GUN BRAVE EX
GREEDINESS ALIVE
Interlude::Container without soul with avenger
そこにいるのは一人の男だった。
ボロボロの囚人服を着ており、無造作に伸びた髭を生やしながら、男は存在していた。
伸びているのは髭だけではなく、髪も伸びたままでボサボサの髪をしている。
奇妙な事に、男がいる場所はただの部屋である。それなのに、男はつい先ほど釈放されたかのような格好をしている。
この事実は動かしようの無い事実である。
先日釈放され、現在いる部屋に通された男は窓際に立ち、外を眺めていた。
心が躍っている。久方ぶりの外の空気を吸いながら、男は葉巻を手に取った。
先端を切り落とすと指先に青白い炎を発生させ、葉巻に火をつけた。
窓から見えるのは果てしなく続く海。
つい先ほど、海軍の最強部隊『大海の守護者(オセアニック・デファーン)』が包囲していたが部隊は全滅している。
僅か四名の人間により、海軍最強部隊はほぼ壊滅し、壊滅させた者達は白亜の航空戦闘艦に搭乗し、そのまま姿を消した。
何者かは分からない。しかし、あの戦闘能力はアナハイラスの囚人と同等か、それ以上の実力を持つ者がいた。
巨大な剣を持った女性でもなく。
十字架を模した巨大な連弾機銃を操る男でもなく。
スナイパーライフルでの遠距離射撃による援護を行っていた男でもなく。
一振りの小太刀を振るっていた女性でもない。
腰まで届く長い紺色の髪を靡かせ、武器と思しき物を持たずに戦う女性。
その女性こそが、危険だと認識した。銃もナイフも剣も使う事無く、己の拳と脚で敵を倒す姿は美しいと感じさせながら、恐ろしいとも感じさせた。
葉巻を握りつぶして火を消すと振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
踝まで届く銀色の髪と焔のように紅い瞳の少女は、男を見つめている。
無機質といえる視線。男はその少女が人ではないと認識した。
人でありながら、人では無い存在。人造神種と呼ばれる存在に近い。
男は少女の真紅の瞳を見つめる。悲しみも、憂いも、喜びも、怒りも、名のも無い瞳だ。
ただあるのは、生きていると言うことだけを理解させる瞳の光だけだ。
「それで、お前は一体何者で、何故俺を解放した?」
「……ジィジ」
「おい、嬢ちゃん。俺はまだジージと呼ばれる歳じゃない、まだ三十路を過ぎたくらいだ。訂正してもらいたいんだが?」
「違う。ジィジ、来た」
少女の言葉から少し送れ、一人の老人が部屋に入って来た。
アナハイラスの囚人は、アヴェンジャー動乱時に大半以上が解き放たれており、残っているのは数十人程度の人間だけだ。
男もその中の一人である。
両脇に男女二人を従えた老人は、少女の頭をなでると男に向き合う。
「アンタは……まさか、円卓を囲う十三の賢人のトップが俺を釈放するとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「口を控えなさい……この場で、貴方の首を落としても構いませんよ?」
老人の後ろに控えていた女性が、手にしていた剣に手をかけた。
後は一閃するだけで、男の首を落とせる。そういう自信が見て取れた。
アナハイラスの囚人であろうと、武器もなく、能力を封印する装具を身に着けさせられている状態で勝てるわけが無い。
そう踏んでいるからこその行動である。しかし、だ。彼女は一つだけ見逃している事がある。
アナハイラスの囚人の恐ろしい所は、能力者で在ると言うことだけではない。
その身体能力の高さが、最も恐ろしい部分なのであり、その最たる例がアヴェンジャーの囚人の一人である隆一=J=シュナイダーであろう。
彼の持つ能力の特異性はさることながら、その身体能力の高さは人の限界域を超えているようにも思える。
光子錠(フォトン・チェイン)を引き千切ったと言う話もある程である。中には鉄を引き裂いたと言う話もあるほどだ。
最も、彼以上にばかげた存在があるのだが、その存在はアナハイラスの囚人でさえもかすんでしまうほどの力を有している。
男は女性の剣を見つめると、鼻で笑うと老人へと再び視線を戻し、口を開いた。
「ふん、井の中の蛙が良く吼える」
「なに……?」
「聞こえなかったか? テメェの実力も弁えずに吼えるだけのクソアマ、テメェじゃ役不足なんだよ、わかるか?」
男はそういいながら、蒼い焔を纏う。
空気を灼く熱量を発し、男は女性を睨みつけた。
高熱の空気を吸い込んだ肺が悲鳴を上げる。焼けるように熱く、中から身体を焼き尽くされるかのような熱だ。
男の刺すような視線に射抜かれて、女性の身体は僅かに固まった。
その一瞬の硬直を男が見逃すはずもなく、女性の身体は壁に叩きつけられ、青い焔を纏った指先を突きつけられていた。
チリチリと肌を焼く熱は彼女の髪を焦がし、恐怖をその瞳に表していた。
女性は剣を抜こうとする。が、男の片手が剣の柄を抑えていた。
振り払おうと身体を捻るがビクともせず、男の手が手首を掴むと、痛みが襲い掛かってくる。
声を上げようとするが、男の殺意が声帯を震わせることさえも拒ませていた。
「落ち着かぬか、そやつを殺した所でお主の罪状が増えるのみ」
「だったらな、テメェの飼い犬の躾をちゃんとしておけ、ローウェン」
「ふむ……普段はそう言う事は無いのだがな。リュネ、控えよ」
「ですが……」
「儂は控えよ、といったのだ。二度は言わぬ」
ローウェンと呼ばれた男が、その顔から笑みを消した。
言葉には抑揚がなく、リュネと呼ばれた女性は恐怖にも似た感情を抱いていた。
もう一人の護衛であろう男は、掛けていた眼鏡の位置を正すと口を開き、言葉を発する。
「さて、お戯れはそれまでにして、本来の話をしては如何でしょう?」
「ふむ……そうじゃな。リュネを離してやってはくれまいか?」
「……話ってのを聞いてからだな」
男はリュネから視線を逸らすと、ローウェンと眼鏡を掛けた男へと向ける。
先ほどの無機質とも言える異質なオーラは鳴りを潜め、好々爺のようなオーラを纏っていた。
更に視線をめぐらせると、窓から外を眺めている少女を目に留める。
何か異質と言うよりも、異常と言えばいいのか分からないが、その少女は少なくとも人ではあるが人とはどこか違う存在である事も理解できた。
無機質と言うよりも、空虚。何も無い虚ろな精神と、有機体としての身体は一致していないように思える。
しかし、その虚ろな瞳は確かに意志を持っているようにも見えた。
「……アリアが気になるかね?」
「アリア……それが、あのガキの名前か?」
「うむ。それについても話さねばら無いのでな、ゆっくりと腰をすえて話したいのだが」
「……チッ、場所は移動しねぇ、その椅子に座って離せ
「そうさせてもらおう。ふぅ、老体には堪えるな」
「ほざけ。嘗てのお前を、俺が知らないと思ってんのか?」
「そうじゃな……さて、人造神種は知っておろう?」
「ホムンクルスか、それがどうした」
人造神種……ホムンクルスと呼ばれるそれは、現在では禁忌とされる言葉だ。
人の業が生み出した罪の形骸化した創られたモノ。それはこの牢獄に入れられた者ならば、誰もが知っている言葉だ。
無論、この牢獄に関与した者は全て知っている。それだけ、特殊ともいえるような存在なのである。
現在では人造神種の研究は全面的に禁止されており、ばれれば世界中に指名手配された挙句、つかまればその存在を抹消される事になる様な措置がとられている。
存在の抹消=死刑、と言うわけではない。その身柄をここアナハイラスに投獄され、死亡と言う情報を公開された上で個人情報の抹消が施されるのだ。
時がその人物の存在を忘れた頃に放り出され、偽名を与えられて政府の監視の下で生活をする事を余儀なくされる。
そういった人物が何人かこのアナハイラスに投獄されており、今も牢獄にいるだろう。
男はホムンクルスに関わる事柄を考えると、アリアへと視線を向けた。
鮮やかな銀色の髪と雪を髣髴とさせる白い肌に、金色の瞳。
アルビノの典型とも言える少女は、こちらには無関心でただ空を見つめているだけだった。
「……あの嬢ちゃんも、そうなのか」
「そうじゃ。あやつは、最後の実験体の一人。感情も何も無い虚ろな肉の塊、といえばいいか」
「……やはり、テメェは最低のクズだな」
「そうだな。儂は最低だろう……だが、それでもあの研究は必要だった」
「テメェもアレを求めてた、とか言うタチか」
「決して避けえぬ運命を刻む歯車……アレに触れたものは神と同等の力を持つ。欲深い人が求めるのも当たり前じゃろう?」
「テメェも欲深いじゃねぇか、老い先が短いクセしやがって」
「確かに。しかし、人は死期が近づけば足掻くだろう? 最も、儂は既に興味をなくしているが、ね」
「雑談をしたいわけじゃない、さっさと要点だけを言え」
「ホッホッ……そうじゃな。この歳になるとどうも話す事が楽しくてのう。本題と行こうか」
ローウェンは顔のシワを深める柔和な笑みを浮かべていた顔を引き締めた。
自然と、纏うオーラの質が変化して行く。
先ほどまでは、接するものを和ませる空気を纏っていたが、今では正逆。すべてを畏怖させる空気を纏っていた。
男は微かに牙を剥いた。警戒している、と言うわけではない。逆にその切り替えの早さに、僅かに笑みを浮かべたのだ。
背後に控える護衛の二人。女の方はリュネ、男の名は知らない。
リュネの容姿……ダークスーツに白い手袋を嵌めて、ベルトにはその服装には不釣合いな無骨な剣を下げている。
紫の長髪をうなじあたりで結わえ、藍色の瞳が親の敵を見るように睨み付けていた。
切れ長の目は怒りと言う感情を隠さず、ただ男を見据えている。
男……名はクロス、と言う。
丸い鼻眼鏡をつけており、殆ど目を閉じているような状態に近い細い目だ。
僅かに見える瞳は灰色に近いグレーの瞳は、なんの感情を映さずにいる。
服は隣に立つリュネと同じダークスーツ。手にはガントレットの様なグローブをつけており、格闘術を収めている事が伺えた。
男を品定めするような目で、足元から上へと視線を動かして行く。
囚人服の上からでも分かる体つきだ。
鍛えられた肉体はボディビルダーの様に膨れ上がった筋肉ではなく、ボクサーを髣髴とさせるような体躯であると理解できる。
伸び生やされた髭と鬱陶しそうな髪で、男はそれを器にする事無く佇み、ローウェンの話を聞いている。
名は知らない。ただ、コードネームをつけられており、インフェルノ、と名付けられている事だけは知っていた。
『煉獄』を意味する言葉。そのコードネームどおり、焔を操る能力を持つ者。
中でもその能力は高く、スフィードの新星なる炎、フィリッドの日輪の炎と同等の能力の強さと精神力は、アナハイラスに投獄する際に同じ焔の能力者であるJ・Dが出張ったほどだ。
赤みを帯びた黒い髪。瞳は翡翠を思わす碧の瞳。
切れ長の目で、悪いといえる目付き。
クロスは眼鏡の位置をただし、二人の会話に耳を傾ける。
「ここ最近、裏の動きが激しくてな。裏を牛耳っていた組織の一角が、壊滅したと言う報告もある……更には、『絶対不可侵領域』と言われている軍部の総本山がほぼ壊滅状態に陥った」
「……裏のバランスが崩れたか」
「うむ。それだけではない。エルシェント帝国が動き始めた」
「エルシェント帝国……名前だけは聞いた事があるが、どういった国かは知らんな」
「現在のアルシオン連邦政府、及び円卓を囲いし十三の賢者の前身組織を創設した国じゃ。今では鎖国体制をとっており、政府といえどもその圧倒的ともいえる軍事力に、不介入の体制をとるしか無い状態。更にはアルフェス=シルヴィード、杏子=D=ラインハルトも行方不明と言う状態にある。軍部の再編も必要な状況……裏の激流に表も流される可能性もあるのでな」
「……それで、その話と俺。どういう関係がある?」
「簡単な事。お主を含めた特別監房に投獄されていた者達10名を政府直轄部隊『戦神の従者』に編入し、裏との闘いに備える為じゃよ」
「ついに耄碌したか、ジジイ」
「インフェルノ……いや。トラフィス=バルバトス、お主の力を必要としておる。力を貸してくれまいか?」
「……知った事か。俺達が何故、このアナハイラスに投獄されたかは、お前が良く知っているだろ? 俺達は犯罪者と金のためにだけ動く傭兵。人の死も、忠誠や忠義と言った言葉なんぞなんとも思わないクズの集まり、そいつ等を政府直轄部隊に編入すれば、どうなるか位想像がつくはずだ」
「そうじゃな。しかし、人格的に考えれば、お主が妥当でな」
ローウェンは苦笑しながら呟いた。
人格的に妥当、と言う言葉にトラフィスと呼ばれた男は軽いめまいを覚えた。
アナハイラスの囚人は、兎も角個性的といえるだろう。
統率するには圧倒的な強さを誇示するか、恐怖による統括が必要だ。
しかし、生粋の傭兵は自分なりのポリシーや信念と言えばいいだろうか……そういった自分の信義にそぐわなければ大金を積まれても断ると言うものも要る。
だが、それでも隆一=J=シュナイダーやレオン=D=ヴォルケイド、ルディアス=J=クレイフェルと言った人格的に問題の無い人間の方が稀有と言っても御幣は無いだろう。
思案する。何故、今この時期に、と。
答えに近いものは出ている。だが、きな臭過ぎる。
軍部の総本山の部隊は『秩序の守護者』と呼ばれ、軍部の中では。
別名『絶対不可侵領域』。その名の通り、外部からの敵の侵略を許したことの無い要塞である。
常冬の雪山にあった遺跡を回収し、造り上げられた要塞は堅牢そのもので侵略する事自体が、傭兵だろうとどこぞの組織の強襲部隊であろうと、そこを強襲することさえも考えない。
雪と言う自然の城壁。更にはエレクトロン・ミラージュ・システム……通称EMSを無効化するEMSJ。
ラグランス山脈全域をカバーしきる広域放熱索。
150mm自律移送砲台に対空対地ミサイルに加えて対AT用の電磁場兵器。
凡そ思いつくであろう対人、対AT兵器をこれでもかと言うほど集めて専守防衛に専念した装備。
実際には、常に雪が降り続くこの山岳地帯に攻め入ろうと言う国も、国家反逆者も殆どと言っていいほど居ない。
時折、軍部の内部情報を得ようと潜入する者もいたのだが、如何せん常冬の山だ。目立つ行動であることには変わりない。
インフェルノと呼ばれた男は、そういった現状を良く知っている。アナハイラスの囚人は、世界中のそういった事情に詳しいものが多く、彼もその一人だ。
危険視されている傭兵や殺人鬼。その多くは能力者であり、アルフェスをトップに置き、現在では解体された組織であるアヴェンジャーによって捕らえられ、アヴェンジャーの人間は軍部に再編された。
過去に起こった事を悔いるわけではない。既に終わった事であり、悔いてなどいない。
変える事は出来ないのだ。過去に帰りたいと願った所で、その時に帰れるわけでは無いからだ。
現実的な思考。当然の事であり、彼を含めたアナハイラスの囚人は現実主義者だ。
だから、過去の事を悔いたとしても、その時に戻りたいとは思うはずも無い。
ローウェンはただ、目の前の男の答えを待つ。
「……一つ聞かせろ。お前は過去を悔いているのか?」
「悔いているのだろうな。儂は、過去に行った事が、今、起きようとしている一連の流を生み出したかも知れぬのだ。だから、儂は償いたいのじゃよ」
「だから、あのガキを育てているのか?大したエゴだな」
「そうじゃな。お主の言うとおり、これは儂のエゴじゃ……」
「クッ……ハハハッ!!! ざけんなよ、クソジジィが!!テメェのそのエゴが、何人の罪も無い子どもを殺したと思っている!!俺の姉弟を殺したのは、貴様だろう!!」
突然の激昂。トラフィスはローウェンの胸倉を掴み、引き寄せる。
そのまま炎を放出し、焼き殺すことさえも厭わない様な勢いだ。
事実。トラフィスは炎が暴走しかけており、足元に炎が発生し、腕に炎を発生させれば、ローウェンは悲鳴すらも上げれずにケシズミになるだろう。
苦しみの表情も浮かべず、かつて知っていた覇気さえも無い。
彼等の関係は一言で言えば親子とも言える間柄である。
正確に言えば実験体と、研究者に実験を行わせていた者、と言う間であるのだが。
元々は孤児として引き取られ、養子にはならなかったもののローウェンの家で育てられた。
それは彼だけではなく、他にも多くの子どもがいた。幼き頃のトラフィスと同じ戦災孤児とも言える子供達だった。
表面上は孤児を引き取り育てている。しかし、その裏では実験を行っていた。
政府が極秘裏に行っていた実験は、禁止されている人造神種の研究である。
やはり、人は何処まで行っても業が深いものなのだ。
禁忌とされる研究を行ってまで、人は禁忌の力をを求める。
怒りのままに炎で焼き尽くそうとした所で、着ている囚人服の上着をアリアが引っ張っていた。
上目遣いで見る虚ろな瞳は意思を写さず、トラフィスは更に怒りを覚えた。
「ダメ……ジィジ、殺さないで」
少女……アリアの瞳を見て、背筋が寒くなった。
理由は分からない。しかし、その何もかもを見通すような瞳に射抜かれ、畏怖とも取れる感情を感じていた。
背筋が寒くなる。まだ幼い子どもに、ここまで恐怖を感じるとは思わなかったのか、動揺で心が乱れる。
小さく息を吐きながら、ふと頭をよぎった仮定を口にした。
「この子は……偽の英雄か」
「……そうじゃ。あやつの血と肉を使い生み出された器」
「本当に、テメェはどうし様もねぇ下種だ……殺す価値すらもない」
掴んでいた胸倉を離すと、少女へと向き直る。
眼下の少女をみて、胸が痛む。それは哀れみとも取れる感情なのだろう、トラフィスはアリアの頭をなでた。
なでられるとは思ってもいなかったのだろう、アリアは目を強くつぶり何かの強い力に対する備えを行っていた。
いつまでもこない痛みに対して不思議に思ったのか、アリアは目を開けてトラフィスの顔を見上げた。
悲しみにも似た顔で見下ろしており、視線を背けると口を開いた。
「ローウェン……貴様の話に乗ってやろう」
「すまぬ……アリア、この者と共に行くと良い」
「ジィジ?」
「よいな……?」
ローウェンの言葉に頷きで答え、アリアはトラフィスの元へと歩いていく。
偽の英雄。
科学者やその手の人間が使う人造神種の隠語の様なモノで、英雄は一人の男を指した言葉だ。
数々の大戦に姿を見せ、大戦の中核にいた男。
現在は行方不明、と言う事だ。アナハイラスの牢獄にいたとしても、そういった情報は入手できるようになっている。
理由は分からないが、アヴェンジャー創設者であるアルフェス=シルヴィードの意向であり、英雄と呼ばれる男でもある。
アルフェスの戦歴はそうそうたるモノで、古くはエルンソシエ大戦。新しいモノではアヴェンジャー騒乱においてその姿を確認されている。
アヴェンジャー騒乱後の行動はある程度は把握されていたが、ある事件をきっかけにアルフェスは姿を消した。
こういった情報も入手でき、どこかきな臭さも感じている。
それは彼だけではなく、このアナハイラスの囚人全てが感じているものでもあった。
トラフィスは自分を見上げるアリアを見て、気付かれぬように小さくため息をついた。
ローウェンから手渡された書類に目を通し、開放する囚人の名前を見て絶句する。
鬼人・アルフレート=ディアルカ
惨殺者・ヴォーゲル=アルトリウム
奇術師・エルバトル=アーレンハイト
を初めとして、1億近くの賞金首から名の知れた傭兵が名を連ねていた。
引き受けたのは間違いだったのか、と心の中でぼやくが今更ながら反故できるわけも無く、トラフィスは大きくため息をついた。
暗い空気を纏ったトラフィス。アリアは手を伸ばして背伸びをし始める。
小さな少女がなにをしたいのかわからず、とりあえず目線を合わせるためにトラフィスはしゃがみこむと、その頭を小さな手が撫でた。
ここかどこかの公園や一戸建ての家の庭ならば微笑ましい画に見えるが、泣く子も黙るどころか逃げ出してしまう最凶の囚人を投獄しているアナハイラスの一室。
微笑ましいとか言う言葉は、簡単に粉々に砕け散ってしまう。
トラフィスは目を丸くしたが、苦笑してアリアの頭をなでながら呟いた。
「ありがとうな……」
彼の言葉を聞いて、ほんの微かではあるが笑みを浮かべるアリアだった。