は分かってたけど、まだ何かありそうね)
「さて、俺の任務も終わった。ここいらでお暇させてもらうよ、坊ちゃんお嬢様方」
謎の男はそういいながら、仰々しく礼をする。
その姿は執事であるアルバトールと同じだった。
アルバトールは手にしたパイルバンカーを構えると、表情を凍らせた。
このままでは殺される、冬真を抱きかかえたアルティナは死を悟っていた。
能面の様に無表情な顔のまま、アルバトールが近づいて来る。あらゆる感情がアルティナの心を駆け巡っていく。
死を覚悟したその時、声が響いた。
「能書きはそれだけか。ならば、死ね」
背後からの声と同時だった。
振り返りながら、背後からの攻撃に対処して声の主を見る。黒髪にサングラスをかけており、左腕が生体義腕の男だった。
佇まいに隙は無く、先ほどの攻撃は右の拳によるストレート。
男はサングラスを外し、後ろへと投げ捨てる。彼の後ろに立っていた女性がソレをキャッチすると、射抜くような視線が謎の男を貫いた。
「あぁ、これはこれはお帰りなさいませ、春菜お嬢様。隆一様」
「アルバトール……と言う名だったか。その身のこなし、貴様は一体何者だ?」
「おや、私を疑うのですか。それと、隆一様には心当たりがありそうですな」
「当然でしょ。緊急事態が発生したから帰ってきてみたら、この惨状。ここに来るまでに何人の家族の死体を見たと思ってるの?」
「……貴様は、シリウスとベガと同じ存在なのだろう?ならば、ここに居る理由は恐らくやつらと同じく、俺達の誰かに因縁を一方的に抱いている、違うか?」
「あーらら、あの二人を知ってるんだ。あ、そういえば、スティアフォードでベガが君とやりあったって言ってたっけ。こりゃ失敗失敗ハハハッ!」
「緊張感が無いやつね……けど、それも貴方の手の内、って事かしらね?」
「さぁねぇ? 俺は仲間内で一番弱いんでね、強い相手には十重二十重の策略をめぐらせて戦わなきゃ勝てないんだよ。だからこそ、俺はこういった潜入工作を初めとした事を得意としている」
「なるほど……だが、それでも冬真レベルとは恐れ入る」
「ありがとう、といっておくよ」
アルバトールは笑みを浮かべると、バックステップで距離を開けた。
僅かな隙を見逃さず、隆一は前へと走る。
だが、春菜の腕が隆一の着ているジャケットを掴み、その動きを強制的に止めたその直後、巨大な剣がアルバトールの眼前に突き刺さった。
刃幅だけで30cm近く、刀身だけ夏美と同じ長さで柄を合わせれば、2mを超える剣だ。
紫電を纏う剣をみて姉弟は驚きを顔に浮かべていた。
そして、柄の上に一人の男が降り立った。
乱雑に切られた黒い髪。左頬を斬り裂く裂傷。猛禽類を思わす鋭い眼光が、春菜を最初に隆一、冬真、アルティナ、夏美の順で見渡し、最後に振り返りアルバトールを見た。
「……何してやがる」
「ソレはこちらの台詞ですよ。増援としては、良いタイミングですがね」
「チッ……んな事より、目的のモンは手にしたのか?」
「えぇ、この通り」
「そうか。なら、撤退だ。シリウスが全員を集めるらしい、直に撤退して召集に応じるぞ」
「わかりました。それでは参りましょうか」
「そういうこった。いくらテメェラでも、容赦はしないぜ?」
「おっと、その前に。我が名はプレアデス……以後お見知り置きを」
プレアデスに話しかけた男は、剣から飛び降りて柄を握ると剣を引き抜いた。
長大と言うよりも、巨大と言った方が良い剣で、並大抵の腕力ではない。
下手をすれば、ATの投擲兵装並の大きさの剣を片手で扱っている。
男は剣を振り払い、周囲のモノを破壊してその剣の切っ先を、隆一たちへと向けた。
何も言わない男に対し、口を開いたのは兄弟の末っ子である夏美だった。
「なんで……なんで、秋兄が!」
「コレも『既に決められた運命』ってやつだ。俺は躊躇はしねぇぜ?」
「秋斗……」
「なんだ、にぃさん?」
「貴様は敵か?」
「……どうだろうねぇ、俺が敵だといえばそうだと納得するか?しねぇだろ?」
「確かにね。だけど、敵と認識した以上僕は僕の目の前に立ちふさがる者に、容赦はしない……たとえ、ソレが血を分けた兄弟だろうと、実の親であろうとためらわない」
「そうだ。それで良い……面白いニュースは既に知ってるだろ、そのニュースに対してどう動くかが見ものだな」
そういいながら、冬真に向けていた剣を肩に担ぎ、秋斗は背を向けて歩き出した。
それは血を分けた家族との決別。夏美は涙を流しているが、春菜とアルティナは拳を握りこんでいるだけだった。
この先にあるのは修羅の道。
既に自分はその道を歩んでいる。引き返す事は出来ぬ道、ただ進むことでしか術は無いし引き返すこともない。
ズクズクと頭の中が痛みを発し始め、秋斗は顔をしかめた。昔からだが、この頭痛が起きると断片的な記憶を見るのだ。
自分ではない誰かと敵であろう美しい女性との戦いでありながら、不器用な愛情表現ともとれる言葉だ。
愛など幻想でしかない、と言うつもりはないのだがこの不確かな映像の女性に、心奪われたのは確かな事実。
普段多弁な秋斗を知っているプレアデスは何も言わない。家族で殺し合うな、ともいうつもりは無い。
「……まぁ、なんだ。アンタレス、おめぇの奢りでソドムシティへいって豪遊すっか?」
「なんで俺の奢りなんだよ?!」
「だって、おまえ、金ため込んでるだろ。任務を終えた俺にお祝いしてくれてもよくね?」
「誰がするかボケ」
「うっわー新入りの分際で生意気ぃ〜」
「オーケーオーケー。その面歪むまでたこ殴る!!」
「オッケーカマーン!」
軽いノリで喧嘩を始める二人を、冬真達は呆れた顔で見つめている。アルティナも呆れた顔をしていたが、なぜか笑みをこぼして笑い始めていた。
夏美も春菜も隆一も、声に出して笑ってはいないが、何一つ変わっていない秋斗を見て安心していたのだろう。
だが、秋斗の考えが分からないのは確かで、明確な敵となった事は事実であることに変わりはない。
ただその不安が、姉弟の末っ子である夏美の心を覆い始めたのを、夏美を除いて誰ひとりとして気づくことはなかった。